757.献上品
『水の迷宮』は階層構造が単純で、探索の難易度はかなり低い。
しかし80階までを往復すれば、時間はさすがに掛かってしまう。
今回の所要時間は合計で10日ほど。
人数も少なく、探索に力を入れなくても、これくらいは必要になってしまうのだ。
「……と言うわけで、ようやく戻って来ましたー。
はい、セミラミスさんにお土産です♪」
「はわっ!?」
ダンジョンで見つけたものは、基本的には見つけた人のものになる。
ただ、私たちは『水の迷宮』からあまりアイテムを持ち帰らないようにしていた。
実はダンジョンで手に入るアイテムと言うのは、タダで出来るわけでは無い。
あれはそもそも、『ダンジョン』という存在が『冒険者』をおびき寄せるための『餌』なのだ。
つまりダンジョンで死んだ人間や、ダンジョンで消費されたエネルギーが、巡り巡ってお宝の形に変化する。
『水の迷宮』ではあまり人間は死なないから、お宝を作るコストもそれなりに大変になっているらしい。
以前ミラからそんなことを聞いていたものだから、私たちはあまりお宝を持ち帰らないようにしよう……と言うことにしていた。
もちろん宝箱を見つけたら開けるし、かなり良いものがあったら頂いちゃうけどね。
しかし今回はその、『かなり良いもの』が見つかったから、お土産として持ち帰ってきたのだ。
「これ、『水竜の涙』って言う宝石らしくて……。
まぁ名前だけで、本当に涙なわけじゃないんですけど」
「わぁ……。これは、強い……水の魔力が感じられますね……」
「はい、だからセミラミスさんにぴったりかなーって。
エミリアさんは6属性を使いますし、私も水寄りではありますけど、主には錬金魔法ですし。
あとはヴィオラさんも、複数属性を使うから――それならもう、セミラミスさんしかいないでしょう?」
「でも、かなり貴重そうですよ……。
私には、もったいない……と言いますか……」
「えー? セミラミスさんは竜族なんですから、こう言うのだってひとつくらいは良いのでは?
ほら、人間から献上された……的な感じで」
「はぅ……。
……私、あまりものをもらったことが無くて……ですね……」
セミラミスさんはもじもじと、そう言ってきた。
嫌……と言うわけではなく、単純に慣れていないだけなのだろう。
そもそも昔は、ずっと自分の住処に引き籠っていたらしいからね。
「それは理由になりませんので、やっぱり差し上げますね!
もし必要でしたら、アドルフさんに加工をお願いしますよーっ」
「あ……、それは良いですね……」
……あれ?
思い掛けず、良い反応かも?
「それなら話を進めちゃいましょう♪
大きさ的には、何でもいけそうですよね……。
それなりに大きいから、砕いて細かくするのは――いや、ちょっともったいないか」
「はい……。こう言うものは、大きさが力に比例しますから……」
「確かに。そうすると、指輪……には大き過ぎますよね。
腕輪とか、ティアラとか……かなぁ」
「……どちらも、魅力的ですね……!」
「普段使いなら腕輪、フォーマルに寄せるならティアラ……。
うーん、将来の水竜王様ですもんね。悩ましいなぁ……」
「そ、それなら腕輪……が、良いです……。
……私、フォーマルな場は……、あまり縁が無さそうなので……」
「分かりました、アドルフさんにお願いしておきますね。
デザインは、しっかり打ち合わせをしたいですよね?」
「あ……、それは大丈夫です……。
その、神器の素体を作っている方……ですよね?
あの方のデザインは好きなので……だから、途中経過は見ないで……最初に、完成品を見たいなぁ……と」
「おぉー! なるほど、確かにそう言うのもありますよね!」
「それと……その、えーっと……あの」
「はい?」
いつになく言いよどむセミラミスさん。
何だか少し、顔を赤くしているかもしれない。
「もし良ければ……時間をたくさん使って頂いて……。
……その、私が水竜王として戻って来たときに……記念に、頂きたいかな……って」
そこまで言うと、彼女は両手で顔を隠してしまった。
うわぁ、すっごく可愛い……。
「分かりました、それも良いですね!
