787.季節は巡り
……季節はまた巡る。
冬が過ぎ、春を迎えようと言う頃。
私にとっては、この世界で6回目の春。
ゼリルベインとの戦いから見れば、7か月ほどが経過していた。
「アイナさーんっ♪」
「あ、エミリアさん」
いつも通り、そんな会話の始まり方。
私は今、人魚の島にあるグリゼルダのお墓を訪れていた。
エミリアさんはあとから私を追い掛けてきたという形だ。
「グリゼルダ様に、何かご報告ですか?」
「はい、最近の進捗を少し……。
もうすぐ、建国式典ですからね」
長らく準備を続けてきた国作りも、ようやく大詰めを迎えることになる。
ゼリルベインの一件以来、今までにあったトピックスとしては、ヴェルダクレス王国で内乱が起きて、オティーリエさんが失脚したことくらいかな。
……だって、また派兵してきたんだもん。
いつも通り返り討ちにしてあげたら、その辺りが原因になって、あれよあれよと言う間に……ね。
さすがに今回は諸外国にも協力してもらって、しっかりと戦後処理をすることになった。
私たちが求めたのは、この大陸の中での明確な領土。
最終的にはこちらの要求通り、鉱山都市ミラエルツを含む形で国境を引くことが出来そうだ。
細かな調整はまだまだ残っているけど、ここから大きく覆ることは無いはずだ。
……ついでにだけど、オティーリエさんの処遇については色々と検討されているらしい。
半分くらいの確率で処刑になるかなー……と、言うところ。
まぁ、私には関係ないけどね。
不意に、海の方から冷たい風が吹いて来た。
グリゼルダが不在になってしまったため、やはり前年も冷害に見舞われてしまった。
しかし私と、あとはマーメイドサイドの錬金術師たちによって、大変な時期も何とか乗り越えられたと思う。
グリゼルダと言えば、マーメイドサイドでの後継者となるセミラミスさん。
彼女は以前聞いていた通り、他の竜王を助けるために旅に出てしまった。
……次に会うのはいつだろう。
水竜王になる試練を受けてから……になるのかな?
その前に、何か相談事を持ってきてくれるのかな?
……多分、建国式典には間に合わないんだろうなぁ。
それなら一回だけでも、戻ってきてくれないかなぁ……。
「――ところで、エミリアさんの方は最近どうです?
魔法師団も、最後の責任者を見つけたんですよね?」
「はい! 今、いろいろと調整中なんですよー。
ちょっと、ヴィオラさんと少し揉めてしまっているのですが……」
「え? 何でまた……」
「ほら、私がまとめるのは第三魔法師団じゃないですか。
それで、ヴィオラさんが第二の予定だったんですけど、新しい方と比べると……その……ねぇ?
やっぱりヴィオラさんが第一の方が良いんじゃないかなーって……」
「第一の方が、若干権限が強いですからね……。
でもそれ、今さらですよね……」
「そうなんですよー。
まさに、女心と秋の空!」
「何だか違うような気がします……」
「むぅ……? むぅむぅ!!」
エミリアさんが意味不明に拗ねてくる。
彼女の拗ね方も、最近では大体こんな感じだ。
「……さて、と。
そろそろ戻ろうかと思うんですけど、エミリアさんはどうします?」
「アイナさんが戻るなら、私も戻りますよ!
……あ、そうだ。マイヤさんから帰りに寄るようにって伝言が!」
マイヤさんもリーダーシップを発揮していて、今はすっかり人魚たちのリーダーになっている。
昔からそんな感じではあったけど、最近では特にそうかな。
「あれ、何か用事ですかね?
