750.第四の神器①
エマさんが亡くなって、2週間ほどが経った。
やはり寂しいところもあるが、それでも私たちは進んでいかなければいけない。
今日は最近の情報交換を行うため、お屋敷の客室に4人が揃っていた。
4人……と言うのは、私とルーク、エミリアさんとジェラードのことだ。
「……ようやく、街の混乱も収まってきた……って感じですかね?」
「そうだねー。
収まったって言うか、慣れてきた……って言うのかな?
不安なところはまだまだ残っているけど、目の前の生活を何とかしていかなければいけないからね」
先日ダグラスさんから聞いたような、一時的な買い占めは既に無くなっていた。
私が作ったポーションはほとんど売れたそうだから、作り損にはならなくて良かったかな。
「ふむぅ……。
でも変な声が上がってこなくて良かったですね。
本当のことが少しでも漏れたら、やっぱり混乱してしまいそうですし……」
『神様が街を攻めてきた』……なんて話が広まれば、それこそ面倒なことになってしまう。
騎士団の中でも情報を制限している今、そんな情報を普通の人に漏らすわけにはいかないのだ。
「そこはちょっとね……。
僕の方で、ちょちょっとやっておいたよ!」
「……ちょちょっと?」
「詳しいことは、まぁ良いでしょ♪
アイナちゃんたちだって、一生懸命やってるんだからさ。
その邪魔なんて、誰にもさせないよ♪」
そんなことを明るく言うジェラード。
……さすがにそう言うからには、面倒なことを言ってくるような人がいたのだろう。
で、それをちょちょっとやってくれた……と。
「はぁ、了解しました。
いろいろと想像は膨らみますが、詳しくは踏み込まない方が良さそうですね」
「そうそう! 話が早くて助かるよ♪」
……まぁ、きっと誰かは死んだのだろう。
そう考えると、一気に生々しくはなってしまうけど。
「じゃ、ジェラードさんの諜報部隊はそんな感じだとして……。
騎士団の方では、何か変わりはあった?」
「特にはありません。
情報の制限を不安に思う声もありますが、それ以上に、アイナ様の人気が上がっているようですよ」
「……は? 何で?」
「あの晩、アイナ様は率先して行動を起こしていたじゃないですか。
やはりこの街、引いては将来の国を守る騎士たちとしては、そう言う存在はとても尊く見えるものなのです」
「な、なるほど……?
でもこの街、私が作ってきたから……って言うか、ねぇ?」
「それはそうかもしれませんが……。
しかしこの街には、既に多くの方が暮らしています。みんな、この街は自分の街だと思っているんですよ」
「……ふむ、それは嬉しいなぁ……。
うん、何となく理解は出来たよ」
「はい、ありがとうございます」
マーメイドサイドは私のために作り始めた街だけど、たくさんの人生を巻き込んでしまっている。
それならもう、この街は『私の街』ではなくて、『みんなの街』……と言うことになるのかな。
……まぁ、私と敵対する人には出て行ってもらうけど。
「それじゃ、エミリアさんの魔法師団はどんな感じですか?」
「はい! ついに責任者の1人が決まりました!
責任者は3人を置く予定なので、残りは1人ですね!」
「おー……。と言うか、私はその話は聞いているんですよね。
ルークとジェラードさんは、まだ聞いていませんよね」
「はい、私はまだ」
「僕もまだー。
その責任者って言うのは、騎士団で言えば、ルーク君みたいな立ち位置になるんだよね?
それなら、おかしな人を置くわけにもいかないよね」
「人柄、実力、ともに問題は無いですよ!
それではエミリアさん、発表しちゃってください!」
「はい!
何と! ヴィオラさんにお願いすることになりましたー♪」
「……え? このお屋敷にいる、ヴィオラちゃん?
あの、引き籠……もとい、インドア派の?」
「そうですよー!
ちょっと心配なところはありますけど、きっと大丈夫なはずです!
ね、アイナさんっ!!」
「あはは、そうですねー」
心配なところとしては、大人数の上に立たなければいけない……と言うところかな。
魔法師団の方ではいつもの口調を改めて、丁寧語になっていたりはするけど……でも、お屋敷の中では以前の口調のままだったりもする。
……外に出ているとき、ぽろっと素が出ちゃわないと良いんだけどね。
「ヴィオラさんとは、少し意外でしたね……。
確かに最近、お屋敷の外に出掛けているとは思っていたのですが……」
「夜は夜で、セミラミスさんの魔法の研究を手伝っているんだよね。
ちゃんと休めているのか、そこも少し、不安かな」
栄養剤はたくさんプレゼントしているけど、やっぱり疲れているときには休むのが一番だ。
……ただ、ヴィオラさんはいろいろと頑張って、不安や悲しみから逃げているようにも見える。
だから私は、もう少し様子を見てみようかと考えている。
「ところで、アイナさんの方はどうなんですか?」
「えっと、いろいろと調整をしたり……とか、でしょうか。
基本的には順調ですよ」
「なるほど、全然分かりませんね!」
「ぐ、具体性がありませんでしたね……。
そうですね……、例えばファーディナンドさんと、国境の話をしてきたり……」
「国境、ですか?」
「国作りの方も順調ですし、そろそろ具体的に決めないとなぁ……と言うことで。
もちろんヴェルダクレス王国の方からの抵抗があるでしょうけど、そこは海外の国と調整と付けていて……」
「おー♪
それでそれで? アイナちゃんは、どこまで領土にしちゃうつもりなの?」
「前々から言ってはいますけど、ミラエルツまでは欲しいかなぁって。
鉱山都市、欲しいじゃないですか」
「分かるぅ!
