785.再会
気が付くと、私は灰色の世界にいた。
「……ここ、どこ……?」
そんな言葉が思わず口を突いて出る。
しかし嫌な気分はしない。
それどころか、ここにはずっといたいとすら思えてしまう。
何も無く、誰もいない世界。
空を見上げながら歩いていると、単純な灰色では無いことに気付いた。
……白と、黒の、集合体。
テレビやモニターのように、よくよく見れば全てが点で構成されている。
その数は大よそ半々。
……いや、まだ白の方が多い感じか。灰色の程度で言えば、まだまだ明るい灰色だし――
「――アイナさんっ!!」
ふと、声がした。
遠くの方の、私の右側から。
「え? あれ? 英知さん?」
未だ見ぬ錬金術師の女の子。
いつも通りその姿を借りた英知さんが、私の元へと走って来た。
「すいません、探しました……!
申し訳ありませんが、こちらへ……」
「は、はぁ……。
あれ? 英知さんがいるってことは、私は『英知接続』を使って……?」
「いえ……。
以前もやったことがありますが、私の方からお呼びしました。
ただ、接続時の障害が多くて……上手く座標が合わせられなくて」
いつもなら真っ白な世界。
今回は灰色の世界。
……障害?
「あ、もしかして虚無の力が……?」
私はようやく、少し前の出来事を思い出した。
朝起きて、しばらくしてから漠然と夢の内容を思い出すように……。
しかし一度思い出してしまえば、あんなに鮮烈な出来事はなかなか忘れられない。
「……はい。
アイナさんの身体には、ゼリルベインの神格を中心として、神力が押し寄せてきています。
今は……ここの時間の進み方は少し違いますので、ひとまずはご安心ください」
「英知さんが助けてくれたんですね……。
本当に、ありがとうございます。
でも私、これからどうして良いのか分からなくて……」
「……解決策は、ありますよ」
「あ、あるんですか?」
「そのために、アイナさんに会ってもらいたい方がいるんです」
「え? 私に……? ここで?」
「はい」
もうしばらく歩いて行くと、私たちの前に突然白い壁が現れた。
横にどこまでも、上にどこまでも、広く広く続く壁。
そして私たちのすぐ目の前には、一枚の扉があった。
……この世界、こう言うものも存在したんだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉を開けた先は、小さな部屋になっていた。
白いテーブルと白い椅子だけがある、白い部屋。
……あれ? そう言えばここは、灰色にはなっていないのかな……。
この白さ、何だか懐かしいもののように感じてしまう。
そして椅子のひとつには、見慣れた姿の女性が座っていた。
「――ようやく来たか。遅いぞ!」
「は……? え?
ぐ、グリゼルダ……!?」
ゼリルベインとの戦いで死んでしまったグリゼルダ。
戦いのあと、しっかり弔ってあげたのに――
「うむ、久し振りじゃのう。
元気にしておったか?」
「え? えええ?
ちょっと待って、グリゼルダって死にましたよね!?」
「不躾じゃのう……。
まぁ確かに、妾はもう死んでおるよ。お主の前にいるこの妾は、妾が遺した妾の一部……と言う感じじゃな」
「ややこしい! ……でも、何でここに?」
「今際の際に言ったじゃろ?
どうしようもなく困ったときにな、もう一度くらいは……と」
「た、確かに言っていましたけど……。
さすがにあれは、言葉の綾かと思いますよ!?」
「ふふふっ、そうかのう?
……さて、妾にも時間が無いのじゃ。本題を進めることにしよう」
「あ、はい……。
何だか死んだあとまで、すいません……」
目の前でしっかり喋っているのに、そう言ってしまうのも不思議な気分だ。
それにやっぱり、どこか申し訳なさを感じてしまう……。
「アイナの身体には、ゼリルベインによって虚無の神格が埋め込まれた……んじゃよな?
英知の管理人から聞いてはおるが、神力が集まってきておるんじゃろう?」
「そのようで……。
最後の最後、私も何か変なことを考えていたような気がします……」
「それは力に呑み込まれておる証拠じゃよ。
もちろん、このままいけば困ったことになるわけじゃが……」
「ふえぇ……。
……あ! 英知さんから解決策があるって言われているんですよ!
グリゼルダが教えてくれるって!」
「うむ。英知の管理人でも、時間を掛ければ分かることじゃろうがな。
しかしアイナの話をたくさん聞いている分、妾の方が話が早いと思ったのよ」
「はぁ……」
「まずは確認なんじゃが、アイナの神器、神煌クリスティア……。
これはもう、願い事が叶えられる状態になっておるよな?」
「あ、はい。ゼリルベインと戦う準備の一環で、何とかギリギリ……。
でも最後の方、やたらと熟練が溜まるのが速かったんですよね」
「ほう……? ルークの分が、あぶれでもしたかのう……?
