801.養女
1時間ほどファーディナンドさんと話したあと、ヴィオラさんと交代することにした。
ファーディナンドさんも時間はあまり取れないそうだけど、それでもやはり嬉しそうにはしていた。
「――と言うわけで。
ヴィオラさん、お待たせ!」
「んぁ……?
……やっと終わったのか……?」
そう言うヴィオラさんは、広い廊下の片隅で居眠りをしていたようだ。
一応何かの本を持っているから、きっと読書中に寝てしまったのだろう。
「ごめんね、いろいろ話すことがあってさ。
それじゃ私は帰るから、ごゆっくり~」
「え? 本当に帰っちまうのか?
俺と一緒に、来てくれない?」
「いやいや、私がいてどうするの……。
ファーディナンドさんも、ヴィオラさんと二人きりでお話をしたいと思うよ?」
「うえぇ……?
……まったくもう、仕方がねぇなぁ……」
ヴィオラさんは力無く手を振ったあと、渋々と部屋に入っていった。
思春期の娘が父親に会う……そんな感じにも見えて、ついつい微笑ましくなってしまう。
「アイナ様、もうお帰りになられますか?」
油断をしたところで、第三騎士団の団員が声を掛けてきた。
案内してくれたのは第一騎士団の人だったけど、さっきの人が呼んでくれたのかな?
「はい。お屋敷までお願い出来ますか?」
「かしこまりました!」
私はそのまま、ヴィオラさんを置いてお屋敷に帰ることにした。
あの二人が会うのも久し振りなんだから、ゆっくりお話をして来てくれると嬉しいな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……しかしお屋敷に帰ったあと、すぐにヴィオラさんも帰って来てしまった。
玄関でちょうど追い付かれてしまった……と言う感じだ。
「ただいまっ!!」
「えぇ……!?
ヴィオラさん、もう帰って来たの……!?」
「ちゃ、ちゃんと話してきたぞ!?」
「本当に? どれくらい?」
「……10分くらい」
「それだけ!?」
想像以上の短さに、私はついつい驚いてしまう。
「アイナが先に、変な話をしていたんだろ!?
ファーディナンドのやつ、急に俺のことを養女にする――だなんて言い始めたぞ!?」
「あ~……。
場が温まってからってお願いしたのに~……。
え? それで、断っちゃったの?」
「んぁ!?
……いや、そう言うわけじゃ……ないけど」
「え? それじゃ、承諾したの?」
「…………。
……うん……」
「お……!?
ほ、本当に!? やったー、ついに、だね!!」
私はヴィオラさんの両手を掴み、ぶんぶんと振り回してしまった。
それじゃ本当に、ヴィオラさんが王女様になるわけか。
「な、何でアイナがそんなに喜ぶんだよっ!?」
顔を赤らめながら、ヴィオラさんは私の両手を振り解いた。
照れているんだか怒っているんだか、それとも両方なのか……。
しかし興奮気味に、こちらを睨んでくる。
それを見て、私の語調もつい弱くなってしまった。
「だって……、私がヴィオラさんを王都から連れ出したんだもん……。
私には、ヴィオラさんに幸せになってもらう責任があるから……。
……ごめんね、余計なお世話だったかな……」
「――っ!?
きゅ、急に謝るなよ!! 俺が悪いみたいじゃねーかっ!?」
「ぐすっ」
「うぅ……。ごめん、ごめんって!
だから泣くんじゃねーよっ!!」
ヴィオラさんは慌てながら、私に寄り添ってきた。
……まぁ、泣き真似なんだけど。
「本当に……?
それじゃ今度、ファーディナンドさんと一緒に、食事に誘っても良い……?」
「えぇーっ!?
そ、それはちょっと……」
「ぐすっ」
「だあああーっ!!
分かった、分かったよ!! また今度な!!」
そう言うと、ヴィオラさんは慌てて階段を上っていってしまった。
……よし、何とか丸く収まったぞ。
折角上手くまとまったのに、不満の矛先が私に向けられても困るからね。
この成果に、私は何とも気分が良くなってしまった。
「――アイナ様、演技派ですね……」
「うわぁっ!?」
突然、横からクラリスさんが話し掛けてきた。
そう言えば私も帰ってきたばかりで、クラリスさんに出迎えられていたところだったっけ。
「しかしヴィオラさんの方も、上手くいったようで……。
今日の夕飯は、少し豪勢にいたしましょう」
「いやぁ……。
また怒り始めるかもしれないから、それはまた次の機会に……」
「そ、そうですか? 残念です……」
クラリスさんは少ししょんぼりしながら、厨房に戻っていった。
でも今回は、それが正しい判断な気がするんだよね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夕食はいつも通りだった。
ただ、肉のメニューが多いようにも見えた。
ヴィオラさんは肉の方が好きだからね。
いつも通りと言いながら、きっとクラリスさんが気を利かせてくれたのだろう。
「わーっ♪ 今日はちょっと、豪勢ですね!!」
しかしエミリアさんが、若干空気を読まない発言をしてしまう。
でもまぁ、食事に関してはいつも通りか。
「そ、そうですね……。
全部美味しそうですし、冷めないうちに頂いちゃいましょう!」
「はーいっ!」
主に響く、エミリアさんの声。
食前の挨拶をしたあと、ヴィオラさんはいつもより少し静か目に、目の前の料理を食べ始めた。
……でも、表情がようやく少し綻んだ気がする。
良いことがあったときは、やっぱり美味しいものを食べないとね。