私はここに来るとき、会わなかったんですよ」
「そうだったんですか。
何だか、見せたいものだあるそうですよ?」
「見せたいもの……。
ふーん? 何でしょうね?」
私たちはグリゼルダのお墓に祈りを捧げてから、その場を離れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「マイヤさーんっ」
「あ、アイナさん。待っていたわよ!」
街まで戻る途中の浜辺で、マイヤさんが声を掛けてきた。
他の人魚たちも、何人か引き連れてきている。
「ごめんね、お待たせ。
私に見せたいものがある……って聞いたんだけど?」
「そうそう! これを見てよ、これ!」
そう言いながら、マイヤさんは両手を目の前に掲げた。
両手の先には水の球体が現れて、その中では何かが泳いでいる。
「……何です? これ」
クラゲのような、小さな魚のような……。
色は半透明の白。形はどうとでも取れてしまう、ちょっと不思議な生き物……。
「この子ね、とっても希少な生き物なの!
育て方次第では、私たちを守ってくれるように育つのよ!」
「へー……。これが……」
思わず鑑定をしてみれば、確かに希少な生き物のようだった。
そして育成次第で、いろいろな形に変化していくらしい。
レアなところでは、半物質的な性質も持つようになるとか……。
……凄いね、これ。
「それで、ね。
私たち――この島に暮らす人魚なんだけど、ちょっと新しい環境に行ってみようかと思うの。
この子を育てるために……さ」
「え? そうなの?」
「……うん。
グリゼルダ様もいなくなってしまって……気分転換、って言うのかな。
みんなとも相談したんだけど、最終的には意見が揃って……」
「なるほど……。
私は寂しくなるけど……でも、良いと思うよ!」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ。
……アイナさんにはずっとお世話になりっ放しだったけど……、最後までごめんね」
「ん、謝ることなんて無いから!
私だって色々、お世話になったわけだし……。
……それで、いつ行くのかは決めたの?」
「1か月後に建国式典があるんでしょ?
それを見てから行こうと思うの。
アイナさんたちの集大成なんだもん、これは見逃せないよね」
「そっか、それなら一安心。
でも、外の世界は危険だから……そこは心配だなぁ……」
「出来るだけ、人間のいる場所には近付かないようにするわ。
多分、南の方になるかなぁ……。最近寒かったから、たまには暖かい場所が良いかなー、ってね」
「あはは……。
早くここも暖かくなってくれることを祈ってるよ……」
……まぁ、それもセミラミスさん次第か。
気候のため……だけでは無いけど、やっぱり早く戻ってきて欲しいなぁ。
ヴィオラさんだって、隠してはいるけど寂しがっているからね。
「それじゃ、用事はそれだけだから。
式典の詳細が決まったら、また教えに来てね!」
「うん、早めに来るようにするね」
私は突然の寂しさを感じながら、マイヤさんと別れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人魚の島を出て、浜辺をエミリアさんと歩いていく。
ちなみに、第三騎士団の団員は3人ほどが付いてきている。
まぁ、今さら私に勝てる人なんてなかなかいないけどね……。
「……それにしても、旅ですか~」
「旅、ですね~。
昔を思い出しちゃいましたけど、エミリアさんとルークと一緒に旅をしていた頃が懐かしいですね」
「本当、あの頃は楽しかったですー。
いやぁ、純粋に楽しかったですよね……」
エミリアさんはしみじみと言った。
思い返せば、王都までの旅は楽しいことの方が多かった気がする。
王都に着いてからは、どんどん嫌なことが多くなっていったような……。
「でも、私たちの平和を脅かす人はもういませんよ。
ちょっとしたものなら、私たちが撃退できますし」
「確かに!
それに私たちには、アイナ神が付いていますからね!」
「ちょ、ちょっと~……。その言い方は止めてくださいよ。
本当、名前だけの神様なんですから!!」
「でも私、今はフリーですよ!
ガルルン教はもうエイブラムさんに譲っちゃいましたけど、アイナ教の教皇ならいつでも立候補しますからね!」
「だからー。
そう言うのは絶対に作りませんってばーっ!」
「えーっ!?
もったいないですよーっ!!」
……私は特別な存在になってしまったし、私の仲間はそれぞれが立派になってしまった。
しかし、楽しく過ごす分には何も問題は無い。
これから楽しく過ごす礎となる、私たちの新しい国。
その国作りも、ようやくもう少しで終わる。
今はラストスパート。
残りの準備も、しっかり頑張っていかないとね。




