784.継承
――私はゼリルベインの攻撃を受けて、激しく吹き飛ばされてしまった。
多分、宙を浮いて、3回、4回……それ以上は転がされたと思う。
しかし身体の痛みはそれほど感じられず、左目にばかり強い違和感を覚えていた。
熱い?
……冷たい?
痛い?
……苦い?
――……気持ち悪い。
身体の自由が効くようになったあと、私はとっさに左目を押さえてしまった。
少し触れただけで、当然のように激痛が走る。
慌てて放した手の中には、私の血がべっとりと付いていた。
それを見ているのは、右目だけ。
つまり、私の左目は――
「アイナさんっ! アイナさああんっ!!」
エミリアさんが、私のところに走ってやって来た。
「……エミリアさん、私――」
呆然とする私を尻目に、エミリアさんは私の顔を凝視してくる。
でも、視線が少し外れている。
……ああ、私の左目を見ているのか。
「今、ヒールを……っ!
……あ、ヒールは、どうなんでしょう……。
でも、急がないと……っ!!」
ヒールという魔法は、実は完璧なものでは無い。
対象者の回復力を加速させる魔法だから、失われた機能を回復させる力までは持っていないのだ。
むしろ下手に癒してしまえば、取り返しが付かなくなることだってあり得る。
例えば手術をすれば治るはずだったのに、ヒールを掛けたせいで変に癒着してしまった……とか、そう言う話が分かり易いだろうか。
そんな理由もあって、エミリアさんはヒールを使うのに躊躇しているのだ。
それなら私の薬はどうなのか……。
怪我なら一瞬で治るだろうけど、普通のポーションでは身体の欠損までは補ってくれない。
だからポーションを掛けて治るか、と言われれば……やってみないと分からないところではある。
でも、ヒールよりは可能性はあるはず……。
「だ、大丈夫です……。
ひとまずポーションで……」
私は高級ポーションをアイテムボックスから取り出して、頭の上から被った。
左目に直接掛けるのが怖かった……と言うのもある。
口に含んで飲み下すことが難しそう……と言うのもある。
しかし、使い方で効果はそこまで変わらないのだから、何の問題も無いはずだ。
しばらくすると、左目の痛みは引いてきた。
熱さや冷たさ、気持ち悪さは残っているものの、ひとまず痛みだけは……。
「――……あれ?」
恐る恐る左目に軽く触れてみると、何となく光を感じた。
まさかと思いながら、力を強めに入れてみる。
かなりの違和感はあるが、何とか左目を開くことが出来た。
そして焦点はまだ合わないものの、景色はしっかりと――
「……み、見える……?
エミリアさん、見えます! 左目、大丈夫でした!!」
私の嫌な予感は外れた。
問題は何も無い。傷が浅かったのか、ポーションの効果が届く範囲だったのか。
どちらにせよ、『見る』と言う機能さえ失っていなければ、あとは薬でどうにでもなる。
何せ私の薬は世界一なのだから――
……しかしエミリアさんの反応は、予想外のものだった。
「あ、アイナさん……!?
その目、一体……どうしたんですか!?」
「……え?」
思い掛けない言葉に、私は言葉を失ってしまった。
エミリアさんは慌てて手鏡を出してきた。
不思議に思いながら、私はそれを覗いてみる。
……そして私は、そこに映ったものに驚愕する。
金色。
私の瞳の色は、元々は赤色だった。
しかし今、鏡に映っている左の瞳は金色。
右の瞳は赤色のままだから、いわゆるオッドアイと言うやつになるんだけど――
「……何、これ……」
もちろん、ポーションの効果にこんなものは無い。
身体の方が変に反応して、こう言う副作用が出ると言うことも無いはずだ。
……ゼリルベインに何かをされた……?
そう考えるのが自然だろうが……。
「そ、そうだ! まだ戦いの最中……!
