746.ヴィオラさん②
ヴィオラさんと別れたあと、私はセミラミスさんの部屋に向かった。
今回は直接お話が出来たことだけ伝えて、引き続き私が様子を見ることになった。
次は明日になるのかな
少し遅くなったけど、これからエマさんのお見舞いにも行かなきゃいけないからね。
急いでエマさんのお見舞いに行くと、彼女の体調は昨日と同じような状態だった。
今日は雑談をすると決めていたから、難しい話は一切無し。
話をしていて、エマさんは私と同じ世界の出身だと言うことが確定した。
そもそもの趣味が全然違ったから、あまり話は合わなかったけど――
……しかし一般的なことであれば、同じ知識を共有していた。
私は同郷の仲間は特に要らない……とは思っていたけど、昔の話が出来ると言うのは、想像以上に楽しいものだった。
タナトスとも出会いが違えば、もっとこんな話が出来ていたのかもしれない……。
……まぁ、今さらなんだけど。
それなりに話をしたところで、また明日に来ることを約束してから、私は帰ることにした。
雑談ばかり……と言うことをエマさんが気にしてしまったので、明日はまた別の話をすることなった。
それなら、私も聞きたいことをしっかりまとめておこうかな。
……悲しいことを言ってしまえば、エマさんはいつまで生きていられるかが分からない。
それこそ明日にでも死んでしまうのかもしれないのだから、聞けることは早目に聞いておかないと……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食後、私は自分の部屋でくつろいでいた。
今はリリーとミラも一緒だ。
でも、このあとはまたセミラミスさんの部屋で作業があるらしい。
「二人って、とっても働いてくれてるよね……。
今はどんなことをやってるの?」
「えっとねー。
私は、はわわのお手本通りにお絵描きをしてるの!」
『はわわ』と言うのは、リリーがセミラミスさんを呼ぶときの名前だ。
そろそろこれ、注意をしても良いのかなぁ……。
でも、本人たちは気に入っているみたいなんだよね……。
「……って、お絵描きをしてるの?」
「なの!
何か、不思議な文字……らしいの!」
「へー……?
魔法用の文字とか……なのかな。
ミラの方は何をしてるの?」
「私はセミラミス様の指示に従って、いろいろな言葉を書き連ねていますわ。
呪文に最適な構成を探す……と言っておられました」
「ほほー……。
うーん、私には分からないなぁ……」
「私も分からないの!」
リリーは笑顔で言い切った。
もしかしたら、私と『分からない』と言うところで一緒だから……なのかもしれない。
「ヴィオラさんがいれば、本来はもっと効率的に出来る……とも言っておられましたわ」
「なるほど……?
少し、泥臭い作業なのかな……」
「泥ー?
ママー、たまには泥遊びもしたいのーっ」
「え? は、話がすっ飛んだね……。
んー、そうだねぇ。もう少し、暖かくなったらかなー」
季節は春になった頃……ではあるが、グリゼルダがいなくなった影響か、やはり寒さが出てきた気がする。
凍て付くほどでは無いが、さすがに泥遊びは控えておきたいところだ。
「ところで、セミラミスさんの部屋には何時くらいに行くの?」
「今日はやることがあるって言ってたから、それが終わってからなの!」
「やること?」
「はい、研究の重要なところだそうで……。
慎重にやる必要があるからと、私とリリーは休憩させて頂いているのですわ」
「あ、そうなんだね。
セミラミスさんも、頑張ってくれてるなぁ……」
……彼女は今、かなり必死にやっているはずだ。
何せグリゼルダから、多くのことを託されてしまったのだから。
それに加えて、今回の戦いは彼女の目指すところへの第一歩。
戦いの先には、水竜王になるための道が待っている。
……いや、待ってはいないか。セミラミスさんがこれから、一歩ずつ切り開いていくのだから……。
トントントン。
不意に、扉がノックされる音が聞こえてきた。
扉を開けると、そこにはセミラミスさんが立っている。
「あ、セミラミスさん」
「お邪魔します……!
私の作業が終わりましたので……、二人をお迎えに来ました……」
「だってさ、二人ともー」
「なの! はわわの部屋に行くの!」
「あ、リリー! 私も行きますわ!」
リリーとミラは、争そうようにしてこの部屋から出て行ってしまった。
この辺り、難しいことはやっていてもさすがに子供か……と思ってしまう。
「それではセミラミスさん、二人のことをお願いしますね」
「かしこまりました……!
