772.ご褒美
翌日 エミリアさんとセミラミスさんが裏庭で魔法の確認をしていた。
『神々の空』に行ったあと、そこで戦うために使う、前準備の魔法だ。
魔法の覚えが速いエミリアさんでさえも、ここに至るまでには1か月を要していた。
もし他の人……例えば私なんかが覚えることになっていたら、一体どれほどの時間が掛かってしまっていたのだろうか……。
「……それではエミリアさん、いきますね……」
「はいっ!」
セミラミスさんはエミリアさんの返事を聞くと、何かの魔法を使った。
しばらくすると、キラキラした何かが辺りに飛び始める。
……何だろう、これ?
「準備が……、出来ました……。
それでは、始めてください……!」
「いきまーす!!」
エミリアさんは元気に返事をすると、すぐに魔法の詠唱に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……5分ほど経った頃、最初に口を開いたのはエミリアさんだった。
「失敗しました!」
「はぅ……。
……最初の展開が遅くて……、次の段階で、時間切れを起こしていた……のだと、思います……」
「ええぇーっ、もっと速くやらないといけないんですか!?」
「短時間でやらないと……、集めた魔素が変質してしまうので……、はい」
「むむむ……。
これ以上、短くするだなんて――」
エミリアさんとセミラミスさんは話を進めていくが、当然のことながら私は付いていけない。
ただ、どうにも上手くいかないような空気だけは、ビシバシと伝わってくる。
「えっと……。
大変そうなので、私は戻りますね」
「えぇーっ、行っちゃうんですかー!?」
「私がいない方が、集中できるかもしれませんし……。
ほら、きんつばも差し入れをしますから」
「きんつばはいつももらっているので、新鮮味がありません!」
「ぬぅ……。
それじゃ魔法が成功したら、何かあげますから。
だから今日は、集中して頑張ってください」
「本当ですか!? 何でも良いんですか!?」
「まぁ、用意できる範囲なら……」
「それでは、ですね!
『水の迷宮』から、何か宝石を1つ取ってきてください!」
「何でまた!?」
「えへへ♪ これには壮大な計画が秘められているのですよーっ」
「はぁ、分かりました……。
それじゃ、時間のあるときに行ってきますね」
「私、今日で成功させるつもりですから!
だから今日中に取って来てくださいっ!!」
「えぇ~……。
時間は……、あると言えばあるけど……」
「よし、決まりですね!
やる気が出て来ましたーっ!!」
そう言うとエミリアさんは、あわあわするセミラミスさんと一緒に魔法の練習に戻っていった。
……え? 本当にこれから行かなきゃいけないの?
でも、モチベーション向上のためには……已む無し、なのかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さすがに一人で行くわけにもいかないので、『水の迷宮』にはルークと向かうことになった。
一応念のため、第三騎士団の団員も3人ほどが付いてきている。
「それにしても、エミリアさん……。
アイナ様に、突然こんな依頼をするだなんて……」
「あはは、本当に突然だよね。
でも上手くいかないときは、ご褒美があると頑張れちゃうものだし?」
「確かに、そうではありますが……」
ルークはエミリアさんのワガママに、少しばかり不満があるようだ。
「ま、ルークもたまには息抜きには良いんじゃないかな。
最近みんな、それぞれ頑張っているからさ」
「アイナ様は前向きで、とても素晴らしいです。
分かりました、私も思い切り羽を伸ばすことにしましょう」
「そうそう! その調子!」
「さて、今回はどのくらい潜りますか?
下に行くほど、宝石の価値は高くなると思いますが」
「そうだねー。急とは言え、あんまり残念なものはあげたくないから……。
せめて、15階くらいかなぁ」
「せめて……」
「15階……」
「ハードルが高い……」
風に乗って、団員たちの声が聞こえてくる。
しかしその辺りの階はもう、私たちが挑戦する場所では無いのだ。
もはや通り道……、みたいな。
「折角なら、団員さんたちの訓練でもする?」
「ふむ……、それも良いかもしれませんね。
……と言うわけだ。今日はみんなの訓練を兼ねることにしよう」
「えぇっ!?」
「団長! 15階に着くまでに、かなりの時間が掛かってしまいますよ!?」
「そうですよ! 今日中に戻ることが出来なくなってしまいます!」
団員が口々に返事をする。
実際その通りで、15階と言うのはそれなりに遠いのだ。
「ふむ、確かに……。
それではアイナ様、今日は『あの通路』を?」
「うん、そうしよっか。
極秘事項だから、みんなには黙っていてもらってね」
「かしこまりました。
……良かったな、みんな。
アイナ様が信用してくださっているぞ!」
「えっ、やった!」
「ありがとうございます!」
「ご、極秘事項とは……? ごくり……」
「えっと、実は12階までの抜け道があるんです。
だからそこまでは一気に下りて、あとは3階分だけ移動して……って感じですね。
それなら今日中に、何とか往復できるかなぁ……って」
「3階も……下りられますか!?」
「1日くらいは掛かってしまうのでは……」
「そうそう、それくらい掛かってしまいますよ!?」
「階段の場所は覚えているから、走れば大丈夫だ。
アイナ様も走られるのだから、ワガママを言っている場合では無いぞ?」
「えぇ……。確か、結構距離がありますよね……?」
「ハード過ぎる……」
「しかし、アイナ様も走られるのなら……」
うーん。確かに私も走るけど――
……ただ、私には竜王の加護があるんだよね。
ルークも同様だから、実際に大変なのは団員たちの方なのだ。
まぁ、それは黙っておくことにしよう……。
「もしダメそうなら、15階へは私とルークだけで行きますので」
「いえ! そんなことをしたら、第三騎士団の名折れです!」
「そうですよ、そうですとも! 必ず付いていきます!」
「ご安心ください! 万に一つでも、付いていけないことはありませんから!!」
「そ、そうですか……?
それならルーク、そう言う感じで行ってみようか」
「はい、かしこまりました。
よし! みんな、気を引き締めろ!!」
「「「はいっ!!」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……そんなこんなで、お屋敷に戻ったのは23時頃。
団員たちは15階への往復と戦闘で、かなりへばってしまっていた。
その甲斐もあって、良い感じの宝石を無事に入手することが出来た。
ただ、良い感じ……なんだけど、15階にしては質が良過ぎるような……?




