8.負けないために
宿屋の一室で、購入した素材を使って初級ポーションを作っていく。
ユニークスキル『工程省略<錬金術>』のおかげで作業時間が1時間も掛からないため、元の世界で考えると時給10万円を軽く超えるくらいになるだろうか。
……そう考えると末恐ろしいものがある。3時間も働けばひと月のお給料、軽く稼げちゃってるよ。
初級ポーションを50個作り終えると、早速冒険者ギルドに向かった。
「アイナさん、おはようございます! 今日は何でしょうかー」
「おはようございます! 今日も初級ポーションを買い取って頂きたくて。50個あるんですが」
「はい、ありがとうございます! 検品担当に渡しますが、あの……また全部S+級でしょうか」
「はい、すいません。全部……」
今回も全部鑑定済み。ひとつ残らずS+級なのを確認している。
「そ、そうですか、すごいですね。買い取り金額も昨日と同じ金貨3枚になると思いますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です! それじゃ、向こうで待たせて頂きますね」
「あ、あのー……。アイナさんに、別にお願いがあるんですが……。今日この後、時間ってありますか?」
うん? お願いとな?
「時間なら大丈夫ですけど……何でしょう?」
「あのですね、この街を治めていらっしゃるアルデンヌ伯爵はご存知ですか?」
「いいえ?」
今まで気にしていなかったけど、貴族みたいのが上にいるのね。
「そうですよね、アイナさんは先日この街に来たばかりですし。それでですね、アルデンヌ伯爵には一人娘のお嬢様がいらっしゃるのですが、錬金術を学ばれてらっしゃるんです」
「へー。貴族のお嬢様でも錬金術なんてやるんですね」
私の偏見だけど、貴族の娘なんて社交パーティにドレスを着ていって「オホホホホホ~」なんて言ってるイメージしか無い。あとは優雅に紅茶を飲んでいるとか。
……いや、偏見なのは分かってるんだけどさ。
「錬金術の実力も結構なものでして……冒険者ギルドにもいろいろと持ってきてもらってるんです。
稼いだお金は孤児院に寄付していらっしゃって、とても立派な方……なんですよ」
貴族の娘がアイテムを売ってお金稼ぎをしているのであれば、貴族の家の体面が許さないだろう。
しかしそれを孤児院に寄付しているとなれば、一気に美談として進化を遂げる。生活が保障されてるが故の余裕とも取れるかもしれないけど。
「はぁ、立派な方なんですね。えっと、それで……?」
「はい。そのお嬢様がですね、アイナさんの作ったS+級の初級ポーションをご覧になって、一度お会いしたいと……」
「えっ!? ……あの、会わないとダメですか?」
神様からもらった超スキルたちのおかげで錬金術は得意(な状態)なんだけど、実際のところ知識としては何も持ってないんだよね。
つまり、何を聞かれても答えに困るわけで……。
「お願いできませんか!?」
ケアリーさんが少し目を潤ませて懇願してくる。
いつもの私ならその勢いに圧されて同意してしまうだろうが――
「すいません、お断りさせてください!」
「…………………………」
ケアリーさんは絶句した。とても申し訳ない、居た堪れない気持ちが込み上げてくる。
ケアリーさんはしばらく動かなかったが、おもむろに立ち上がって私の近付き、小さな声で話してきた。
「うぅ……ここだけの話、私、あのお嬢様が苦手なんです……。あの、変な圧力があるというか……。アイナさんに断られたら、あの、私、また……」
再度目を潤ませて懇願してくる。
また……なんだろう? 嫌がらせを受けていたり、辛く当たられてたり?
ケアリーさんも冒険者ギルドの受付だし、苦手だからといって話さないわけにはいかないだろうし……。
しばらく涙目で見つめられ、私も諦めざるを得なかった。
「……ああもう、分かりました! でも、会って話して、失望されても知りませんからね!」
少し投げやりな私の返事を聞くと、それでもケアリーさんの表情はパァっと明るくなった。
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!!」
まだ潤んでいる目で、とても素敵なまっすぐな眼差しを向けてくる。
「お屋敷に呼ぶのも悪いからと、お嬢様がこちらに訪れると仰っていました。これからお嬢様に使いの者をやりますので、少々お待ち頂けますか?」
私は同意し、そのお嬢様とやらが来るまで冒険者ギルドの中をいろいろ物色することにした。
エリクサー<究極>を除けばまだ初級ポーションしか作ったことがないので、他のアイテムも調べておきたいんだよね。
調べるとは言っても、ユニークスキル『創造才覚<錬金術>』を使って素材を確認するだけなんだけど。
目星としては、順当なステップアップということで、次は中級ポーションや上級ポーションに挑戦してみることにしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドを物色し、売っていた素材をいろいろと購入する。
ちょっと奮発して、今日買い取りしてもらった初級ポーションの金貨3枚分を全部使ってみた。
お金遣いが荒く見えるかもしれないけど、アイテムを作ってくれば即買い取ってくれるので無駄ということは全然無いのだ。
――などとやっていると、ケアリーさんが高貴な服に身を包んだ女性を伴ってやって来た。
「アイナさんお待たせしました! えっと、こちらが――」
