778.良し
「――……何が起きた」
私たちの目の前に現れたゼリルベインは、誰とも無しに言った。
そして辺りを見まわし、すぐに私たちのことに気付く。
「これはこれは……。
まさか私をここに導いたのは、アイナさんたちだったのかな……?」
「そうです! あなたを倒しにきました!」
私の威勢の良い言葉に、ゼリルベインは一瞬固まった。
しかししばらくすると、楽しそうに大きく笑い始める。
「はっはっはっ……。
まさかこの世界まで追い掛けて来られるとは、思いも寄らなかったよ……。
いや、これは傑作だ」
「私はあなたのことを赦しません。
例え、あなたが神様だったとしても……っ!」
私たちを殺そうとしたこと。
転生者たちを道具のように扱ったこと。
何よりも、グリゼルダの命を奪ったこと――
……私は絶対に、赦すことが出来ない。
「ふむ……。
そちらの準備は万端、と言ったところか……。
こちらはまだまだ、考えたいことがあったのだがね……」
「考えたいこと……?」
「しかし、こんな舞台まで作ってしまったのだ。
私のことは、後回しにしておこう」
ゼリルベインは辺りを確認してから、再び私たちに目線を戻した。
「後回しにはさせません。
あなたの企みも、ここで終わらせてもらいます!
それでは――」
「――……っと、その前に」
「……っ?」
いざ戦闘に……と言うところで、ゼリルベインは静かに手で制してきた。
まだ戦う気配は見せず、本当に止められただけ。
「エマは……、生きているのかね?」
「それを聞いてどうするんですか!?
あの戦いのあと、1週間後に亡くなりましたよ!!」
「……そうか。
私の可愛いエマ……。死んでしまったのか……」
何を今さら……?
エマさんの死因となった怪我は、ゼリルベインが作ったものなのに……?
……しかし逆に考えれば、少なくても1週間は生きることが出来ていた……。
もしかして、手心を加えていた……?
私がそんなことを考えている間に、ゼリルベインの気配はどんどん大きくなっていった。
「アイナ様、下がってください……!」
「まずは僕たちが斬り込むから、フォローをお願いね!」
「わ、分かりました……!
二人とも、お願いします!」
そんなやり取りをしている中、ルークのまわりに六色の光が現れた。
どうやらエミリアさんが、何とか支援をしてくれたようだ。
ルークはすかさず、その光を神剣アゼルラディアへと取り込んでいく。
「ルーク君は良いねぇ。光の支援、なんてさ♪」
「ジェラードさんは影を使うではないですか……」
「あ、そうだね。
光とは真逆だから……それじゃ、ダメだね♪」
ルークとジェラードはそんな話をすると、ゼリルベインに向かってそれぞれ集中をした。
そのゼリルベインは……いつの間にか、筋肉質になっている。
初老の学者的な雰囲気は残しつつ、身体がはち切れんばかりに膨れ上がっている……。
今まで聞いてきた情報をまとめれば、ゼリルベインはもう神力をまともに使うことが出来ない。
それならば肉弾戦……、と言うことなのだろうか。
「……見苦しい姿ですまないね。
だが、私としても簡単に負けるわけにはいかないのだよ」
そう言うや、ゼリルベインはジェラードに向かって突進した。
かなりのスピードで、誰も先手を取ることが出来なかった。
スゴォオォオオォオオンッ!!!!!
大きな音が、揺れと共に響く。
ゼリルベインの力強い拳が、エミリアさんの作った透明な地面に叩き付けられたのだ。
砂埃も上がらず、地面も砕けず――
……しかしその音だけで、攻撃の威力は想像が出来てしまう。
「残念っ! 凄い力だけど、僕なら避けられるさ!!」
「君は……、前回の戦いにはいなかったね?
一体、何者かな?」
「教えてあげないよ♪」
そう言いながら、ジェラードは両手の神双ハリアガルスで猛攻を仕掛けた。
高速の斬撃に加え、大量の幻の刃が生み出される。
そしてそれが、ゼリルベインをさらに斬り付けていく。
ゼリルベインは早くも身体から血を吹き出させ、防戦一方にならざるを得ない。
……いける?
ゼリルベインはまだ、前回のダメージが癒えていない……?
あまりの斬撃の多さに、ルークはフォローに入っていけないけど――
……もしかして、ジェラードだけで終わっちゃう……?
「――ふっ」
ふと、ゼリルベインがジェラードの剣を受け止めた。
右手の親指と他の指を使い、しっかりと止める形で。
「うそっ!?」
これにはジェラードも驚きだ。
ジェラードは強引に手を振り解かせ、そのまま距離を空けていく。
「『嘘』……? それは、私も同感だね……。
その双剣……。それも、神器……だと?
どう言うことだ? 現存する神器は3つだけのはず……」
そう言いながら、ゼリルベインは私の方を睨んできた。
見ただけで神器と分かるだなんて……、さすが神様と言うべきか。
「あなたの知らない神器も存在する、と言うことです!
人間を、甘く見ないでくださいっ!!」
……私は威勢を張ってみるが、しかしそんな代物は神双ハリアガルスだけだ。
しかし今は、精一杯のはったりを掛けさせてもらおう。
「なるほど……。
……既に承知の通り、神と言うものは絶対では無い。
知らないことも、まだまだあると言うことか……。
まぁ、だからこそ神は人間に寄り添うものなのだがね……」
「人間に寄り添う……?
あなたが言う台詞ですか!!」
「人間と共に在り、共に滅びへと向かう……。
私の存在に、何もおかしいところなんて無いだろう?
滅びを求める人間なんて、星の数ほどいるのだから」
「そんなこと――」
「……君にも心当たりがあるはずだ。
特に君のような、脆弱な心を持ちながら、『不老不死』なんて力を得た人間にはね」
「っ!!」
「……アイナ様?」
「アイナちゃん!?」
……それは、図星……なのかもしれない。
『不老不死』と言うのは、死ねない存在だ。
どこまで『不死』なのかは検証をしたことが無いから分からない。
しかし本当に死ねないのであれば、ずっと生き続けなければいけないという苦しみが当然生まれてくる。
ダリルニア王国で幽閉されていたとき、私はどれだけ死んでしまいたいと思ったことか。
これから長い時間を生きていくのであれば、あんなことが起きる可能性はいくらでもあるのだ。
……しかし『死』へは逃げられない。
何故って、『不死』なのだから。
それなら逃げ場をどこに求めれば良いのか?
その最たる候補は……『滅び』。
『滅び』は『死』を超越する。
滅んでしまえば生まれ変わりも転生も何も無いだろうけど、少なくても苦しみからは解放される。
……もしかすると、『滅び』を求めるのは私のような人間なのかもしれない。
「――でもっ!
私は世界が滅ぶなんてことは赦せないっ!!
アルケミカ・クラッグバーストッ!!!!」
ズガアアアアアアアァンッ!!!!!!
何かの感情に振りまわされながら、私は渾身の一撃を放った。
しかしそれは、ゼリルベインによって軽く受け止められてしまう。
恐らくは、限られた神力で相殺させただけなんだろうけど――
「……ふむ。私が思った通り……だね?
ならば、良し……だ」
……良し?
……何が?
「貴様ッ!! もう黙れッ!!」
ルークが荒い口調と共に、ゼリルベインに神剣アゼルラディアを叩き付ける。
ジェラードもそれを追って、ルークのサポートにまわる。
……そうだ、今は考えている場合じゃない。
今は何より、ゼリルベインを倒すことだけに集中しなければ……!!