ゼリルベインは……!?」
しかしその戦いも、既に終わりを迎えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は何とか起き上がり、エミリアさんと一緒にゼリルベインのところへと戻っていった。
身体を損壊させていたゼリルベインは、既にルークとジェラードによって倒されていた。
神剣アゼルラディアが――
……ゼリルベインを貫いて、地面に突き立っている様は、見ていて恐ろしいものがあった。
「アイナ様、ご無事で――
……っ!?」
ルークは私を見て絶句した。
ジェラードも同じだった。
私の金色の瞳に驚いているのだろう。
「……まだ、生きてるの?」
「は、はい……!」
ルークが慌てて返事をしたあと、ゼリルベインは私を見上げてきた。
そして苦しそうな声で、ゆっくりと話し掛けてくる。
「ふ……ふふ……。
上手く、いったようだね……。どうだい、アイナさん……。
今の気持ちは……」
「最悪、ですね。
……この左目、あなたのせいですよね?」
「気に入って……もらえたかね……?
……くくくっ。あーっはっはっはっ!!」
「何がおかしいんですか……。
それに、この目は一体――」
苛立ちを隠せない私に、ゼリルベインは満足気に語り始めた。
「私の目的は……この世界を、滅ぼすことだった……。
しかし残念ながら……、アイナさんに邪魔をされてしまった……。
……でもね、前の戦いのあと、思うところが出来たのだよ……」
「思うところ……?」
「アイナさんは、アドラの爺様の使徒だろう……?
言うなれば、創造主の系譜に当たるのだ……。
だからこそ、脆弱な人間なのに……多くのユニークスキルを持つことが出来ていた……」
「でも、アドラルーン様の使徒は他にもいたんでしょう?
あなたが殺してしまったそうだけど……」
「エマから……聞いたのかね……?
しかし……アイナさんほど、特異な例も無い……。
錬金術は創造の力……。無からは無理だが、有から有を作り出す……、それは君だけの力だ……」
「それが何か……?」
「反面、私は有を無に還す存在だ……。無を導く者……。
そこでね……、興味が湧いたのだよ……。
その相反する性質を……、同居させたらどうなるのか……とね」
「……っ!?
まさか、虚無の力を私に……!?」
「くくくっ、虚無の力……ごときでは無いぞ……。
君たちの活躍によって、虚無の神は殺された……。
故に、空席となるはずだった神格を……そのままくれてやったのだ……!!」
「は、はぁ!?」
「いずれ、その神格に引き込まれる形で……神力が流れ込んで来よう……。
しかし神格は与えたが……、身体は脆弱な人間のままなのだ……」
「ちょっと待って!?
そうしたら、私は一体どうなるの!?」
「……神力に振り回されて精神がやられるか……、身体が異形のものに変質するか……
どちらにせよ……。この世界を……、創造と虚無の力で、暴れる存在となるだろう……。
しかもアイナさんは、不老不死――」
「そんな……酷い……っ!!」
エミリアさんの嗚咽が聞こえる。
……これはもう、酷いを通り越して最悪だ。
「アイナさんの仲間たち……。君たちは……どうするかね……?
アイナさんと共に生きて、世界を滅ぼすか……?
アイナさんと敵対して、世界を守るか……?
ふははっ、どちらにしても楽しいことになりそうだ――」
そこまで聞いて、私の頭には血が上ってしまった。
そして思いがけず――
「あなたはもう黙れ……ッ!!
アルケミカ・クラッグバーストッ!!」
ヒュパアアアアアアアァンッ!!!!!!
私はゼリルベインに、感情のままに止めを刺してしまった。
……最後はあっけない、そんな幕切れ。
そして後に残ったのは、いつもと違うアルケミカ・クラッグバーストの感触。
地面に付けられた魔法の痕。
物理的に穿たれた穴……では無く、問答無用で消し去ったような穴……が、深く深く空いてしまっている。
「な、何これ……!?
これって私の力……? まさか、虚無の力――」
今まで忌み嫌っていた力が、いつの間にか自分の魔法に取り込まれている。
……嫌だ。
私はこんな力、欲しくは無い。
こんな力を使って、したいことなんて何も無い――
……いや、世界を滅ぼすのか。
そうだ、これは世界をホロボすチカら。
コのチカら……。
セカいヲ、ほロボす、たメノ、モの――




