790.のんびり昼食
メイドさんたちはいつも、使用人たちの食事も作っている。
今日の昼食は私も全面的に作っていたから、当然クラリスさんの知るところにもなってしまった。
「も、申し訳ございません……。
アイナ様に食事の準備をさせてしまうだなんて……」
「いやぁ、こっちこそ無理を言っちゃって……。
だからマーガレットさんは責めないであげてね」
「……はい、かしこまりました。
それにしてもミュリエルさんとドローシアさんは――」
……と言っているところで、その二人が帰ってきた。
相当に急いできたようで、息を大きく切らしている。
「お、遅れて申し訳ございません!
ああっ、アイナ様!? 今すぐ昼食の準備を――」
「あ、ごめん。作っちゃった♪」
「えっ!?」
ミュリエルさんが驚きながらテーブルの料理を見ていると、その後ろからドローシアさんが顔をひょっこり出してきた。
「うわ~……。
これ、アイナ様が作ったんですか?」
「そうだよー。みんなで食べようね♪
……ところで二人は、何で遅くなったの?」
「は、はい……。
実はドローシアさんがお店の商品を全部ひっくり返してしまって……」
「そ、そうなんだ?」
でもまぁ、それくらいは予想通りだ。
「その勢いのまま、近くの水路に落ちてしまって……」
「何でっ!?」
「落ちた先で金塊を見つけたので、騎士団に届けを出しに行っていたんです……」
「予想外の展開っ!!」
……現実は小説よりも奇なり。
世の中、よく分からないことが起きるものだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ひと休みしたあとは、お待ちかねの昼食の時間。
今日は私が作ったと言うことなので、折角だから給仕も私が――
……と思ってみたのだが、当然のようにクラリスさんに断られてしまった。
昔、エミリアさんと一緒にメイドの真似事をしたことがあったけど、あれも結構楽しかったんだよなー……。
今回は結局、メイドさんたちと一緒に食卓を囲むことになった。
たまにはこう言うのも良いよね。あったかホーム、うちのお屋敷。
「おぉ! 今日はアイナさんが作ったんですか!
珍しいですねっ」
エミリアさんが嬉しそうに言ってくる。
「いつもの食事よりも少し雑ですが、そこはご容赦を!」
「これで雑って、嫌身にしか聞こえませんよ!?」
「え、そうですか? 私、上達してます?」
「はいっ!
うーん、美味しいっ! いくらでも入っちゃいます♪」
早速食べ始めるエミリアさんだが、いくらでも~……のくだりはいつも通りなのでは……。
……うん、いつも通りだ。
食事が進む中、メイドさんたちも何やら話をしている。
「……凄いですね、アイナ様……。
お料理まで出来ちゃうんですか……」
そう言うのはドローシアさん。
例によって、何だかとろーんとしてしまっている。
「凄い包丁捌きでしたよ……!
それに手順に無駄が無くて、途中で錬金術も使っていたみたいですが――」
具体的にレポートするのはマーガレットさん。
私と一緒に準備をしていたから、結構細かいところまで見られてしまっていた。
「くぅ……。私も見たかったです……。
……うぅ、私よりも美味しいっ」
残念がるのはミュリエルさん。
……え? さすがにミュリエルさんよりは、美味しく出来ないと……。
ああいや、きっとミュリエルさんが上手く作れたときとの比較だよね。
そうじゃないと、さすがにちょっと。
「私たちとは少し違う味付けですが……。
少し濃い目? 野営で提供されるものでしたら、食べるのは身体を動かす方々でしょうし……ふむ」
食べながら納得しているのはクラリスさん。
今日はお休みと言うことで、彼女は私服での参戦だ。
……メイド服に着替えようとはしていたんだけど、今日は大丈夫と言うことで。
「ほっ。それなりに好評で良かったー。
キャスリーンさんの分もあるから、あとで食べてもらってね」
「はい、かしこまりました。
アイナ様の手作りと聞いたら、あの子も喜ぶと思いますよ」
クラリスさんの返事に、私も気分が良くなってくる。
「それじゃ、デザートも作っちゃおうかなー♪」
「いえ、さすがにそこまでは……」
……やっぱり許してくれないか。
作るのがダメなら、とりあえずきんつばでも置いておこう。
料理がダメなら錬金術で……と言う寸法だ。
「あ、きんつばですね!
やったー、いただきまーす♪」
「エミリアさんには、毎週差し入れをしていますよね……?」
「病みつきになる美味しさ!
控えめで上品な甘さに、毎回感動してしまいます……!」
……ちなみに品質は、いつも通りのS+級。
それを毎日食べられるエミリアさんはしあわせ者である。
「そう言えば、ルーシーさんのお店でもきんつばをアレンジしたケーキを出していましたね」
「あ、私も休日に食べてみました!
『ワフウ』ってやつですよね!」
ドローシアさんが身を乗り出して話に入ってきた。
そうそう、『ワフウ』。いわゆる『和風』
そこにクラリスさんも入ってくる。
「その商品のおかげで、ルーシーさんのケーキ屋も大繁盛だそうです。
アイナ様も、発案料を頂いた方が良いのではないですか?」
「さすがにそれは、要らないかなぁ……。
ほら、売れれば私にもお金が入ってくるし」
「え? そうなんですか?」
ドローシアさんがきょとんと言ってきた。
「アイナ様は、この街の元締めのような方ですから。
だからドローシアさんも、しっかりお仕えしなければいけませんよ」
「もももっ、もちろんですっ!!
大船に乗ったつもりでお任せくださいっ!!」
ひとまず大船を想像してみたが、残念なことに泥船しか思い浮かんでこなかった。
……いやいや、さすがにこれは失礼か。
「あはは、よろしくね。
やる気があれば、私のお屋敷は永久就職だから。
だからたくさん、頑張ってね」
「はいっ、ありがとうございますっ!
それでは洗い物はすべて私がっ!!」
「お皿、割らないようにね!」
「はい、もちろんですっ!!」
――ガチャーンッ
ドローシアさんが元気に立ち上がると同時に、彼女のお皿が落ちて割れた。
……早い早い。
タイムアタックでも狙っているのかな?