……ところでアイナ様、お願いがあるのですが……」
「え? 何ですか?」
思い掛けない、セミラミスさんからのお願い。
「……実は先ほどまで、シェリルさんから託された水晶玉の……解析を行っていたんです……」
「ああ、虚無属性の発動情報を書き込んだって言う……。
……もしかして、上手くいっていなかったんですか……!?」
水晶玉は、シェリルさんが命を賭して遺してくれたもの。
まさか、記録に失敗していたなんてことが――
「……あ、いえ……。
そうでは無くて……あの、一番最初のところに、おかしな文章があって……」
「おかしな……?」
「『デナ・ダラ・ゴルレモーラ・グライブ』……。
そんな文章が、一番最初に記録されていたんです……」
「……んん? 何語ですか……?」
「分かりません……。
文字自体は私たちが使っているものだったのですが……、単語からして全然違っていて……。
……言語と言うか、暗号なのかも……?」
「発動情報の一部……だったりはしないんですか?」
「最初のその部分は……、全体的な情報を記録するところでしたので……。
……だから、発動情報とかでは……、無いとは思うのですが……」
「ふむ……?
えっと、それで私はどうすれば……?」
「はい……。
研究自体は進めることは出来るのですが、少し心配になってしまって……。
……だから、ヴィオラさんに……心当たりが無いかだけ、聞いてもらえないでしょうか……」
「ああ、そう言うことでしたか……。
分かりました。……えっと、もう一回、言って頂けます?」
さっきの流れで、さすがに一発で覚えられるほど記憶力は良くない。
「……と、思いまして……。
メモを持ってきました……!」
そう言いながら、セミラミスさんは小さな紙を渡してくれた。
そこには綺麗な文字で、先ほどの謎の文章が書かれている。
「……ん、分かりました。
それじゃ、ヴィオラさんに聞いてきますね」
「お、お願いします……。
私も、行った方がよろしいでしょうか……」
「ああ、大丈夫です。
みんなに迷惑を掛けてるときって、みんなの顔が見にくいものなんですよ。
……私も、そうでしたから」
「わ、分かりました……。
それでは、よろしくお願いします……」
「はーい!
それじゃ、セミラミスさんは部屋で待っていてくださいね!」
「はい……!」
……時間は夜。
でもセミラミスさんは急いでいたし、こんな時間ではあるけど、ヴィオラさんのところに行ってみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トントントン。
「ヴィオラさーん。起きてるー?」
日中と同じように、私は扉の前からヴィオラさんに呼び掛けた。
これからはすぐに出て来てくれる……とは言っていたものの、もしかしたらもう寝ているのかもしれない。
そうしたら、今日は素直に諦めることにしようかな。
しかしヴィオラさんはまだ起きていたようで、しばらくすると出てきてくれた。
「おー……、アイナじゃん。
こんな時間に、どうしたんだ……?」
「ごめんね、寝てた?
ちょっとゼミラミスさんが聞きたいことがあるって……。
で、私はその中継役……みたいな感じ」
「ああ……、セミラミスにも迷惑を掛けているからな……。
すぐに分かることくらいなら……まぁ」
「ん、ありがと。
えっとね、『デナ・ダラ・ゴルレモーラ・グライブ』……って、何のことか分かる?」
「はぁ……?
えぇっと、『左側、下から7番目の手紙』……だろ?」
「え、分かるの!?
セミラミスさん、こんな言葉は見たことが無いって言ってたけど……」
「そりゃ、俺とシェリルが作った暗号だからな……。
……ん? あれ? ……どうしてセミラミスが、その暗号を知っているんだ?」
「シェリルさんが遺してくれた水晶玉の……一番上の方に、記録されていたみたいだよ」
「シェリルの……?
『左側、下から7番目の手紙』――」
……ヴィオラさんは少し考えたあと、ハッとしたような顔をしてから部屋の中に駆け込んでいった。
入り口からその様子を見ていると、彼女はタンスから大きな箱を取り出して、急いでそれを開けていた。
……その中にあったのは、手紙の束。
ヴィオラさんは慌てて数えながら、ひとつの封筒を手に取り、両手でそれを握りしめた。
そんな光景を見ているうちに、私の足は自然とヴィオラさんの方へと向かってしまう。
「……ヴィオラさん、それって……」
「俺が……、俺がシェリルに出した手紙なんだ……!
シェリル、返事は全然くれなかったけど、もしかして……!!」
……しかしヴィオラさんは、その封筒を開けようとしない。
もしもそこに何も無ければ……。
そう思うと、恐ろしいものがあったのだろう。
「……きっと、大丈夫だよ」
「そ、そうかな……。そう……だよ、な……。
それじゃ……」
「ん」
ヴィオラさんは静かに封筒を開けて、中から便箋を取り出した。
それを見た瞬間、ヴィオラさんの目には、見る見るうちに涙が溜まっていく。
「……っ!!
これ……。これ!! シェリルの手紙だ……っ!!
な、何だよ……。全然返事をくれないと思ったら、こんなところに隠していやがったのかよ……!!」
……そのまま便箋を抱き締めるヴィオラさん。
私は途端に、この場所にいるのが申し訳なくなってしまった。
「……私、戻るね。
何かあったら、呼んでね」
「お、おう……。
……うん……、ありがとな……」
私は音を立てないように部屋を出て、そして静かに扉を閉めた。
……まさかこんなルートで、シェリルさんの遺言の場所を知ることになろうとは。
でもこれがきっかけで、ヴィオラさんも立ち直ってくれると……嬉しいな。