それにあの街は、僕とアイナちゃんが出会った思い出の街だからね……。
うん、あそこは絶対に頂こうよ!」
「で、それ以上の領土はさすがに望み過ぎかな……と言うことで。
最終的にはその辺りになるように、ファーディナンドさんが上手くやってくれると思いますよ」
「あの人も、結構な実力者だからね……。
でもヴェルダクレス王国が、すんなり領土を明け渡してくれるわけも無いよね?」
「大きな戦いになるか、他の国から圧力を掛けてもらうか……。
でもそこは、ファーディナンドさんにぶん投げていますから♪」
「あはは、適材適所だねぇ♪
それじゃ、必要があれば僕も手伝うことにするよ。
戦争なんて、起こさないのが一番だしさ」
「ありがとうございます!
これから来るだろう冷害対策もしてもらっていますし、ファーディナンドさんにはお世話になりっ放しですね!」
「お世話と言うか、あの人が王様になるんでしょ?
それなら別に、押し付けておけば良いんじゃない?」
「あ! それもそうですね!」
「ぶっ、アイナさんもひどーいっ!!」
「ははは。未来の王様には、たくさん頑張って頂くことにしましょう」
……そんな話を、みんなで笑いながら進めていく。
まだまだ問題は山積みだけど、少しずつでも、私たちは確実に前に進んで行かなければいけないのだ。
「あ、そうだ。
これは割とどうでも良い話なんですけど……」
「はい? どんな話です?」
「実は明日、私の転生記念日なんです!
ついに5年目に突入するんですよーっ」
「おぉー!」
「あ、そうなんだ? おめでとう!!」
「……つまり、私とアイナ様が初めて会った記念日でもありますね」
流れるように割り込んできたルークの言葉に、ジェラードは途端に不満な顔を見せる。
「ぬぅ……。
ルーク君、ずるい……!!」
「ははは。こればかりはジェラードさんには負けませんからね」
「ぐぬぬ……」
過去に戻らない限り、出会った順番と言うものは変えようが無い。
だから私と知り合った順番を競うのであれば、ジェラードは一生を掛けてもルークには勝てないことになる。
「あはは♪ 順番はともかく、これからもみんなにはずっとお世話になりますよー。
……そんなわけで、そろそろジェラードさんの神器も作ろうかなって思うんです」
「ぶぇっ!?
あ、アイナちゃん!? どんなわけなの!?」
「え? あれ、ダメですか?」
「いや、嬉しいけど!!」
……『そんなわけ』。
まぁ、ゼリルベインとの戦いも控えているし、悲しい感情もいくらか薄まってきたし……。
あとは私の転生記念日、って言うのが一番大きいのかな?
「ジェラードさんが神器を持って、戦いに加われば……これはもう百人力ですね」
「きっと百人力どころじゃないですよーっ!
えへへ、ゼリルベインとの戦いも大丈夫になりそうですよね♪」
エミリアさんの言葉は楽観的にも聞こえるが、しかし『大丈夫』にするために神器を作るのだ。
神器を作るのはジェラードとの前々からの約束ではあるけど、今は何より、ゼリルベインを討伐しなければいけないからね。
「でもさぁ……、ちょっと、ドラマが足りなくない……?
……いや、作ってもらえるのは嬉しいけど……」
「ドラマ……?
と、言いますと?」
「神剣アゼルラディアは、光竜王様と初めて会ったときに作りましたね。
そのあと、私たちは国王暗殺の冤罪を掛けられてしまいましたが……」
「神杖フィエルナトスは、ヴェルダクレス王国との戦争中でした!
アイナさんが啖呵を切って、そのまま敵を押し込めてやりましたよね!」
「神煌クリスティアは……、私がダリルニア王国に囚われていたときですか。
苦し紛れの、逆転の一手でしたけど……」
「そうそう、そんな感じ!
だからさ、僕の神器……。何でもない日にちょちょっと作るのって、何だかアレじゃない!?」
「はぁ……。
気持ちは分かりますけど……」
「だから!
僕は何か、シチュエーションを所望しますっ!!」
……語尾が丁寧語になる辺り、ジェラードの本気を感じてしまう。
とんでもなく違和感はあるけど……。
「うーん……。
それじゃ、何か考えておきますよ。シチュエーション……ですかぁ……。
でも、折角なら明日に作りたいなぁ……。ほら、私の……5年目……」
「ぬぅう……。
僕にとって、アイナちゃんの希望はすべてにおいて優先される……ッ!!
おっけー、明日までに何か思いついたらお願い……、くらいでッ!!」
「わ、分かりました……。
逆に、ジェラードさんの方から要望はありませんか?
作る神器はもう決まっているので、それ以外で……」
「……あ!
ちょっとね、出来たら良いなーって思っていたことがあったんだ!
可能なら……程度で良いんだけど、ちょっと調べてみてくれないかな!」
「ふむ? それって一体、何ですか?」
「えっとね――」
ジェラードの要望は、私にとっては予想外のものだった。
彼の神器らしい、と言えば、確かに彼の神器らしい。
しかしそんなことが、果たして出来るものなのか――
……どちらかと言えば追加の要件だし。
うぅーん。ここは一旦、英知さんに質問してみることにしようかな……。