それじゃ、神器の素体をお願いするときみたいに進めちゃいますね。
私もそれなりに、いろいろとは言っていますので」
「分かりました、楽しみにしています……!」
……気が付けば、ただのお土産に、いつの間にやら大きな名目が付いてしまっていた。
水竜王様になった記念……と言うのであれば、私としても奮発はしたいところかな。
ここはあれだ、やっぱりオリハルコン製にするとか……。
ルークの懐中時計みたいに、ちょっと特別なものにしたいと言うか……。
……でも、さすがに神器にはしにくいよね。
神器って、竜の魂を使うわけだし……。
お土産の話をしたあとは、セミラミスさんに提供してもらった魔法の報告をしていった。
水で出来た巨大な敵を、新しい魔法『アルケミカ・アニヒレーション』で仕留めた話。
効果がかなりあったと聞いて、セミラミスさんはとても喜んでいた。
ゼリルベインに効くと言う保証はまったく無いけど、それでもひとつの手段は作ることが出来たのだ。
セミラミスさんは引き続き、魔法の研究をしていくと意気込んでくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……と言うわけで、アドルフさーんっ」
「どんなわけだよっ!?」
私がアドルフさんの鍛冶屋に行くと、早々に良いツッコミを返してくれた。
「あはは、まぁまぁ。
今日はお願いがあってきましたー」
「おっ、そうか。
ガチャの武器も良いんだが、やっぱりここぞと言う依頼の方が力が入るからな!」
「でも、ガチャの方はお弟子さんにやらせているんでしょ?」
「んー……。やっぱり上のランクの武器は、まだまだ俺なんだよなぁ……。
ま、いずれは……って感じかな。さて、それで?」
アドルフさんは、期待の眼差しで私を見てきた。
どんな仕事をくれるのか……それを早く聞かせろ、と言わんばかりだ。
「えぇっと、依頼者は……まぁ、私で良いか。
贈り物にしたいんですけど、相手は綺麗な竜族の女性です」
「ほう? セミラミス様か、エクレールさん?」
「まぁ、その辺りは秘密と言うことで」
「お、おう?」
「で、その方は……実は水竜王様です」
「ぶっ!?」
アドルフさんは唐突に出てきた名前に吹き出してしまった。
……まぁ、セミラミスさんはまだ水竜王様では無いけど……。
でも渡すときには水竜王様になっているはずだからね。きっと間違いでは無いだろう。
「貴重な宝石が手に入ったので、それを加工して腕輪にしたいなぁ……って。
それで、それを献上したいな……と」
「はぁ……。
光竜王様たるグリゼルダ様のあとは、水竜王様と来たか……。
うーん、アイナさんの人間関係は良く分からんなぁ」
「ま、これも数奇な運命ってやつですよ」
「否定がまるで出来ん……。
えーっと、宝石と言うのはアイナさんの持っているそれか?
……うぉ、これまた凄いものを持ってきたな」
「これなら、水竜王様の貫録には負けませんよね」
「うん、素晴らしい仕事になりそうだ。
それで、腕輪ってことは人化しているときに身に付けるんだよな?
その方の外観……と言うのは分かるか?」
「大体、セミラミスさんをイメージしてください」
「おう……?
……やっぱりそれ、セミラミス様じゃないのか?」
「まぁまぁ、そこは秘密ですよ」
「はぁ……。
それで進め方はどうする? いつもの、神器のときみたいにするか?」
「そうですね。あと、素材はオリハルコンとかミスリルを使って頂いても構いませんので!」
「おぉ、これまた豪勢な仕事になりそうだ……。
……うん。それじゃいくつか案を考えてから、また相談させてもらうよ」
「はい、そんな感じでお願いします。
ところで、ルークの懐中時計ってどうなりました?」
「ああ、俺の担当のところは出来上がったぞ。
エバンスさんに渡しておいたから、そのうち完成品が届くんじゃないかな」
「おー、ついにですね!
途中経過を全然見ていなかったから、私も楽しみです!」
「ふふふ、期待してくれよな!
あ、そうだ。俺も納品前に、先に見せてもらうことにしよう」
「あ、ズルい」
「いやいや、しっかり組み上がっているかを確認しないといけないだろう?
……ほら、職人として!」
「職人として!
……うぅ、その言葉には弱いなぁ……」
「ま、ルーク君に見せる前に、アイナさんも見るんだろう?
どんなタイミングで渡すかは知らんが、先に見るだけならいつでも出来るわけだし」
「んー、そうですね……。
……ああ、そうか。やっぱり渡すタイミング、考えないとですね」
「食堂なんかでひょいっと渡された日にゃ、かなり安っぽく感じちまうからな」
「ごもっともで……」
……はてさて。
改めて考えてみれば、どんなタイミングで渡せば良いのやら。
さすがに誕生日……とかも違うよね。
やっぱり改まった日とかが良いのかなぁ……。
……って言うと、どの辺りになるんだろう?




