798.ぶらぶら②
「――うぇぇっぷぅ……」
ケーキ屋を出たあと、テレーゼさんが変な声を出してきた。
女子力が高いお店の帰り道、女子力が皆無の変な声。
……まさに、女子の表裏。
「大丈夫ですか?
さすがにパンケーキとケーキの取り合わせは、ちょっと重かったですよね」
「で、でも美味しかったですし……。
……あれ? ちょっと待ってください。アイナさんは平気なんですか!?」
「え? ああ、そう言えば……」
確かにどこも、調子の悪いところは無かった。
途中で胸やけもせず、最後まで美味しく食べられたような気がする。
もしかして、状態異常が効かなくなったせい……だったりして?
『胸やけ』を状態異常と扱うのであれば、神格を得たときの特典で無効になってしまったとか……。
……ふむ。それならちょっと、嬉しいかも。
「うぅ、羨ましい……。
私も頑張って、そんな体質を手に入れたいです……」
「えぇ……。頑張るって、一体どうやるんですか」
「甘いものをたくさん食べたりすれば……?」
「いや、私に聞かれても……。
そうだ、胃薬でも飲んでみます? 少しは楽になるかもしれませんよ」
私の薬だから、そのまま治ってしまうかもしれないけど……。
でも、胃の中に入った食べ物はどうしようもないからね。
「だ、大丈夫です……。
折角たくさん食べたんですから、今日から鍛えることにします……!」
……それで本当に鍛えられるのだろうか。
大いに謎が残る部分だけど……。
「あまり、無理はしないでくださいね」
「はい……!
ところでアイナさん、今日はこれからどうしますか?
私は錬金術師ギルドに寄ってから帰ろうと思うんですけど」
「あれ? 今日はお仕事の日だったんです?」
「お休みです!
でも、主任の様子をちょっと見に行こうかなって」
「ああ、なるほど。
……そう言えばテレーゼさんって、ダグラスさんのことはまだ『主任』って呼んでいるんですね」
「え? ……あ、そう言ってました?
気を抜くと、つい昔の呼び方に戻っちゃうんですよね」
ダグラスさんも今や、この街の錬金術師ギルドのギルドマスターだ。
だから立場的に、『主任』どころでは無いんだけど……。
「そう言うの、やっぱりありますよね。
ちなみに二人のときって、何て呼んでいるんです?」
「え? えぇえーっと、いつもは『旦那さん』って呼んでいますよ!」
「二人のときは?」
「……ふへへっ」
私の質問を誤魔化すように、テレーゼさんはおかしな笑いをした。
さすがに恥ずかしいのかな?
ここは是非聞いておきたいところだけど、あとあと弄るネタにもなりそうだし、今回はスルーしてあげることにしよう。
「それじゃ私も、久し振りに寄ってみますね。
そのあと、ついでに冒険者ギルドも寄ってみようかな」
「はーい!
