751.第四の神器②
「――……どうしてこうなった……」
今日は転生記念日。
私がこの世界にやって来てから4年がまるっと経過して、今日からめでたく5年目に突入することになった。
そんなメモリアルな日に、めでたく第四の神器を作成――
……する予定だったのだが、何故か今、私はガルルン教の聖堂に立っていた。
しかも突然のことではあるが……。
本当に突然のことではあるが、ウェディングドレスなんてものを着ていたりする……。
……本当に、どうしたこうなった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話を遡れば、ジェラードが神器に求めた新しい要望がそもそもの始まりだった。
その要望とは、『世界の声』で神器の存在を世界に知らせないこと。
ジェラードの諜報部隊は、あまり表には出て来ない組織だ。
その関係で、神器のことも可能であれば秘密にしておきたいのだと言う。
短期的に見れば、ゼリルベインにも存在を隠せるだろう。
……神様は例外、とかであれば話は別だけど……。
長期的に見れば、対外的な交渉のカードには出来なくなるが、逆に言えば秘密兵器と成り得る。
これはこれで、とても良い立ち位置のようにも思えてしまう。
その辺りを踏まえると、私はジェラードの要望には概ね賛成が出来た。
ルークとエミリアさんも同様で、特に指摘されるような問題は無かった。
そこまで話がまとまれば、あとは英知さんに確認をするだけだ。
私は客室での話を終えると、自分の部屋に戻って、『英知接続』で英知さんに会いに行くことにした。
「――こんにちは」
相も変わらずの白い世界。
英知さんも、未だ会うことの出来ていない錬金術師の姿を借りている。
「こんにちは!
今日は質問があって来ました――
……って、何だか忙しかったですか?」
普段は悠然と構えている英知さんではあるが、今日は少し慌ててきたような印象を受けてしまった。
この白い世界、どこかに片付けるようなものがあるとも思えないけど……。
「いえ、大丈夫ですよ。
それで、今回はどのような御用でしょう」
「えぇっと、ですね――」
私は英知さんに、ジェラードの要望を伝えてみた。
出来ないなら出来ないで仕方が無い。
難しい条件が付くのであれば、今回は見送っても別に構わない。
何しろ私は、今日の転生記念日に神器を作ってしまいたいのだ。
「……はい、可能ではあります。
ただ、いつもと少し違う条件がありまして……」
「え、出来るんですか!?
うぁー。アゼルラディアからやっていれば、私の旅ももう少しは楽になれたのに……」
「いえ、最初の神器では不可能でした。
少しややこしいのですが、アイナさんが獲得した『神器の錬金術師』という称号の特典だと考えてください」
「むむ?
そうすると、フィエルナトスとクリスティアでは問題なく出来たんですね!」
「はい、そうなります。
……ただ、アイナさんの魂と直接的に接続する必要があるので、存在を隠せるのは最大でひとつまで……になります」
「ふぇ? 魂と、直接……?」
「魂と言うか、『存在』と言った方が近いでしょうか。
例えばアイナさんが……少し太ったとして」
「え? はぁ」
「その太った分のお肉……。
それはアイナさんの一部ですよね。アイナさんが、増えたわけでは無い……」
「それはそうですね……」
「簡単に言うと、そんな感じです。
これから作る神器をアイナさんの存在の配下に入れてしまえば、世界への告知は無しに出来ます」
「い、イメージが付かないなぁ……。
ちなみにそれをやると、私には何か影響があるんですか?」
「いえ、アイナさんの方には特に」
「……と言うと、神器の方には何か影響が?」
「はい。アイナさんの一部……と言うことになるので、アイナさんが死んでしまえば、神器も同時に消滅します」
「ふむ……。
私は不老不死だから、ずっと大丈夫そうですね!」
「……不老不死は完全なものではありません。
アイナさんも、そろそろお気付きでしょう?」
「まぁ……。
死ななくても、滅びはするんですよね。
ゼリルベインの攻撃で、私は消えてしまうかもしれない……」
「そうなれば、もちろん神器も消滅してしまいます。
ただ、それ以外には特に制限はありませんし、対価もありません。
神器を作るときに、『魂との契約』の文言を織り交ぜるだけで可能ですよ」
「おぉ、結構お手軽な……。
ちなみにその『契約』って、今までに使った『宣言』みたいなものですよね」
「はい。暗記しなくても読み上げれば大丈夫なので、今日中には余裕で間に合うでしょう」
「おっと、見透かされていましたか……。
でも、分かりました。ちょっと考えてみます!」
「契約の文言は、鑑定で確認してくださいね」
「はい、ありがとうございまーす!!」
……そんな感じで、ジェラードの要望は十分に実現可能な範囲だったのだ。
で、次はそれをジェラードに伝えてみたところ――
「……『魂との契約』。
何だか凄い話になっちゃったね……」
「でも、私がどうにかなるわけでもありませんし。
むしろ神器の方にペナルティが生まれてしまうわけで」
「アイナちゃんがいなくなったら……ってことだよね?
