762.記念写真
今日は開き直って、一日のんびり過ごすことにした。
忙しいときもあって、暇なときもある。
そんな緩急があった方が、一日一日を大切に出来るのかもしれない。
……つまりはまぁ、たまにはぐだーっとしたい、と言うことだ。
昼食後、裏庭を何となくぶらぶらしていると、予想もしていなかった人物に出会った。
「あれ? バーバラさん?」
「アイナさん! こんにちはー!」
「あれれ? こんなところで一体、どうしたんですか?
私に何か、用事でもありました?」
「いえ、今日はルーシーさんとお話をしに来たんです」
「ルーシーさんと?
意外な交友関係……!」
「別にお友達ってわけではないんですよ。
私が裁縫士として、依頼を受けてきたと言いますか」
「あ、そうなんですね。
へー……、バーバラさんに依頼かぁ……。どんな服を頼んだんだろう?」
「アイナさんには言っても良いって言われてるんですよ♪
実はですね、ウェディングドレスのご依頼を頂いたんです!」
「おぉ!? まさかルーシーさんも、ご結婚を!?」
「……あれ? いえ、そうじゃなくて……。
アイナさんから、ウェディングドレスの撮影の事業を教えて頂いた……と、聞いていたんですけど……」
「うわぁ、そっちですか!
ルーシーさん、まさか本気で事業化するつもり……!?」
「私は結構、良いお話だと思いますよ!
結婚式を挙げられなかった方なんてたくさんいますから……。
この街はお仕事が多いから、そう言う贅沢も出来ちゃうんじゃないでしょうか」
「ふむ、なるほど……。
あ、ウェディングドレスと言えば。バーバラさん、ジェラードさんの依頼も受けていましたよね!?」
「はい!
……はぁ。アイナさんのウェディングドレス姿……、私も見たかったです……」
軽く流してはいるが、これはある種の顧客情報の流出なのでは無いだろうか……。
この世界ではそもそも、そんなに厳密には取り扱われなさそうだけど……。
「何だかんだで結局は着ちゃいましたが、デザインは素敵でしたね……。
それは認めます……。でもまさか、私がああ言うのを着ることになるとは……」
「あ、そうだ。ルーシーさんから聞いたんですけど、写真を撮ったんですよね?
是非、私にも見せてくださいませんか?」
「べ、別に良いですけど……。
でもあれ、今どうなっているのか分からないんですよ。3週間くらいは経つんですけど……」
そんな話をしていると、ちょうどそこにクラリスさんがやって来た。
写真屋さんを手配したのは彼女だし、少し聞いてみることにしようかな。
「クラリスさーん!」
「はい、アイナ様。お呼びでしょうか」
「先日の結婚式もどきの写真なんだけど……。
あれって今、どうなってるの?」
「それでしたらここにございますよ」
そう言いながら、クラリスさんは手に持っていた封筒を揺らした。
うわぁ、何て良いタイミングなんだろう。
「ちょ、ちょうど良かったね!?」
「はい。写真屋の方が先ほど見えられて、受け取ってきたところです」
「おー……。
3週間くらい掛かったよね? 結構時間が掛かるものなんだ?」
「はい。額入りのものや、特殊加工をしたものも作っておりますので……」
「……は?」
「軽く打ち合わせをして参りましたので、そちらは後日、改めて納品して頂く予定です。
今日のところは普通の写真だけ、と言うことでした」
「……いやいや!?
その額入りの……とかって、一体どうするつもりかな!?」
「額入りのものは、キャスリーンさんが特注していたものです」
「キャスリーンさーん!?」
「他には全員に配るために、小さく縮小したものなどをですね……」
「ぜ、全員……!?」
私の写真が予想外に、グッズ化されてしまっている……。
そんなの全然、聞いてないんですけどー!!
「しかしアイナ様。そこはご安心ください」
「え?」
「その写真はみんな、家宝にすると言っていますから」
「やーめーてー!?」
……言いたいことはたくさんあるけど……。
とりあえずそれはそれとして、ひとまずクラリスさんの持っていた写真を見せてもらうことになった。
私が封筒から写真を取り出すと、それを覗きこむバーバラさんに対して、目を逸らすクラリスさん。
「あれ? クラリスさんは見ないの?」
「申し訳ございません。
後ほどメイド全員で鑑賞会をしますので、お先にご覧ください」
……鑑賞会?
そんなこともやるの……? めちゃくちゃ恥ずかしいよ……?
「は、はぁ……。それじゃお先に……」
封筒から取り出した写真は、結構な枚数になっていた。
確かにあのとき、たくさん撮っていた気はするけど……。
「わーっ、凄い量ですね!」
「本当ですね……。
それではバーバラさん、ざざっと見てみましょう」
「え、しっかり見せてください!」
「むぅ……。それではしっかり見て行きましょう」
「はい♪」
写真はどうやら時系列順に並んでいるようで、最初の方の写真は、何だか私の顔も若干引きつっているような気がする。
しかし後半になるほど、何かが吹っ切れたのか、良い笑顔になっているようにも見えてしまう。
……ま、まぁ……。
なかなか良い出来なんじゃないかな……?
「それにしても、かなりの枚数がありますね……」
「本当ですねーっ。
でも全部、こんなに綺麗に撮ってもらって……。私も嬉しいです♪」
バーバラさんは写真を見ながら、嬉しそうに笑った。
なるほど、こう言う笑顔が見られるなら、ウェディングドレスの撮影の事業も面白いのかもしれない……。
「……あ。最後に、みんなで写した集合写真がありますね」
「アイナ様。その写真が、全員に配ろうと思っているものになります」
「そうなんだ?
……うぅーん、これなら仕方ないね。これはみんな、写っているもんね」
「はい。だからみんな、一生の宝物にするって言っているんですよ♪」
私の言葉に、クラリスさんも嬉しそうに返事をしてきた。
よくよく考えてみれば、メイドさんたちとはそれなりに一緒にはいるけど……写真なんて、これくらいしか撮ったことが無いもんね。
10年後、20年後には、今いるメイドさんたちはこのお屋敷からいなくなっているかもしれない。
それならこのお屋敷での思い出を、この写真に託してみるのも良いことかもしれない……。
「……あんまり認めたくなかったけど、この写真じゃ仕方が無いね。
はぁ、家宝にでも何でもしてくださいな……」
「ありがとうございます。
アイナ様のお許しが出たとなれば、みんな安心すると思います」
「……安心って?」
「隠し持つ必要がありませんので」
……写真を配布すること自体は、本当に確定してしまっていたようだ。
公式、非公式問わず……。
「アイナさん! 私もこの写真、欲しいんですけど……!」
「えぇ……? バーバラさん、写ってないじゃないですか……」
「だって綺麗なんですもん……。
この写真を見ながらやれば、ルーシーさんの依頼も捗ると思いますので……!」
「む、むぅ……。
じゃぁ、まぁ……。複製はクラリスさんにお願いしてくださいね……。
……って、そもそも複製は出来るの?」
「はい。写真に対して、転写の魔法を使えば出来ると言っていました」
「やったー♪
それではクラリスさん! 複製を2枚、お願いできますか!?」
「ちょっと待った!
何で2枚なんですか!?」
「テレーゼちゃんが、絶対に欲しがると思いますので!」
「あぁ~……。そっちかぁ~……」
……まぁ、そこまでは許そう。
ここで拒否しても、どうせいつか許さざるを得なくなりそうだし……。
しかしそれ以上は不可と言うことで、バーバラさんには納得してもらった。
フリー素材じゃないんだからね。まったく……。




