758.勇者と魔王①
「――っと、これで今日の分はおしまいかな?」
目の前のケースに入れられた、たくさんの『野菜用の栄養剤』。
ファーディナンドさんが打ち出した冷害対策のひとつで、これから第一騎士団に納品されていくものだ。
第一騎士団に一旦集約して、そこから人の手を介して、最後には農家に届けられる……と言った具合になる。
さすがに配達までを、騎士団がやるわけにはいかないからね。
それに民間の業者を使えば、そちらにも仕事が発生していく。
この街も大きくなったのだから、しっかりと経済をまわしていかなくてはいけないのだ。
「……はぁ。師匠がいると、一瞬で終わっちゃいますね」
レティシアさんが、感心しながらお茶を持ってきてくれる。
仕事が終わったあとの、工房で飲むお茶の何と美味しいことか。
……まぁ、バチッとやっただけなんだけど。
「でも、みんなの実力も上がってきたと思うよ。
それならたまには、こう言う楽な日があっても良いでしょ?」
「はい、他のことが出来て助かります!
錬金術師ギルドで本を借りて読んでいるんですけど、いろいろと試してみたいこともあって!」
「へー。
うん、勉強熱心で素晴らしい!」
残念ながら私は、錬金術においては勉強したことがほとんど無い。
調べ物はそれなりにしてきたけど、錬金術自体はスキルとしては最初から最強だったのだ。
だから錬金術をひとつひとつ学んでいけるのは、少しだけ羨ましかったりする。
「えへへ、ありがとうございます♪
さて、それでは後のことはお任せください!」
「あ、そう?
それじゃ納品とか立ち合いはお願いしちゃうね」
「はーい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、と」
お店を出て、まずは深呼吸。
少し肌寒い感じはするが、まだまだ過ごしやすい気はする。
今は春。
本来だったらもう少し暖かいはずだけど、グリゼルダ不在の影響は確実に出てしまっている。
セミラミスさんが水竜王になってこの辺りを加護してくれる……と言うのが、本当の解決になるのかな。
それまでは人間の力で、どうにか悪影響が出ないようにして頑張らないと……。
とりあえずいろいろ考えた結果、私はポエール商会に行くことにした。
ポエールさんはグリゼルダの件があってから……会ったのは一度だけだったかな。
そのときは、わざわざお屋敷まで私の様子を見にきてくれたんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやー、アイナさん! お久し振りです!」
ポエール商会の拠点の客室で私が待っていると、ポエールさんが明るく元気に入って来た。
多少大袈裟ではあるが、そんなところにもついつい優しさを感じてしまう。
「すいません、ご無沙汰してました。
グリゼルダのことはもう受け止めたんですけど、そのあと『水の迷宮』に潜ったりしていまして」
「おお、そうだったんですか。
あのダンジョンも、今は攻略がどんどん進んでいますからね。
アイナさんは、ルークさんとエミリアさんとご一緒に?」
「はい、その三人で行っていました。
修行のためなので、アイテムはほとんど持って帰りませんでしたけど」
「うぅ、私としてはとてももったいなく感じてしまいます……。
ところでアイナさんたちは、どの辺りまで行くことが出来るんですか?
30階……いや、40階くらい?」
「今って、一般の冒険者はどの辺りまで行けているんですか?」
「そうですね……。
ベテラン勢で33階……と言うのが公式記録だったかと思います。
かなり手酷い怪我を負って帰って来たらしいのですが」
「おー、凄いですね。
あの辺りの敵って、かなり強いから仕方が無いですよ」
「おお! そう言うことは、33階はもう到達したんですね。
それならやっぱり、もう40階くらいには?」
「えーっと……。
この前は、80階まで行ってきました」
「……は?」
「80階」
「……おふぅ。
そうですね、いや、そうですよ。アイナさんたちですもんね。いや、さすがです」
身を乗り出していたポエールさんは、重力に従うようにソファーに座り込んだ。
80階と言うのは、40階の2倍だ。いや、今さら説明も不要だろうけど。
「ちなみに80階には、綺麗な湖がありましたよ」
「ほぉー……。
私は絶対、そんなところには行けませんからね……。
いや、そもそもそこまで行ける人って、他にはいるのでしょうか……」
「うーん、どうでしょう?」
「アイナさんは言う間でもなく、世界一の錬金術師ですし……。
ルークさんはもはや、世界に名立たる冒険者ですし……。
あとはエミリアさんだって、『千瞳の大賢者』を倒した魔法使いでもありますし……」
「……あ、そうだ。
エミリアさんも魔術師ギルドに、ランクの昇格申請を出していたそうなんですよ。
この度それが認められて、Sランクになっていましたね」
「お、おぉ……!? それは凄い……!!」
「でも、私とルークはS+ランクじゃないですか。
だからまた、そこでズルいズルいー……って♪」
「えぇ……?
