788.新しい子
「ママー! お帰りなさいなの!」
「お母様、お帰りなさいですわ!」
私がお屋敷に戻ると、リリーとミラが出迎えてくれた。
ゼリルベインとの一件以来、何となく親密度が上がったような気がする。
それまでだって上限に張り付いていたような親密度だったけど、さらに限界突破をしてしまったと言うか……。
ミラに至っては、渋っていた『水の迷宮』の100階にも招待してくれそうな勢いだし……。
……これは多分、私が神格を得た影響かな。
何と言ってもリリーは虚無の神の系譜で、ミラは水の神の系譜。
ゼリルベインとの戦いを経て、私は虚無の神格と水の神格を得ている。
つまり二人との繋がりが、今まで以上に密接になったと言うか……。
……誰も明言していないけど、恐らくはそんな感じなのだろう。
「二人とも、ただいまー。
はい、エミリアさんにもご挨拶」
「お帰りなさいなの!」
「お帰りなさいですわ!」
「ただいまでーす♪
それではアイナさん、私はお部屋に戻りますね!」
「はーい、また夕食のときにっ」
エミリアさんはあれ以降も、魔法の勉強は続けている。
一体どこまで学んでいくのだろうか……。そう言う勤勉な姿勢、私も見習わないとね。
「ママー。今日はこれからどうするの?」
「んー。ちょっと書類を読むお仕事があるんだよね……」
「お仕事でしたら仕方ありませんわ。
リリー、お母様の邪魔をしないように、外に行きましょう」
「待ってくれていたのに、ごめんね。
夕食のあとは空く予定だからさ、そのときに遊ぼっか!」
「分かったの!」
「分かりましたわ!」
返事をすると、二人は楽しそうにお屋敷を出て行った。
……本当に仲が良いなぁ。
幼いところはまだまだあるけど、手が掛からないのは二人でいるおかげかな。
ミラと出会っていないときは、リリーはグリゼルダと仲が良かったけど……。
その欠けてしまった部分も、きっとミラが補ってくれているのだろう。
さて、それじゃ部屋に戻って早速――
「――きゃっ、きゃあああああああっ!!!!」
突然、何の前触れも無く厨房の方から大きな声が聞こえてきた。
あの声は――
……やれやれ、またか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうしたのー?」
私が厨房の様子を見に行くと、メイドさんたちが集まっていた。
そこにいた面子はマーガレットさんとキャスリーンさん、あとはドローシアさん。
……ドローシアさん。
彼女はこのお屋敷の、6番目のメイドさんだ。
3か月ほど前から、ちょっとした事情があって新しく雇っているのだ。
「あわわわーっ!
あああアイナ様、申し訳ございませんっ!!?」
いつも通り、大慌てな彼女。
彼女の性格は、今の台詞だけで物語ることが出来るだろう。
ちなみに『テンパる気持ちは良く分かるでしょ』と言うことで、マーガレットさんが教育係に付いていたりする。
「アイナ様、申し訳ございません!
食器を割ってしまいまして……」
マーガレットさんがフォローに入り、本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
食器なんて壊れるものだから、普段使いのものならそんなに気にしなくても良いのに……。
「怪我は無い? 食器なら買い直せば良いから、大丈夫だよ」
そう言いながらドローシアさんの手元に目をやると――
……昔、ポエールさんに贈ってもらった超高価なお皿が見えた。
綺麗にまっぷたつ。
うわぁ、このお屋敷にある食器の中でも、一番高いやつやんけ。
――ひくっ
思わずそんな動きが、私の顔に出てしまったのかもしれない。
「ももも申し訳ございませんっ!?
わ、私のお給金で弁償しますので、どうかどうかお赦しくださいっ!!」
ドローシアさんは勢い余って土下座までし始めた。
うぅーん、やっぱり行動が極端すぎるなぁ……。
「ま、まぁ……ね?
