752.第四の神器③
話を戻すと……。
そんな流れで、私は結局ウェディングドレスを着ることになってしまった。
まぁ、私もどこか興味があったのは正直なところだろう。
どうしても嫌なら、アルケミカ・クラッグバーストの一発でもジェラードにお見舞いすれば良かったのだから。
「――アイナさん、とっても綺麗ですよ!」
エミリアさんが満面の笑みで、私に語り掛けてきた。
「あ、あはは……。どうも……」
それに引き続き、お年頃の5人組からも一斉に声が上がる。
「アイナ様、お美しい……!」
「とっても素敵ですよーっ!」
「やっぱり披露宴、しましょうよー!?」
「ケーキはすぐにでも手配できますが……!」
「結婚式、私も早く挙げたいです……っ」
「――って、何でメイドさんたちまでいるの!?」
「えへへ♪ 少しお話しちゃったら、広まっちゃって……」
エミリアさんは悪戯っぽく、舌を出しながらそう言った。
……いやいや、確信犯じゃないかな?
「まったく、もう……。
そう言えば、ことの発端のジェラードさんは?」
「表で、ルークさんと戦っていますよ」
「ぶっ」
……でも、それにしては少し静かな気がする。
ルークのことだから、それこそアゼルラディアを抜いて本気でいきそうなものだけど……。
「ちなみに、今日は素手の殴り合いだそうです」
「は、はぁ……?」
「いや、神器を使うのはさすがに反則だろう……ってジェラードさんが。
だから一番公平な、素手の殴り合いになったそうですよ」
「えぇ……。
でもジェラードさんって、素手でも強いんですか?
ルークは強そうだけど、ジェラードさんは武器あってこそ……と言うか」
「そこは愛の力で、どうにかなるんじゃないですか?」
「うわー、適当……。
もちろん、こっちには愛なんてありませんからね?」
強いて言えば仲間愛……はあるけど、さすがに恋愛感情はね……。
そもそも恋愛感情なんて、私の中ではもう錆付いているものだし。
そんなことを話していると、この部屋――礼拝堂の入口の扉が静かに開いた。
全員が注目する中、扉の先を見てみると――
「えっ!?
み、みなさん? どうしたのかしら……?」
……そこには久し振りに会った、レオノーラさんが立っていた。
「おっと、レオノーラさんでしたか……。
えーっと、ちょっとその、外で決闘が繰り広げられているそうで……。
それを待っていると言うか……」
「ああ、あの戦い……。聖堂の関係者も見守っているのよ……。
まったく、アイナさんの旦那さん選びも大変よね……」
「べ、別に選んでませんよ!?」
「そうなの……?
なら、あの戦いは何なのかしら……」
細かい情報までは届いていないようで、私は今までの経緯をレオノーラさんに教えてあげた。
「……とまぁ、そんなわけで。
旦那さん選びと言うか、結婚式の真似事を阻止していると言うか……」
「……はぁ。そんなことで、あんなに注目を集めているのね……。
変な噂にならなきゃ良いけど……」
「そこはジェラードさんが手をまわしてくれると思いますよ。
ここに来れても、来れなくても」
「聖堂関係者には私の方でどうにかしておくわ……。
アイナさんが結婚するって驚いて来たんだけど、無駄足だったわね……」
「はぅ、ごめんなさい……」
「良いのよ。もし結婚するとなれば、お祝いもちゃんとしたかったから。
しないで済んだと分かれば、こちらもすっきりしたわ」
……そんな雑談をしてから、レオノーラさんは仕事に戻って行った。
その時間、約10分ほど。
「……で?
戦いはまだ終わらないんですか……?」
「そうですねー……。
ところでアイナさん、そもそも待っている必要ってあるんですか?」
「え?」
「だって、ジェラードさんが来ても、別に結婚式を挙げるわけじゃないんですよね?」
「そりゃ、まぁ」
「ルークさんが来ても、結婚式を挙げるわけにはいきませんよね?」
「もちろん、そうですね」
「……となれば、別に戦いの結果を待つ必要は無いんじゃないですか?