「はじめまして。ヴィクトリア・ヴァン・イルリーナ・アルデンヌと申します。以後、お見知りおきを」
ケアリーさんの言葉の途中でお嬢様が私に自己紹介をする。
私もそれに応じる。
「ご丁寧にありがとうございます。私はアイナ・バートランド・クリスティア――」
そこまで言って、ヴィクトリアの顔をしっかり見て、そして気付く。
この少女を、私は知っていた。
「……あら」
私の違和感を察したのか、ヴィクトリアは眉間に軽くシワを寄せ、不敵に笑う。
そして私に一歩歩み寄り、耳元で囁いた。
「――あなた、生きていたのね?」
その言葉に私の背筋を悪寒が貫いた。
そう、この少女は――先日森で遭遇した、魔物の主の少女――
「ふぅん? あなたも錬金術師だったのね。それも凄腕だって言うじゃない? 今日はその話を聞かせてもらおうと思って来たんだけど――ねぇ? 私に教える気はあるのかしら?」
蔑んだ眼で語り掛けられる、不穏な言葉。
一方の私はと言えば、不意に訪れた死の記憶が蘇えり、顔などは強張っていただろう。
教える気はあるか、と問われても、教えることは出来ない。
何故って、スキル頼りになっている私の中に、教える知識が無いのだから。
「……私から、お教えできる……こと、なんて……」
突然襲われた強いトラウマに抗うように声を出すが、どうしても震え、小さいものになってしまう。
何とも情けない限りだ……。
「――ま、そうよね。私に教える気なんて、湧かないわよね? うふふ、良いのよ別に。……でもね、私に従わないということがどういうことか、楽しみにしていなさい?」
冷たい言葉は続く。明らかな敵意。
「でも――あんな怪我をして、今はもうこんな元気にしているなんてね。あなたって、どうなっているのかしら? ……はっ、気持ち悪い」
最後。汚物を見るような目を見せると彼女は翻り、冒険者ギルドの出口へと向かった。
ケアリーさんは一瞬ぽかんとしていたが、慌ててヴィクトリアを追った。
死の恐怖とヴィクトリアの迫力。それにしても、何も言えなかった。文字通り、何も言えなかった。
ほんの少し前のほんのやり取りに対して、一気に自己嫌悪が訪れる。
……しかし一瞬、私はエリクサー<究極>を飲んだあのときを思い出した。
私はあのとき思ったのだ。なんであんな連中にやられなきゃいけないのか、と。
その思いが、私に鑑定スキルを使わせた。
そう、ヴィクトリアに対して――
----------------------------------------
【ヴィクトリア・ヴァン・イルリーナ・アルデンヌ】
種族:ヒューマン
年齢:19才
職業:貴族 錬金術師 魔物使い
一般スキル:
・社交術:Lv31
・錬金術:Lv19
・鑑定:Lv11
レアスキル:
・従魔契約:Lv13<アーデルベルト><トルトニス>
・粛清:Lv1
----------------------------------------
さすがに宙にウィンドウを出すわけにはいかないため、自分の頭の中だけに出すようにした。
その内容を一通り眺めて安心をする。
ヴィクトリアに対して恐怖を抱いているものの、彼女は別に正体不明の存在ではない。
言ってみれば、ただの人間だ。そんな当たり前の結果が、私を安心させた。
「ダメだな、これが恐怖に呑まれるってやつか……」
頭を左右に振り、私は冷静さを取り戻そうとする。
しばらくして、どうにか落ち着くことが出来た。さぁ、それじゃ次は、ヤツを物色していこうじゃないか。
まずはお得意にしている錬金術を確認する。レベルは19!
なるほど、一人前くらいの実力だけど、私より遥かに下じゃないか! 私なんてレベル99だぞ!
『貰いものの力だけど!』という思いはどこかにあるものの、それでも圧倒的に上回っているのだ。心の負担は一気に軽くなる。
錬金術以外では……社交術がレベル31で、相当高いよね。これにみんな騙されちゃうんだろうかなぁ? 本性はひどいのに。
レアスキルは2つも持っているのね。魔物を従えるのは『従魔契約』って言うんだ? 2体と契約しているってことは、狼の魔物以外にもまだいるんだね……。
しかしその下、『粛清』って何よ。こわいよ、鑑定しとこ……。
----------------------------------------
【粛清】
敵対する者を陥れる空気を作る。
実力行使により、私的な裁きを実行する
----------------------------------------
……ヴィクトリアにはぴったりのスキルだけど、こんなのもあるのか……。異世界、怖い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、ケアリーさんが戻って来た。
「アイナさん、今日はありがとうございました。あの、それで――」
「いえいえ、あはは。何だか疲れちゃいました」
「は、はい……。あの、えぇっと……」
「はい?」
「……いえ、何でも無いです。今日は……本当にありがとうございました!」
ケアリーさんは何かを言いあぐねた様子だったが、大きくおじぎをしてから走って去っていった。
……まぁ、受付カウンターの中に戻っただけだから話そうと思えば話せるんだけど。
しかし何だか様子がおかしかったし、ヴィクトリアに何か言われたのかな……。
はぁ、それにしても精神的にめちゃくちゃ疲れた。
ケアリーさんのこともちょっと心配だけど、私も散々だったよ。
今日は早く帰って、もうのんびりしちゃおうかな。