Sランクの時点で、全世界の上から7位以内なんですよ……?
それで不満なんですか……?」
「いやぁ……。
Sランクに不満と言うか、私たちと同じじゃないところに不満と言うか」
「な、なるほど……。
ひとまずアイナさんがS+ランクから落ちることは無いでしょうから、エミリアさんには頑張ってもらわないといけませんね……」
「そうですね。
でも、未だに魔法をがんがん修得していっていますから……。
いずれはS+ランクも夢では無いのでは?」
「ふむ……。
あの手のランクは、最上位の方は『名声』と言う部分が大きいですからね……。
大きなことを成せれば、きっと近道になると思いますよ」
「……大きなこと。
例えば、どんなことですか?」
「そうですねぇ……。
……魔王を倒す、とか」
「ま、魔王!?」
「おっと、変な例を出してしまいましたね。
今はもう、お伽噺としか伝わっていませんが――
……かつての時代、世界を陥れんとする『魔王』と言う存在がいたそうです。
それで、それを倒すのは正義の『勇者』だった……って感じですね」
「……ん。
そう言えば以前、光竜王様からも聞いたことがあったような……」
それは300年くらい前の話。
ヴェルダクレス王国の建国時、光竜王様はその地下に封じられた。
確かその前後で、勇者や英雄が多く生まれた……って言っていなかったっけ。
「おお、そうでしたか……。
さすがにグリゼルダ様――いや、転生前のことだったのですかね?
確かに光竜王様でしたら、何かご存知だったかもしれません」
「そうですね……」
光竜王様は結局、人間に封じられちゃったんだよね。
その人間と言うのは、ヴェルダクレス王国の初代国王なんだけど……。
……そうすると、光竜王様と光神ゼルゲイド様がゼリルベインと戦ったのは……もっと昔の話なのか。
それじゃ、勇者だの魔王だのは、ゼリルベインとは関係が無いのかな……?
あれ? でもそのときって、神様はもう全員いなくなっていたんだよね?
いやいや、もしかすると絶対神アドラルーン様の仕業……?
「……ははは。
アイナさん、ずいぶんと難しく考えているようですね」
「え? そ、そう見えましたか?」
「私も子供の頃、そう言うお伽噺には興味がありまして……。
調べたところによると、神様の力を持つ宝石……と言うものがあったそうなんです。
それを魔王が奪ってしまったので、勇者が取り戻しにいく……なんてお話が多かったですね」
……と言うと、神様は直接出てこないのか。
それなら全員、いなくなったあとでもまぁ……って感じかな。
良い神様の6柱と、悪い神様の1柱……つまりはゼリルベイン。
その時代、この7柱の神様はこの世界に影響を与えることが出来なかった……。
……そしてその間に、勇者だの魔王だのがいろいろと登場していた……と?
「……ふむ。
でも最近は、そんな話は出て来ないんですよね?
それじゃ私とは、何の関係も無いかな」
「ははは。
私たちにとっては、この街を救ってくれたアイナさんこそが『勇者』なんですけどね」
「あはは♪ 私はただの錬金術師ですよー」
正直、私は『勇者』だなんて言われても嬉しくは無い。
私はもっとひっそりとこっそりと、街の中に埋没するような錬金術師になりたかったのだ。
……もはや、全世界に名前が轟いてしまっているわけだけど……。




