797.ぶらぶら①
次の日、唐突にテレーゼさんがお屋敷を訪れた。
「アイナさん、こんにちはー」
「はい、こんにちは。
……あれ? 特にお約束、していませんでしたよね?」
「ちょっと近くを通り掛かったものでして!
お忙しいならまたの機会にしますけど~……」
見ず知らずの人なら追い返すところだが、ここは命の恩人のテレーゼさんだ。
まさか追い返すわけにはいかないだろう。
「ん、今日は時間があるので大丈夫ですよ。
お茶でもしていきます?」
「えっと、もしよろしければ外に出ませんか?
一緒にお昼ご飯、とか!」
「あー……。それも良いですけど、護衛が付いちゃいますよ。
大丈夫ですか?」
私はもう慣れてしまったが、外出する際にはいつも第三騎士団の団員が付いてきてくれる。
慣れていない人にとっては、それだけでストレスになってしまうだろう。
「大丈夫でーす!
そう言う機会が私には無いので、逆に面白そうです!」
「そんなものですかね……。
それじゃ準備をして来ますので、ちょっと待っていてください」
「はーい!」
ひとまずテレーゼさんを客室に通してから、私は外出の準備をすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……今日も涼しいけど、天気は晴れ。
日陰に入るとぐっと寒くなってしまうので、出来るだけ日向を歩いていくことに。
「キャスリーンさんって、もうお休みをしているんですか?」
ふと、テレーゼさんがそんな話を切り出してきた。
「いえ、まだですね。出来るだけ働いていたいようで……。
でもメイドさんも1人増えたから、シフトは減っているみたいですよ」
「おぉ~……。
ずっと働いているなんて、尊敬しちゃうな~」
「いやぁ、そう言うテレーゼさんだって……。
妊娠中に、マーメイドサイドまで引っ越してきたじゃないですか。
あれだって大変だったでしょう?」
「そこはアイナさんに会いたい一心で!」
「そう言われると、何も言えないですね」
結果論としては母子共々、健康で良かったけど……。
でももし何か問題があったら、私も責任を感じちゃうところだったよ?
「キャスリーンさんが赤ちゃんを産んだら、うちのマリナとお友達になってもらうんです。
えへへ、楽しみだなー♪」
「それは素敵ですね。是非、家族ぐるみの付き合いをしてあげてください。
キャスリーンさんもルークも、きっと喜ぶと思いますよ」
「はーい! そのときはアイナさんも来ますか!?」
「私、どっちの家族でも無いんですけど……?」
「えぇーっ!?」
仮に家族だと言うなら、私はどのポジションになるのかな?
お婆ちゃんは嫌だよ、お婆ちゃんは。
「……まぁ、その辺りは空気を読むことにします。
さてと、適当に歩いていますけど、どこか行きたいところはありますか?」
「ルーシーさんのお店に行きたいです!
ワフウのケーキ、一度食べてみたかったんですよ!」
「それも良いですけど……昼食、ですよね?」
「パンケーキとかもあるみたいなので、その辺りは大丈夫かと!」
「あれ、ケーキは?」
「ケーキはデザートです!」
「えぇ……」
主食、パンケーキ。
デザート、ケーキ。
……甘味、多過ぎじゃないですかね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今現在、ルーシーさんが経営するお店はいくつもある。
その中で私たちは、ケーキ屋の本店……一番最初のお店に入ることにした。
ルーシーさんもかなり手広くやって、しかも稼げているんだよね。
普通に考えれば、メイドの方は辞めちゃいそうなものだけどなぁ……。
「いらっしゃいませ♪」
まずは店員さんが、明るく可愛く挨拶をしてくれた。
私を見て萎縮してしまうお店も正直あるけど、さすがルーシーさんのお店は完璧だ。
「2人でお願いします」
「かしこまりました!
奥のお席でよろしいですか?」
「はい、それで」
一番良い感じの席に案内してもらって、メニューを広げて眺めてみる。
テレーゼさんは早くも興奮気味だ。
「わー、可愛いのがたくさんありますね!」
「前に来たときよりも、色々と変わっていますね。
これが経営努力か……」
私も錬金術のお店を経営してはいるけど、基本的な商品はずっと変わらない。
何となく、少し負けた気分もしてしまったり。
「それではアイナさん!
今日は私が奢りますので、何でも頼んじゃってください!」
「却下します。私が奢ります」
「えぇーっ!?
わ、私が誘ったんですよ!?」
「マリナちゃんもいるし、いろいろと入り用でしょう?
まぁまぁ、ここは私にお任せください」
「むぐぐ……。
分かりました、それではお言葉に甘えて……。
あとで絶対、何かお礼をしますから!」
「本当に、あまり気にしないでくださいね……。
この前もお弁当のお礼で、食器やら置物やらをもらっちゃったんですよ」
「……え?
お弁当って何ですか? まさかアイナさんが……!?」
「はい、多めに作ってしまったので。
偶然会った人に、食べてもらったりして――」
「ず、ずるいです!
私も食べたかった!!」
「偶然会えたら、テレーゼさんにも食べてもらったと思いますよ。
それじゃ、次の機会には是非」
「つ、次っていつですか!?」
「んー……。
建国式典までは基本的に忙しいから、そのあとですね。
……そのあとも忙しいかもしれませんけど」
「結構遠い……。でも、そのときには必ず!
予約しますからね! 予約しましたからね!」
「あはは、分かりましたよー。
さて。店員さんも待っていることですし、そろそろ注文をしちゃいましょう」
「あ、忘れてました!
お腹ぺこぺこです!」
……そんなときに、甘さ100%の食事はいかがなものか。
メニューを見ていたら、私もかなりお腹が減ってしまったけど……。
このお店、食べる量には細心の注意を払わなければいけないわけで……。