しかし幸いじゃな。それなら、助かることは出来るじゃろ」
「もしかして、願い事で神格を外す……とか?」
「いや、逆じゃ」
「……へ?」
「願い事は、そもそもは『神の力を振るう』と言うことに他ならない。
神の力に対抗する際、まともに神の力をぶつけても上手くはいかん。
……上手くいく場合もあろうが、今回は確率に賭けるわけにはいかないじゃろ?」
「はい……。
少ない確率であっても、私は世界を滅ぼすなんてことになったら嫌だし……。
みんなに、嫌な選択肢を選ばせるのだって嫌だし……」
「妾としても、アイナにはそんなことはさせたくないのでな……。
アイナよ。お主はな、神器の願いを使って……神になるんじゃよ」
「は、はぁ?
中途半端な神様のままなら、しっかり神様になれ……と!?」
「ああ、違う違う。
むしろそう言う意味では、中途半端な神になれ……と言うことじゃな」
「?????」
グリゼルダの言葉に、私はますます意味が分からなくなってしまった。
「……ほれ、以前戦った英雄……。
シルヴェスターと言ったかの」
「ああ、はい。
神器を使って、神様になろうとしていましたが……」
「あやつがやろうとしていたことを、そのままやれば良いんじゃよ。
神の遺物を、神器を介して取り込むんじゃ」
「神の遺物? そんなもの――」
「持っておるじゃろ?
妾の目は誤魔化されんぞ。アイテムボックスの中に、ほれ」
「え?
グリゼルダって、他人のアイテムボックスの中身を見れたんですか?」
「おっと、ここだけの秘密じゃぞ?
さすがにこれは、嫌な目で見られてしまうのでな!」
「秘密も何も、グリゼルダはもう死んでるじゃないですか……」
「む、それもそうか……。ならばもう、どうでも良いわ♪」
明るく笑うグリゼルダに呆れながら、私は記憶を辿っていった。
神の遺物……。神の遺物……。
……あ。
もしかして、『神の骨・肆』とか言うアレ?
そもそもは王都に構えた最初のお屋敷、とある部屋の天井裏に隠されていたもの――
「……グリゼルダ。
遺物ってもしかして、骨……みたいなもの……?」
「うむ、それじゃよ。
それをな、神器の願いでアイナ自身に取り込むんじゃ」
「えええ!? ちょっと待ってください!?
第四神って水の神様だから――
……私、水と虚無の神様になっちゃうんですか? さすがに私、無敵になっちゃいませんか!?」
「2つの神格を併せ持つなんぞ、今まではあり得ないことじゃが……。
しかしな、しっかりオチは付くんじゃよ」
「オチって」
「水の神になった際、身体の方は神力に負けないようになるじゃろう。
しかし1つの身体に2つの神の力はやはり大きすぎる。
……じゃからな。水の神の力で、虚無の神の力を相殺させてしまうんじゃよ」
「ああ……。
1プラス1、イコール2……では無くて。
1マイナス1、イコール、ゼロ……にする、と」
「うむ。それだけで身体も精神も、あり余る神力だって、無事にぜーんぶ解決じゃ♪」
「なるほど……っ!!
……でもそれ、2つの神様の力を持っているのに、発揮できる力は何も無い……ってことですよね?」
「だから最初に言ったじゃろ? 中途半端な神じゃ、とな♪」
「は、はぁ……。
中途半端と言うか、名誉神様……みたいな感じですかね……」
そうこう話しているうちに、部屋の中は少しずつ暗くなっていった。
辺りを確認してみれば、徐々に黒の領域が増えていっているようだ。
「……思いがけず、障害のまわりが速いのう……。
アイナよ、話は以上じゃ。そろそろ元の世界に戻るが良い」
「え……。もう……?」
「名残惜しいが、これでお別れじゃ。
それと……。妾のために、たくさん泣かせてしまって申し訳なかったのう」
「う……。それを言われると、また悲しくなっちゃうじゃないですか……。
でも……、また、会えますよね?」
「さぁて、さすがに分からんな。
そもそもこの妾だって、本体では無いんじゃぞ?」
「ああ、そう言えばそうでした……。
……でも、会えて嬉しかったです。本当に嬉しかったです……!!」
部屋はさらに暗くなっていく。
英知さんの姿はいつの間にか無く、ここには私とグリゼルダだけが取り残されていた。
「それではさらばじゃ。いつまでも息災でな。
……お主のことは、ずっと娘のように思っておったよ」
「わっ、私だって――」
私の頭を優しく撫でるグリゼルダ。
笑顔の彼女に、私の言葉は届くことが無かった。
……私の精神は、一気に現実に引き戻されていったのだ。