錬金術師ギルドまではご一緒しましょう♪」
ここからだと、歩いて30分ほどの距離だろう。
それくらいなら、食後の運動に丁度良いかもしれないね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――錬金術師ギルドは大盛況。
新しい建物も完成して、ここには数か月前に引っ越してきたばかりだ。
広い建物の中には、大勢の錬金術師たちが仕事を求めてやって来ている。
実はこの錬金術師たち、ほとんどが去年マーメイドサイドに集まってきた人たちなのだ。
何で集まってきたかと言えば、それは冷害に対応するための『野菜用の栄養剤』を作るため。
私も作っていたとは言え、それ以外にもたくさんの人に協力を仰いでいたのだ。
こう言うものは出来るだけ、誰でも出来るようになっていないといけないからね。
そしてそのまま、多くの錬金術師がこの街に工房を構えるようになっていた。
マーメイドサイドだけで消費するにはかなりのアイテムが作られてしまうけど、幸いなことにこの街には港がある。
錬金術のアイテムは、今では輸出品目の一大勢力に成りつつあるのだ。
「よっ、アイナさん!」
テレーゼさんに付いて歩いていくと、すんなりダグラスさんに会うことが出来た。
ギルドマスターの癖に、現場にも出たがる。それがダグラスさんなのだ。
「こんにちは、お久し振りです。
調子はいかがですか?」
「ああ、忙し過ぎて目がまわりそうだぜ!」
「おぉー、それは良かったです。
テレーゼさんと二人っきりでやっていたときとは、本当に随分変わりましたよね」
そもそも『錬金術師ギルド』の組織全体としては、マーメイドサイドへの進出には否定的だったのだ。
その元凶となったお偉いさんは、私が王都まで行ってきっちり締めてきたわけだけど。
「今となっては、その頃も懐かしいよなぁ……。
いや、いろいろとアイナさんのおかげだよ。
この建物も最初はさ、無駄に広いなーって思っていたんだけど」
「実は私も、そうは思っていたんですよ。
でもこんなにたくさんの人が来るんじゃ、大きくしておいて良かったですよね」
「本当になぁ……。
最終的には王都の錬金術師ギルドよりも大きくなっちまったし……。
……あ、そうだ。アイナさん、研究室にはいつ入るんだ?」
マーメイドサイドの錬金術師ギルドでも、一部の錬金術師には研究室が与えられる。
私も当然、もらえることになっていたわけだけど――
「そうですね。建国式典のあと、かなぁ。
さすがにそれまでは時間が取れませんし」
「やっぱり忙しいよな……。
そんなときにすまんな。テレーゼの相手なんてしてもらっちゃって」
「大丈夫ですよ、私も息抜きになりましたし。
……そう言えばダグラスさんも、お仕事だったんですね。
マリナちゃんはどうしているんですか?」
「今日は親戚に預けているんだよ。
たまにはテレーゼにも、休暇をあげないといけないからさ」
ずっと子供といると、いくら可愛かろうが、どうしても疲れてしまうものだ。
仕事もして、プレイベートでは子供の面倒をずっと見て……。
気が休まるときなんて無いのだから、これは旦那様のナイスフォローだろう。
「なるほど、なるほど。
公私ともに、上手くやっているようで何よりです♪」
「ははは、まぁな!」
そのあとも、私たちは近況報告や雑談を続けていった。
テレーゼさんも出過ぎず引き過ぎずで、良い相槌を打ってくれる。
……うん、やっぱりこの二人は話がし易い。
良い人に錬金術師ギルドを預けることが出来たと言うものだ。
「――さて、それじゃ私はそろそろ戻りますね。
いろいろな情報、ありがとうございました」
「お、もう帰っちまうのか」
「はい、これから冒険者ギルドにも寄ろうかなって。
何か他に、用事でもありましたか?」
名指しの依頼があれば、ものによっては受けることが出来る。
時間が無いとは言え、作るのは一瞬で出来てしまうのだから。
「ああ、そう言うわけでは無いんだが……。
ほら、アイナさんは錬金術師たちの人気者だろ?」
そう言いながら、ダグラスさんは私に後ろを見るように促した。
……どうやら私たちは、いつの間にかたくさんの人に囲まれているようだった。
「おおぅ……。これは……」
「最近、ここまで来てくれてなかっただろ?
アイナさんに憧れている錬金術師はたくさんいるから、これは仕方が無いな」
……今や私も、錬金術の第一人者。
そんな人が出歩いていたら、それは普通に囲まれてしまうと言うものか。
正直、悪い気はしないんだけどね……!
「アイナさん、随分と賑わっていますけど……。
この建物、出て行けますか……?」
「折角ですし、適当にお話をしていきますよ~」
……とは言ったものの、人数が多いだけに結構しんどそうだ。
でも、みんな悪気があるわけじゃないからなぁ……。
まぁここは堂々と、世界一の錬金術師の品格を見せていくことにしよう。
この業界、イメージ勝負のところもあるからね。