それなら何の問題も無いよ」
「え? 神器が無くなっちゃうんですよ?」
「まぁ、それは大きなペナルティではあるけど……。
でもそのときは、アイナちゃんがいなくなってるんだよね?
それなら僕は、そんな世界に未練は無いからさ」
「えぇ……。
もしそうなったとしても、ジェラードさんは頑張って生きてくださいよ……。
私も出来るだけ、滅びたりはしないようにしますから」
滅びること自体、普通に考えれば難しそうなことではある。
何せ希少な、虚無属性の攻撃でも食わらなければいけないわけだし。
「……困ると言えば、アイナちゃんの復讐には神器を使えない……ってところかな。
それはかなり、困りそうだなぁ……」
「ちょっと、勝手に滅ぼさないでくださいよ!?」
「あ、ごめんごめん。
でも、アイナちゃんは勝手にいなくならないんだよね。
だからさ、僕としては問題は無いよ」
「何だか少し引っ掛かりますけど……。
それじゃ、ジェラードさんの要望通りにしておきますか」
「うん、ありがとう!
……それにしても、『魂の契約』……かぁ。
何だか、結婚に似てるような気がしない?」
「え? は、はぁ……」
私の微妙な反応にも関わらず、ジェラードはぐいぐいと食い付いてきた。
「せっかくだしさ、結婚式を挙げてみない!?」
「は? 誰と誰の、結婚式ですか?」
「僕とアイナちゃん!」
「却下します」
「え!? えぇーっ!!!!?」
「えぇ……。
いや、むしろここで承諾すると思ったんですか?
仮に承諾したとしても、準備が必要ですよね?」
「ウェディングドレスならあるよ!」
「何で!?」
「こう言うこともあるかと思って!」
「何で思うんですか!?」
「世の中には、可能性が満ち溢れているからさ!!」
バターンッ!!!!
そんなことを廊下で話していると、突然エミリアさんの部屋の扉が力強く開け放たれた。
「アイナさん、話は聞かせてもらいました!」
「盗み聞き!?」
「ジェラードさんが相手だと言うのはちょっとアレですが!
私もアイナさんの、ウェディングドレス姿は見てみたいです!!」
「えーっ!?」
「エミリアちゃん!!
ウェディングドレス姿の女の子がいるなら、相手の男も必要だよね!?」
「ルークさんならまだ納得は出来ますが、ジェラードさんはちょっと!!」
「ぐはっ!?
ででででも! ルーク君はもう、結婚してるじゃん!!」
……まぁ、妻帯者に結婚式っぽいことをやらせるのは流石にね……。
ルークとキャスリーンさんなら問題ないとか言いそうだけど、やっぱりそう言うわけにもいかないし……。
「仕方ありません……。
それなら私が、アイナさんの相手を務めましょう!!」
「ちょっと待って!?
そもそも僕の神器の話なんだよね!? だからここは、やっぱり僕が相手じゃないと!!」
「そんなことをしたら、ルークさんがジェラードさんの息の根を止めに来ますよっ!?」
「……ぐっ!?
その状態のルーク君には……、勝てそうに無い……ッ!!」
白熱するジェラードとエミリアさん。
何だか私、ひとりだけ置いていかれているような気がする……。
「あはは……。
それじゃ結婚式とかウェディングドレスの話は無し……の方向で」
「何を言ってるんですか!!」
「何を言ってるの!?」
「えぇーっ!?」
「それでそれで?
ジェラードさん、どんなウェディングドレスを作ったんですか!?」
「サイズのこともあったからさ、バーバラさんに作ってもらったんだよー」
……バーバラさん、と言うのは元・白兎亭の裁縫士さんだ。
彼女もマーメイドサイドに引っ越してきているのだ……けど。
「おぉー! それは期待大じゃないですか!!
見せてくださいよーっ」
「え? あ、うん。
それじゃアイナちゃんにも見てもらおうかなー♪」
……そう言うと、ジェラードは彼のアイテムボックスからウェディングドレスを取り出した。
大量の布で、ボリューム満点。
「お、おぉー!
凄いですね、アイナさん! とっても綺麗ーっ!!」
「ま、まぁ……確かに?」
ウェディングドレスと言えば、昔はまぁ憧れていたものだけど……。
でも今は、結婚しないって決めているからなぁ……。
だから、着る機会なんて無いわけだけど……。
そんなことを考えていると、しばらく目が留まってしまっていたようで――
「ほら! アイナちゃんも興味がありそうだし!!」
「おぉー! やっぱりアイナさん、着てみましょうよーっ!!」
「え、えぇー……」
――……とまぁ、そんな感じで話はごろごろ、ごろごろと進んでいってしまったのだ……。