私たちはもう、アイナさんのウェディングドレス姿は見れたわけですし」
ここにいるのは私とエミリアさん、あとはメイドの5人組。
別に見せるのが目的では無いし、ウェディングドレスを着てここに立ったのであれば、何だかそれでもう良いような気がする。
「うぅーん……。そうですねぇ……。
私の故郷に、一人でウェディングドレスを着て写真を撮ってもらうようなサービスがあるんですけど……。
何だかそれに近い気がしてきましたね……」
「へぇ……。
アイナ様。あとでその話、詳しくお聞かせ頂けませんか?」
思い掛けず食い付いてきたのはルーシーさんだった。
いや、よくよく考えてみれば、一番食い付きそうなのはやはり彼女か。
「ま、また商売を広げるの……?
でも、この街で需要はあるかなぁ……」
「案外、あると思いますよ。
アイナ様の故郷では、それを提供している業者がいたんですよね?」
「ま、まぁ……」
……ただ、この世界とは違う世界なんだけどね……。
ルーシーさんは私の転生を知らないから、この世界のどこかだと思っているんだろうけど……。
「そうだ! 写真と言えば、アイナ様」
「ん? クラリスさん?」
「ここに来る前、写真屋を手配しておきました!
そろそろ来る頃かと思いますよ」
「ぶっ」
「わー♪ クラリスさん、さすがです!
これでルークさんにも、後で見せることが出来ますね♪」
嬉しそうに言うエミリアさん。
ジェラードの名前が出てこない辺り、何だかちょっと可哀想になってきてしまう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、1時間ほどを使って写真の撮影大会が行われた。
写真屋さんも撮る対象が1人だと言うことで、最初は混乱していたけど――
……でもそのうち、周りの変なテンションに流されて、考えることを放棄してしまったようだ。
その気持ち、とても分かる。
まさに私も、大体同じ気持ちだったのだ……。
「――それでは、出来上がりましたらお屋敷の方にお持ちいたします」
「「「はいっ!」」」
元気に返事をしたのはエミリアさんとクラリスさん、キャスリーンさんの3人。
まさかクラリスさんまで、こんな食い気味な返事をするなんて……。
「……それで?
ルークとジェラードさん、まだ戦っているんですかね……?」
さすがに長引きすぎじゃない……?
そう思っていたところに礼拝堂の扉は開け放たれ、ここに勝者がやって来た――
……まぁ大方の予想通り、ルークだったんだけど。
「アイナ様、お待たせしました……!
諸悪の権化は倒しましたので、もうご安心ください!!」
「諸悪の権化って!?」
「ルークさんの言わんとしていること、私は分かりますよ♪」
エミリアさんの反応に、私は何とも言えない気持ちを抱いてしまう。
ルークは背負ってきたジェラードを床に下ろすと、そこでようやく息を付いた。
……顔も身体もぼろぼろだ。
普段の戦いとは違う、いかにもケンカ後の姿……という感じ。
私はついつい駆け寄って、アイテムボックスからポーションを取り出して手渡した。
「ああ、もう。こんなになるまで戦って……」
「ははは……。まさに、譲れない戦いでした」
ルークが勝ったとは言え、別に彼と結婚式の真似事をするわけにはいかない。
何せここには、彼の妻であるキャスリーンさんもいるわけだし……。
……まぁ、いなくても無理だけど。
「あ……、アイナちゃん……。
僕、負けちゃった……。ごめん……。
……でも、凄く……綺麗……だよ……」
「はぁ……。
ジェラードさんも、お疲れ様でした。はい、よしよし……」
「くぅ……。
嫁にしたいナンバーワン……。ぐふっ」
……まったく、何を考えているのやら。
そんな思いを抱えながら、私はジェラードにポーションを掛けてあげた。
そもそも命に関わる怪我じゃないから、しばらくすれば起きるでしょ。
「それにしてもアイナ様……。
その……、お美しいです……」
「ちょっと……。
ルークまで、何を言ってるのよ……!」
改めて面と向かって言われると、さすがに照れてしまう。
女性陣やジェラードから言われるのとは、またちょっと違うような……。
しかし、何だかんだでようやく人数も集まったのだ。
少し温まった頬を叩きながら、私は礼拝堂の奥に振り返る。
「――……さあ! それじゃ、そろそろ神器を作りましょうか!
ここにいるみんな、歴史の証人になってねー!!」
「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」
私の言葉に、ジェラード以外の7人が頷いた。
ジェラードは……まぁ一応、目覚めるのは待ってあげようかな……。
……興奮しないように、縛っておいた方が良い?