お給金ではちょっと弁償しきれない金額だけど……」
「あああああっ!? 私、クビですか!?
うえぇええぇんっ、家に仕送りしないといけないのにーっ!!」
「ちょ、ちょっと、ドローシアさん……」
大きく狼狽えるドローシアさんの横で、どう扱って良いのか困るマーガレットさん。
そんな中、キャスリーンさんがすっと歩み出た。
「……ドローシアさん」
「ふぇっ!?」
――パチンッ
キャスリーンさんの、ビンタ。
決して強くはないけど、昂ぶった気持ちをリセットするには十分な強さだ。
「……大丈夫ですよ。
今はまだ慣れていないことがたくさんあると思います。でも、ひとつずつ覚えていけば大丈夫ですから。
まずは落ち着いて? ……ね?」
「は、はい……。
キャスリーン先輩、ありがとうございます……」
ドローシアさんは5回ほど深呼吸をしてから、覚悟を決めたように立ち上がった。
そして私にまっすぐに向かい、90度の角度で頭を下げてくる。
「アイナ様……!
食器を割ってしまい、申し訳ございませんでした……!」
「え、あー……。う、うん……。
これからは気を付けてね……」
……それ以上、何かを言うことは難しかった。
いや、お皿の値段を考えると言った方が当然なんだけど……。
……やっぱりこう言うところ、私はまだまだ甘いんだよなぁ……。
「それじゃ、この食器は捨てて来ますね!」
「ちょっと待ったー!!
それ、直らないか試してみるから!! 捨て急がないでっ!!?」
「えっ!? こ、こう言うものも直せてしまうんですか……?
さすがアイナ様、この街を救った守護者様……」
そう言いながら、ドローシアさんの目がうっとりしてくる。
この辺りに騙されて……と言ってはアレだけど、ついつい採用しちゃったんだよね。
あとは当時、一番やる気があるように見えたし……。
いや、やる気は本当に持っているんだけど、ドジッ子属性が強すぎると言うか……。
「と、ところでキャスリーンさん。
まだ働いていて良いの? ドローシアさんもいるし、産休に入っても大丈夫だよ?」
……実はキャスリーンさん、ご懐妊中である。
もちろん父親はルークだ。
結婚前はすぐにでも子供が欲しいと言っていたけど、ついにようやく……なのだ。
ちなみに出産予定日は、建国式典の2日後とのこと。
でもここは、建国式典の日に生まれてきちゃうんじゃないかな……と、個人的には予想している。
ルークの子供なんだから、何だか空気を読んでくれそう……って言うのかな。
「アイナ様、お心遣いありがとうございます。
でも、しっかり働いていた方がこの子のためになるかと思いまして……。
もちろん無理はしませんので、それまではお許しください」
「そう? 大丈夫なら良いんだけど……」
……やっぱり、もう1人くらいは雇っておいた方が良かったか……。
そもそも、元々の五人の仕事っぷりが凄すぎたんだよね。
1人抜けるなら補充は1人でしょ、……そう考えてしまった昔の自分を責めてやりたい。
「そそそそれではアイナ様、食器の方はよろしくお願いいたします!!
何かあれば、私が全力であれこれいたしますので!!」
……あれこれって何だろう……。
とりあえず、気持ちだけは受け取っておこう……。
「うん、任せておいて。
それじゃ、あとはお願いね」
「「「はいっ!!」」」
――……はぁ。
ポエールさんからもらったお皿……。
値段が、と言うか、私好みのお皿だったから……ちょっとへこむ……。
……錬金術で、何とか直せるものなのかなぁ。
今日はこれから仕事があって、夜はリリーとミラと遊ぶから……。
ま、お皿のことは明日にでも考えてみよう。
さて、それじゃ部屋に戻って仕事を――
――ガチャーンッ
……どこからともなく、そんな音が聞こえてきた。
いや、気のせいか。うん、気のせいだ。気のせいに違いない。




