775.奥の手
「マリサさん、大丈夫ですか!?」
その場にしゃがみこんでしまったマリサさんの元に、全員が駆け寄って行く。
発動中だった魔法は当然のように消え失せてしまい、何とも言えない風が吹き荒んでいた。
「……ひっ……ひっ、……ひぃ……」
いつもの笑い声も、切れ切れになってしまっている。
エミリアさんは早速ヒールを使っているが、効果はあまり出ていないようだ。
魔法がダメなら、ここは薬で……!
バチッ
「腰痛のお薬です! ひとまずこれ、飲んじゃってください!」
「おぉ……。わ、悪いねぇ……」
マリサさんは薬を受け取ると、メリサさんに支えられながら何とか飲み干していった。
飲んでしまえば、とりあえずのところは大丈夫だろう。
「いかがですか?」
「ぉ……。
おお、ばっちりだねぇ……! ひっひっひっ!」
心なしか、笑い声の方まで絶好調だ。
「はー……。もう、心配しちゃいましたよー!
マリサおばーちゃんも、もう歳なんですから!」
「そうは言うがねぇ、エミリアよぅ……。
ここは無理をしなけりゃ、いけないところだよねぇ……?」
「むぐっ。
ま、まぁそうですけど……!」
「で、でも……。
本番は、ここからさらに……身体に負担が掛かるんです……。
はぅ……、大丈夫でしょうか……」
セミラミスさんの心配も、まさにその通りだった。
何せ私たちが『神々の空』に行っている間、ずっとこの門を支えていなければいけないのだから。
「……あ! 肉体強化系の魔法……って言うのもあるんですよね?
そう言うのを掛けておけばどうでしょう!」
我ながら会心の提案!
……しかしそうは上手くもいかないようで。
「ひぇっひぇっひぇっ……。
それはもう、今ので掛けていたんだよねぇ……」
「え」
掛けた状態で、あれだったのか……。
「アイナさん。肉体強化の魔法は、掛けられる側の身体も重要な要素なんですよ。
若いうちは100%掛かりますけど、歳を重ねるほどに効きが悪くなってしまうんです」
「あ、そう言うものなんですね……。
……じゃ、じゃぁ? マリサさんにはもう、協力してもらえないことになるわけですか……?」
「思ったよりも……負荷が、大きかったみたいです……。
でも、今回で……改善点も、多く見つかりましたし……」
セミラミスさんはそう言いながら、マリサさんの方をちらっと見た。
手伝うことが出来ないのであれば仕方が無い。
マリサさんには申し訳ないけど、ここはやっぱり外れてもらった方が――
「――いやさ、ここまでやったんだからねぇ……。
私も最後まで、付き合わせてもらうよぉ……?」
「はぅ……?
でも、お身体の方が、その……」
「なぁに、私には奥の手があるからねぇ……。
それを使えば、こんなのはどうと言うことも無いからねぇ……」
「えぇ……。
それなら、最初から使ってくださいよ……」
ついつい突っ込む私に、マリサさんが言ってくる。
「ひっひっひっ……。
奥の手だから、気軽には使えないのさぁ……」
「ふーん?
良くは分からないけどさ。ばーちゃんが出来るって言うなら、やってもらえば良いんじゃねーの?」
ヴィオラさんはざっくりと、そんなことを言ってきた。
「そ、そんな気軽に言う!?」
「だって、ばーちゃんたちは経験も実力もあるんだろ?
そんなやつがそう言い切ってるんだから、任せちまって良いんじゃねーか?
アイナもエミリアも、信じてるんだろ?」
「ま、まぁ……」
「ひっひっひ……。
……良いねぇ、そこの娘っ子。うんうん、実に良いねぇ……。
アイナさんよぅ、例の話なんだけどさぁ……」
……例の話。
今回手伝ってもらう代わりに、マリサさんたちに弟子をあてがう話かな。
「あ、はい。
実はヴィオラさんを紹介しようと思っていたんですよ」
「ほう……。それは良いねぇ、実に良いねぇ……。
聞いたかい、おまえたち……」
「「「ひぇっひぇっひぇっ……」」」
マリサさんの言葉に、他の三人も嬉しそうに頷いた。
それならもう、あとはヴィオラさんを説得するだけの話か。
「……? 何の話だ……?」
「ああ、うん。近いうちに、ちゃんとお話するね!」
「お、おう?」
ヴィオラさんは不思議そうな顔をする。
しかし今進める話でもないし、この話はあとにさせてもらおう。
「それで、その奥の手……と言うのは良く分かりませんけど……。
そうすると、本番一発勝負になるってことですか?」
「そう言うことになるねぇ……。
3か月くらい空けてくれるなら、練習でも使えるっちゃ使えるけどねぇ……」
「う、結構空いちゃうんですね。
……うーん、準備が出来たら早目に戦いたいからなぁ……」
そう言いながら、私はセミラミスさんの方に目をやった。
「さっきの感じですと……、特に、発動までは問題が無さそうでした……。
……ですので、次に本番……と言うのは、出来るは出来ると思います……」
「おお、それは朗報ですね。
それじゃ、マリサさんの奥の手に期待して……そうしますか?」
「特に、問題は無いのですが……。
その……、奥の手……と言うのは、一体何なのでしょうか……。
アイナ様たちの命を預ける魔法……ですので、確認はさせて頂きたく……」
「ひっひっひっ、それもそうだねぇ……。
さすがセミラミス様……。それじゃ、耳を失礼させてくださいな……」
マリサさんはセミラミスさんの方に、手招きをしながら歩いていった。
セミラミスさんはそれに釣られて、マリサさんの口元に耳を寄せていく。
しばらくごにょごにょと話をしたあと――
「……えぇ……?
そんなことが、出来るものなのですか……」
「ああ、問題ないねぇ……。
セミラミス様よぅ、それならいけそうだよねぇ……?」
「は、はい……!
アイナ様、問題は無さそうです……!」
「やった! 一安心です!!
……それで、あの? 奥の手って結局、何なんですか?」
「ひっひっひっ……。
それは、当日までのお楽しみ……、だねぇ……」
「えっ」
思わぬところで秘密にし始めるマリサさん。
いやいや!? 私たちの命を預けるところなんだよね!?
そう思いながらセミラミスさんの方を見てみると、彼女は楽しそうな顔をしていた。
私が見ているのに気が付くと、セミラミスさんはすぐに補足をしてくる。
「話を聞く限り、大丈夫そうなので……、はい!
それに、魔法を使うときに……アイナ様も、すぐに分かることですので……!」
「は、はぁ……?」
セミラミスさんとしても、何故だか秘密にしておきたいようだった。
悪気は無くて、ちょっとしたサプライズを企んでいる……、みたいな感じかなぁ……。




