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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第13章 神々の空へ
749/911

749.訃報

 物事が上手くまわり始めようとするときこそ、

 それを邪魔しようとする何かが、生まれてしまうものなのかもしれない。


 私はどうにか、グリゼルダの死に向き合えるようになった。

 ヴィオラさんもどうにか、シェリルさんとの別れに向き合えるようになった。


 まさに一歩、改めて踏み出そうと言うときに……、私の元に、ひとつの訃報が届いた。



 ――エマさんの訃報。



 彼女はゼリルベインによって、身体をダメにされてしまっていた。

 それでも何とか、あの戦いは生き延びることが出来た。


 しかし、あまり長くは生きられない――

 ……それは確かに、最初から分かっていたことだったけど……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 早朝、急いで治療院に着いたときには、エマさんは既に息を引き取っていた。

 治療院へは訃報が届いてから向かったのだから、それは当然のことではある。


 ただ、頭の中で、どこか誤報を期待していたのも確かだった。

 ……昨日まで、それなりには元気に見えたのに……。


 一応持ってきた錬金術の本も、無駄なものになってしまった。


 昨日まで、彼女はこのベッドで身を起こして、外を眺めていた。

 ……しかし、彼女のそんな姿はもう見ることは出来ない。



 ――彼女とは、知り合ってまだ間もなかった。



 どの程度の関係か、と聞かれれば、少し悩んでしまうところもある。

 それでも、私たちのために戦ってくれて、最後には仲間になってくれたのだ。


 グリゼルダのときとは少し違う……。

 ……悲しみというよりは、喪失感……?


 何だかよく分からない感情が、私の中で渦巻いてしまっているようだった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……エマさんのお墓は、ヒマリさんたちのお墓の近くに作ってあげた。


 エマさんは他の転生者たちと面識があるはずだ。

 だからここで、せめて寂しくないように眠ってくれると嬉しい。



 ……彼女の遺品は、特に何も遺されていなかった。

 身のまわりのものは、いつの間にか処分されていたらしい。


 治療院の人にも聞いてはみたが、その辺りのことは何も知らないようだった。

 彼女は魔法が使えるから、きっと人目を避けて、自分で処分をしていたのだろう。



 まるで、この世界に生きていた痕跡を消すように。



 ……彼女は結局、転生をして、しあわせに生きることが出来たのだろうか。


 ゼリルベインに利用されたことを嘆き、そして彼を裏切って……。

 最近はもちろん、しあわせなんてことは無かったのかもしれない。

 でもこの数年の中で、いつかどこかで、しあわせだったことはあったのだろうか……。



「――……終わっちゃいました、ね……」


 エミリアさんが、静かに話し掛けてくる。

 簡単な葬儀を済ませたあと、私はエミリアさんと一緒に、お墓の前で佇んでいた。

 特に偉い人も呼ばず、私の仲間と内々で行った、そんな簡単な葬儀……。


「……はい。

 はぁ……。そう言えば、エマさんの本名も聞いていなかったなぁ……」


「……本名、ですか?」


 せめて、元の世界での名前くらいは知っておきたかった。

 しかしそうは思っても、時すでに遅し。

 鑑定スキルを使っても、さすがに元の世界の情報を得ることは出来なかった。


「名前はエマ……、だとは思うんですけど……。

 苗字も、ちゃんと聞いておけば良かったなぁ……って」


「ふむ……?

 苗字って、アイナさんも転生前は違ったんですか?」


「え? そうですね。私の名前は全部、アドラルーン様が付けてくれましたから。

 まぁ、『アイナ』は同じなんですけど」


「へぇー……。

 アイナさんって、昔からアイナさんなんですね」


「そう言われると、何だか不思議な気分になりますね……」


「ちなみに昔の苗字って、何だったんですか?」


「えーっと、『コウバラ』です。

 『神』の『原』と書いて、『コウバラ』」


 日本語で考えればそのままの説明なのだが、この世界の言語は日本語では無い。

 ……だからこんな説明になってしまうわけだ。


「コウバラさん、ですかー……。

 それにしても、『神』の『原』……。転生前から、凄い苗字だったんですね」


「ま、まぁ……?

 子供の頃は、結構からかわれたりとかもしましたけど……」


「いやいや!

 神の使徒になるのが運命付けられたような、素晴らしい苗字じゃないですか!」


「うーん、そうですか……?

 でも、今でも元の名前には思い入れがあって……。

 だからエマさんの元の名前も、私は覚えていてあげたかったなぁ……って」


「なるほど……。

 ……そう考えると、とても残念ですね……」


 本人が亡くなった今となっては、それを知る術はもう存在しない。

 さすがに英知さんでも、この辺りは無理なんじゃないかな……?



「……ま、終わったことは仕方がありませんね。

 せめてエマさんの顔は、ずっと覚えておきたいな……。

 でも、案外そう言うのも忘れちゃうんですよね……」


 ……薄情、と言うことでは無くて……。

 人間の記憶なんて、大体はそんなものだ。

 身近な人だったとしても、時間を経れば、写真でも無い限りは徐々に忘れていってしまう……。


「それならルークさんに、似顔絵を描いてもらえば良いのでは?」


「あっ! ……それ、良いですね!!」


 そう言えばルークは、似顔絵を描くのがとても上手いのだ。

 今ならまだ、お願いをすればきっと見事に描いてくれるに違いない。


 私が描くと、どうしてもデフォルメチックになっちゃうからね。

 時間が出来たら、私も似顔絵の練習でもしてみようかなぁ……。



 ……少し前向きなことを考えていると、そのまま、何となく前向きになった気分がした。



 グリゼルダの死を乗り越えて、私にも少しくらい、耐性が付いてきたのかもしれない。

 エマさんとは、グリゼルダほど交流を持っていなかったから、単純には比較が出来ないけど……。



「――さて。

 アイナさん、そろそろお屋敷に戻りませんか?」


「そうですね……。

 名残惜しいですけど、ここにはいつでも来られますし……」


「案外ここ、近いですからね。

 エマさんが寂しがらないように、ちょこちょこ来てあげましょう!」


「そのときは、ついでにヒマリさんたちにも話していかないと」


「ついでって♪」


「……いやぁ、ヒマリさんたちは最後まで敵だったじゃないですか。

 だからちょっと、エマさんとは違うかなぁ……って」


「あはは♪ 確かに最初から最後まで、命を狙われちゃいましたもんねー」


「やっぱり、出会いって言うのはとても大切ですよ……。

 出来れば私、誰とも敵対しない人生を歩みたいですから……」


「それは理想的ですよね……。

 でも、ゼリルベインさえどうにかすれば……アイナさんなら、出来ちゃうのでは?」


「……そう、ですか?」


「そう、ですよ!

 だからまずは、平和な世界を目指しましょう!!」



 ……平和な世界。

 確かにそれは、私たちの目指す場所だ。


 しかし、最終目標では無い。


 ……平和な世界を作って、そしてそこで、平和に暮らす。

 それこそが、私たちの最終目標なのだから……。

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[一言] オラクルリバースはしなかったのかな?
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