774.音
セミラミスさんに確認したところ、『神々の空』の門を開く魔法は、明後日の昼に合同練習をするとのことだった。
「ちなみにセミラミスさんも、その魔法を覚えるんですよね。
それはもう、終わったんですか?」
「何とか……!
自分で作った……と言うところもありましたので、思ったよりも早かった……と、思います……!」
「なるほど、セミラミスさんが作った魔法ですもんね!」
「はい……!
ですので、明後日からは……ヴィオラさんと、マリサさんのフォローを始めようかと……考えています!」
「ふむふむ……。
それじゃ、明後日の練習は大丈夫そうなんですか?」
「ヴィオラさんは何とかぎりぎり……、と言う感じでして……。
マリサさんの方は、エミリアさんの話によれば……概ね問題ない、とのことでした……!」
「おぉー。さすが、マリサさんは凄いなぁ……」
「ご高名な魔法使い……と言うことなので……。
良い方に手伝ってもらえています……!」
「あの人とも、何だか不思議な縁ですよね……。
……ちなみにその練習って、私も見学して良いですか?」
「はい、大丈夫です……!
あまり、面白いものでは無いかもしれませんが……」
「いやいや、私たちの命を預ける魔法ですから。
興味は凄くありますよ!」
「分かりました……。是非、ご覧ください……!
えぇっと……、場所は街の南の……、平原の方で行う予定です……。
南門に集まって、それから向かう感じでして……」
「それじゃ、時間を合わせて一緒に行きましょう♪」
「はい……!」
……南の平原、かぁ……。
人気が無いところだろうから、食べたり飲んだりするものくらいは用意していこうかな。
温かい食べ物は、モチベーションにも繋がるからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2日後、私たちは広い広い平原に立っていた。
草の背はあまり高くなく、地肌もぼちぼちと見えている。
人通りも無く、魔法の練習には打ってつけのような気がした。
「……それでは、この辺りで始めましょう……!」
セミラミスさんの言葉に、マリサ四姉妹がそれぞれ続く。
「ひっひっひ……。
少しぁ寒いが、良い練習日和だねぇ……」
「ひぇっひぇっひぇっ……。
マリサ姉さんよ、腰にぁ気を付けるんだねぇ……」
「もう若くは無いんだからねぇ……」
「おっと、メリサ姉さんよ。
人のことぁ言えないねぇ……」
「ひっひっひ……」
「「「ひぇっひぇっひぇっ……」」」
……この四人、相変わらず仲が良いなぁ……。
「はー、年寄りばかりで緊張するぜ!
あー、緊張するーっ!」
そう言うのはヴィオラさん。
口調が平常運転になっているから、それなりにはリラックスしているのだろうか。
あるいは、リラックスをするためにそうしているのか。
「ヴィオラさん、落ち着いて頑張ってね。
……それにしても、『年寄りばかり』って言うのはちょっと……」
「んぁ? 見た目じゃ分からないけど、セミラミスだってババアだぞ?」
「いやいや……。まぁ確かに、300歳以上だけどさ……。
ヴィオラさん、口が悪すぎーっ」
「えぇー、これくらい良いだろ?」
そう言うヴィオラさんには、エミリアさんが嗜めていく。
「ダメですよー!
少なくとも魔法師団を率いる方には、それなりの品格を求めさせて頂きます!
誰かが見ている、見ていない、じゃなくて! 見えないところでもしっかりしてください!」
「ぐむぅ……。
……し、仕方ないなぁ……」
エミリアさんにはどうにも弱いのか、ヴィオラさんはあっさりと引き下がってしまった。
やっぱり上に立つ人にとって、品格って言うのは大切なものだからね。今のうちに、しっかり矯正しておこうね。
「――さて。
それでは見学班は気にしないで、どんどん進めちゃってください!」
「はい……!
それでは、みなさん……。始めさせて頂きます……!」
「承知したよぉ……!」
「か、かしこまりましたぁ!」
……ヴィオラさん。その言葉遣いは何だか違う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私とエミリアさんは、その場所からひとまず離れた。
そして合同練習の光景を眺めながら、休憩用の食べ物と飲み物を用意し始める。
セミラミスさんとヴィオラさん、マリサさんは、しばらく話をしたあとに距離を取った。
ぼんやりと光る不思議な石を地面に置いて、それを囲むように陣形を組む。
上から見れば、きっと正三角形を描いていることだろう。
「それでは……最終段階の、ひとつ手前までやってみましょう……!」
「承知したねぇ……」
「おっけー!」
三人は呼吸を合わせて、ゆっくりと魔法の展開を始めた。
周囲には澄んだ音が微かに響き始め、非日常的な空気を醸し出していく。
中心に置いた石は不思議な輝きを増し、やがてその周りには風が纏い始める……。
「……何か、神秘的な魔法ですね……」
「そうですね……。
やっぱり神様の世界に行くんだから、その魔法もきっと、そうなんでしょうね……」
しかしその反面、この魔法に臨む三人の表情は険しかった。
いつの間にか汗をかき、息を荒くしながら、必死に詠唱を続けている。
吹いていた風は強くなり、そしてそれに従うように、中央の石がさらに強く輝いていく。
そして、その輝きが最高潮に達しようとするとき――
――ぐきっ
「へ?」
「ほぇ?」
「……え?」
「んぁ?」
鈍い音のあとに、私たちの間抜けな声が続いた。
神秘的な雰囲気の中、とても現実的な音。
何の音かと探してみれば、すぐに目に付いたのは、その場にしゃがみこむマリサさん。
そしてそんな彼女の元には、ミリサさんとメリサさんとモリサさんが駆け寄っていた。
「ま、マリサ姉さんよぉ……。大丈夫かねぇ……?」
「やっぱり老いぼれだからねぇ……」
「腰ぃ……やっちまったかねぇ……」
……嫌な予感がする。
いや、予感じゃなくて、もう現実のものになってしまっている。
そう言えばこの魔法、身体への負荷が大きい……って話だったよね。
……あちゃぁ。腰、やっちゃったかぁ……。




