773.隠し事
『水の迷宮』から戻って来たのは、23時も過ぎた頃。
夕食は軽く食べてきたから、あとは寝るだけだ。
「……結局、エミリアさんは成功したのかなぁ」
成功しているのであれば、約束のお土産を早々に渡したいところではある。
しかし、この時間はいつも勉強をしている時間だ。
下手に声を掛けて集中力を切らせるのは申し訳ないし……、確認するのは明日にしようかな?
そんなことを考えながら私の部屋に戻ると、珍しくミラが起きていた。
リリーはいつも通り、就寝中のようだ。
「お母様、お帰りなさいませ」
「ただいまー。まだ起きていたんだ?」
「はい、お待ちしておりました♪」
何となく上機嫌に見えるミラ。
……はて、何か良いことでもあったのかな。
「ごめんね、遅くなっちゃって。
何かお話をしたいことでもあった?」
「いえ、特にそう言うわけでは無いのですが……」
そう言いながらも、ミラは少しもじもじとし始めた。
……むむ?
……あー。
はいはい。そう言うことか……。
「……もしかして、ミラ……。
私が『水の迷宮』から持ってきた宝石って……」
「はい! お気に召されましたか!?」
「なるほど……。
15階にしてはやたらと質が良いと思ったら、ミラの仕業か……!」
「はい♪
お母様の心の声が聞こえて参りましたので、50階のものと交換を……」
それって、まさに物欲センサーだよね……。
普通のとは違って、運営側が最大限に配慮してくれたけど……!!
「でも、それって……良いの?
いや、ありがたくはあるんだけど……」
「本当はダメなのでしょうけど、お母様はいつも宝箱には手を付けていないので……。
その分、今回はサービスですわ♪」
「そ、そう言う見方もあるんだね……。
それじゃ、今回はありがたくもらっておくよ」
「お気に召したようで、何よりです♪
それではお母様、お休みなさいませ」
「うん、わざわざ起きてくれていて、ありがとうね。
おやすみ-」
ミラはペコリとお辞儀をすると、そのままベッドに入っていった。
しばらくすると、すぐに寝息が聞こえてくる。
……何だが少しズルい気もするけど、今回はミラの好意に甘えておこう。
今までの善行が一気に返ってきた……って感じでね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の朝、食堂に行くとエミリアさんが興奮気味に話し掛けてきた。
「アイナさん、おはようございます!」
「おはようございます。朝からお元気ですね!」
「はい!
それでですね、聞いてください!
昨日あのあと、魔法の発動に成功したんです!!」
「えぇっ!? 有言実行じゃないですか!!」
「えへへ♪
だからご褒美、くださいね!」
「はぁ……。
それじゃ、これをどうぞ」
私はアイテムボックスから宝石を取り出して、エミリアさんに渡した。
「わーい、アイナさんも有言実行♪
……あれ? 結構良さげな宝石ですね……」
ちなみにこの宝石、タンザナイトと言う青い宝石だ。
手に入れたときには既にカット済みだったから、今の時点で美しさが十分に伝わってくる。
「衝撃には弱いそうなので、そこは注意してくださいね」
「あ、そうなんですか。
それじゃ、補強の魔法を覚えることにします!」
「弱点を克服していくタイプだ……!」
「はい♪ 大切に使わないといけないものですから♪」
エミリアさんはうきうきと、嬉しそうに言った。
そう言えば一体、何に使うんだろう……?
「お母様、あれはエミリアさんへの贈り物だったのですか?」
「うん、そうなんだけど……。
……何かまずかった?」
「いえ、そう言うわけでは無いのですが……」
もしかすると、ミラとしては私への贈り物のつもりだったのかもしれない。
何となく、少しだけ寂しそうな雰囲気が――
「あ、ミラちゃん!
ちょっとこっち来てー!」
「え? はい……?」
エミリアさんはミラを呼ぶと、耳元で何かを伝えていた。
もちろん、その声はこちらまでは聞こえてこない。
「――……って感じ!」
「そうだったのですね……!
分かりました、私も応援しますわ!」
ひとしきり話し終えると、ミラは自分の席に戻って行った。
「……え? あれ、二人で何ですか?
隠し事……?」
「はい、隠し事でーす!
ミラちゃんも秘密にね!」
「お母様、すいません。
でも、秘密ですわ!」
「えぇ……?
二人ばっかり、ズルいズルい~!!」
「ちょ、ちょっとアイナさん!
それって私の物真似ですか!?」
「はい、物真似でーす!」
「むむぅ……。
うぇーん、アイナさんにやり返されちゃいましたー!」
「隠し事をした罰です!!
……でも、差し上げたものだから自由に使ってください。
それに、ミラも満足するような感じなら……何の問題もありませんし」
「分かりましたー! 頑張りますね♪」
……だから、何を頑張るのかが分からないんだけど……。
まぁ、とりあえず頑張ってください。
「さて、それじゃ朝食にしましょうか。
みんなそれぞれ、やることがありますしね」
「はい!
私は昨日の反省を踏まえて、魔法をもっとスムーズに使えるようにならないと!
えへへ、たくさん頑張ります♪」
宝石のご褒美パワーなのか、エミリアさんは随分と上機嫌になっている。
この状態なら、一気に魔法が上達してしまうかもしれない。
「私も負けていられませんね……。
よーし、今日もみんなで頑張りましょう!」
「はーい!」
エミリアさんの声のあとに、食堂にいたみんなも返事を続けてくれる。
さて、残る懸念は『神々の世界』への門を開ける魔法……かな。
あっちって今、どうなっているんだろう?




