791.お弁当①
翌日の朝、みんなが集まったところで私の料理が話題になった。
「ふむ……。アイナ様が作られたのですか……」
「うん、なかなか貴重でしょ?
最近はダンジョンにも行っていなかったし、結構新鮮だったよー」
ダンジョンに潜るときは、私がいつも炊事当番だ。
これは戦力にならなかった昔からの名残だけど、それはそれとして、私は裏方仕事が大好きなのだ。
「ふふっ。ルークさんもジェラードさんも、残念でしたね!
私はたっぷり、堪能させて頂きましたので♪」
エミリアさんがドヤ顔で、ルークとジェラードに言う。
ルークは『むぅ……』と言う顔をしているが、ジェラードはさらに悔しそうな顔をしていた。
「いいなぁ、いいなぁ!
いいなー!!」
「ジェラードさん……。
語彙が足りてませんよ……」
勢いよく言った割に、ジェラードは『いいな』しか言っていない。
もうちょっとこう、言葉には広がりを持たせて……ね?
「アイナちゃんの手料理なんて、僕は圧倒的に回数が少ないんだよ……!
ねぇねぇ、またいつか作らない!?」
「それ、賛成でーす!
私もアイナさんの手料理、食べたいです!」
「えぇ……。
エミリアさんは昨日、たくさん食べていましたよね……」
「それはそれです!」
食事に対してはどこまでも貪欲な、そして我儘なエミリアさんである。
「……ま、まぁ?
そこまで言って頂けるのであれば、私としてもやぶさかではありませんけど……。
それじゃ今度、また何か作りますか」
建国式典が控えているとは言え、時間はところどころで空いている。
その中の数時間を使うくらい、特に問題は無いだろう。
「やった! それじゃ、善は急げってことで――
……今日!!」
「ぶっ!?」
ジェラードの提案に、私は思わず吹いてしまった。
あの……? さすがに、近いにも程があるよ……?
「むぅ……。
私は今晩、遅くなるのですが……」
ルークはぼそっと言ってくる。
この二人は同格に扱っておかないと、微妙に面倒なことになりそうだし……どうしたものか。
「うーん……。夜がダメなら、昼食でも良い?
お昼までは時間があるし、それなら私も大丈夫そうなんだけど」
「申し訳ございません。
今日はすぐに出てしまいますので……」
……ぬぅ、なかなか上手くいかないものだ……。
「それじゃ、お弁当でも作ろっか。
ジェラードさんもそれで良いです?」
「お弁当かぁ……。
うん、僕は問題ないよ!」
「やったー、お弁当~♪
アイナさん、もちろん私にもお願いします!」
「な、何でエミリアさんがいちいち入ってくるんですかね……」
「まぁまぁ♪」
こと食事ネタにおいては、エミリアさんの参入を防ぐことは出来ないのか。
「うーん……。まぁ、分かりました。
ちなみにエミリアさんとジェラードさんは、今日はお休みなんですか?」
「今日は孤児院に行く予定です!」
そう言うのはエミリアさん。
魔法師団の仕事の他にも、孤児院の面倒をちょこちょこ見てくれているのだ。
「僕もちょっと会合があったんだけど、休めば問題ないから――」
「ダメでーす。それはダメ!」
私の昼食のために、用事を休ませるわけにはいかない。
仕事をしっかりこなして、その上で美味しく食べないといけないのだ。
「で、でも……。会合の場所は、秘密の場所なんだよね……。
だから、アイナちゃんに届けてもらうわけにはいかなくて……」
「仕方が無いですね。
ジェラードさんの分はまた今度と言うことで……」
「ダメダメっ!!
お昼に取りに来るから、ちゃんと置いておいて!?」
「そうですか?
それじゃメイドさんに預けておきますので、取りに来てもらえます?」
「うん、分かったぁ♪」
ジェラードはうきうきと、素直に大きく頷いた。
やっぱり……、犬みたい……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……朝食後。
ミュリエルさんとキャスリーンさんが見守る中、私はお弁当をどんどん作っていった。
とりあえず持ち運びがしやすいように、バスケットにサンドウィッチを入れてみる。
男性陣は少し軽すぎるかな……と言うことで、チキンも添えてみよう。
プレーンな味と、スパイシーな味と、クリーミーな味の3種類……っと。
さすがにこれくらい入れておけば、しっかりお腹に溜まってくれるだろう。
あとは常温で飲む感じのスープを作って……。
そうすると、少し堅めのパンも入れたくなって……。
デザートには、きんつばでも入れておこうかな。
「……ほわぁ。
アイナ様、凄い手捌きですね……」
最初から最後まで、じっくり観察をしていたミュリエルさんが呟いた。
「アイナ様、素晴らしいです……。
これなら皆さん、喜ぶと思います!」
キャスリーンさんも嬉しそうに、そう言ってくる。
「……作っておいて何だけどさ。
キャスリーンさんを差し置いて、ルークにお弁当って言うのはどうなんだろう……」
本来的には、やはり愛妻弁当の方が正統なのだ。
ルークが私に好意を持っているのは公然の秘密……ですら無いんだけど、やっぱり躊躇いはあるんだよね。
「作るのがアイナ様でしたら、何の問題もございません。
他の方でしたら、少しくらいは嫌な気持ちになるかもしれませんが……」
「そ、そう……? それじゃ一安心……と言うことで。
少し多めに作ったからさ、ある分は賄いで食べちゃってね」
「おぉ……、ありがとうございます。
アイナ様の味、盗ませて頂きます!」
「大切に食べさせて頂きます!!」
「……ところでアイナ様。
お弁当は……ルークさんとジェラードさん、エミリアさんの分……ですよね。
もうひとつがアイナ様の分だとしても、たくさん作り過ぎではないですか?」
私が作ったお弁当は10人分。
調子に乗って、勢いに任せて作ってしまった。
「そうなんだけどねー。
こう言うときって、いろいろな人に渡すチャンスがあるかなぁ……って。
残ったら残ったで、エミリアさんに食べてもらえば良いわけだし」
「確かに……!
エミリアさんがいれば、作り過ぎと言うことはありませんからね」
……安心印のエミリアさん。
残った分をエミリアさんにあげるとするなら、順番的にはエミリアさんが後回しか。
ジェラードの分を1個残して、私はお弁当を9個、アイテムボックスに入れた。
「それじゃ、早速届けに行ってくるね」
「はい、お気を付けて!」
……まずはルークに届けるため、騎士団に向かうことにしよう。
その次に、孤児院のエミリアさん……かな。




