743.エマさん②
エマさん。
タナトス。
ヒマリさん。
ベルフェゴール。
ショーコさん。
タケル。
――これが、ゼリルベインが生み出してきた転生者たち。
なるほど、確かに6人いる……。
エマさんの言う通り、転生者の人数は、神様の人数と同じになっていた。
ちなみにゼリルベイン本人は、そもそも転生者を生み出す力は無かったそうだ。
だからこそ、7人ではなく6人――
「……それに加えて、絶対神アドラルーン様の転生者である私……ですか?
と言うと、この世界にはもう、転生者はいない……?」
「はい、そのはずです。
また時代を経て、世代が変われば、再度生み出すことは出来るそうですが……」
昔の話で言えば、コジローさんの故郷の祖先が転生者……という話もあった。
そんな感じで、時代が変われば話はきっと別になる。
しかし、今この時代の転生者としては打ち止めになるのだろう。
……つまり、私とエマさんが最後の転生者。
そう言うことになってしまうのかな。
「少し、心配だったんですよ。
ゼリルベインをここまで追い詰めましたけど、また新しい転生者をけしかけられないかな……、って」
でもこのまま、ゼリルベインが手の者を送り込めないと言うのであれば……、私は遠慮なく、神器を作ることが出来る。
次の戦いに向けて、ジェラードの神器を作ることが出来るのだ。
「……ひとつだけ。絶対神アドラルーン様の場合は例外のようでした……。
時間を空けずに、同時に何人も送り込める……と言う話で」
「え。
そ、それならもっと送り込んでくれれば良かったのに……!!」
きっと絶対神アドラルーン様は、ゼリルベインとの戦いのために転生者を……私を生み出したはずだ。
それなら私ひとりだけではなく、もっとたくさんの転生者を生み出してくれれば良かったのに……?
「実は、絶対神アドラルーン様は何人かを転生させていたそうなんです……。
でもゼリルベインは5人ほど、殺したと言っていました」
「……は?」
「私には良くは分からないのですが……。
この世界に突然、歪な強さを持つ者が現れると、それを察知出来たそうです」
「な、何それ……?
え? 歪な強さ……?」
「転生者と言うのは、この世界には突然現れますよね……?
常人とはかけ離れた力が、突然この世界に現れるのです。
そこに不自然さを感じることが出来る……、そうで」
「ふむ……」
エマさんは私に説明をしようとするが、彼女自身も良く分かっていなさそうだった。
確かに神様の感覚なんて、理解する方が難しいだろうからね。
「……世界の架け橋。
この世界と、私たちの世界の接点……。
そこを監視することで、ある程度分かるそうなんですが……」
「……なるほど、凄いですね……。
って、あれ? でも私、ゼリルベインにはずっと襲われてきませんでしたけど……」
「アイナさんの場合は、その……。
……戦闘力としては、弱かったので……、はい」
「え、えぇーっ!?
そう言う理由なんですかーっ!?」
……いや、逆か。
戦闘力を高くすると殺されてしまう。
だから絶対神アドラルーン様は、私を弱いまま転生させたのだ。
でも本当に弱いだけだと何の役にも立たないから、普通の強さとは少し違う、技術職のスペシャリストを生み出そうとしていた……。
……それが、錬金術師。
「今でこそ、アイナさんはゼリルベインと戦うほどに強くなりました……。
でもそれは、この世界で得た力……ですよね?
さすがにゼリルベインも、そう言うのは見つけることが出来ない……とボヤいていました」
「はぁ……。なるほど……」
……何だかもう、絶対神アドラルーン様の手のひらで転がされていた気分しかしない……。
実際のところ、ゼリルベインのことは結構なところまで追い詰めているし……、ことは理想的に進んでいる、のだろうか……。
そう考えると、最初から全部教えてよー……とも、なかなか言い難いところになってしまうか。
教えてくれなかったからこそ、今があるわけだし……。
でも、かなり運が良かったんだろうなぁ。……私も、絶対神アドラルーン様も。
……逆に言えば、ゼリルベインとしては運がかなり悪かったことになるのだろう。
搦め手で生み出されたような私に、自身の存在がかなり脅かされてしまっているのだから……。
「だからまた、また別の転生者が……。
絶対神アドラルーン様の転生者が、アイナさんのところにひょっこりと現れる可能性もありますよ」
「でももう、そう言うのはいないので慣れちゃってますからね……」
……転生者だからって、気が合うとは限らない。
それに最初こそ懐かしい話は出来るだろうけど、ずっとそんな話をしているわけにもいかない。
だから別に、私はどうしても同郷の仲間が欲しい……とは思っていなかった。
案外さばさばしているとは思うけど、そもそもそう言う仲間が欲しいのであれば、もう少しタナトスにも執着していただろうしね。
「アイナさんには、この世界に仲間がたくさんいますから……。
きっと、寂しくは無いのかもしれませんね。
でも、それこそがアイナさんの頑張ってきた証……なんだと思います」
「えへへ♪ そう言って頂けると、やっぱり嬉しいですね♪」
良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、しあわせなことも不幸なことも。
この世界ではいろいろな出来事があった。
だからこそ、私はこの世界には愛着を持っている。
だからこそ、この世界を滅ぼさせたくは無い――
「……ごほっ、ごほっ……。
……す、すいません……。少し、話し過ぎてしまいましたね……」
「あぁーっ! こちらこそ、すいません!
体調、しんどかったですよね……!?
薬をいくつか置いていきますので、先生と相談しながら飲んでみてください……!」
……さすがに一発で治らないのであれば、その辺りはエマさんを診てくれている先生に委ねたかった。
私が横からあーだこーだ言うと、ややこしいことになっちゃいそうだからね。
「ありがとうございます……。
……あとは、何か伝えなくちゃいけないことはあったかな……」
エマさんは引き続き、頭を動かしてしまっている。
少ない時間で何を優先させるか。
しかしそこで悩まさせると言うのも、少し本末転倒のような気がしてしまう。
「今日はもう、大丈夫ですから。あんまり無理はしないでください。
また明日、お見舞いに来ますから」
「……あ、そうですか?
分かりました、お待ちしてますね……!」
エマさんはそう言うと、私に向かってにっこりと微笑んでくれた。
今日は出来なかったけど、明日はもう少し楽しい話をしても良いかもしれない。
病床にいるとき、真面目な話ばかりだと気が滅入ってしまう。
真面目な話は必要ではあるけど、それだけである必要も無い。
……明日は何の話をしようかな。
今日のうちに、ネタ出しくらいはしておくことにしよっと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お疲れ様♪」
私がエマさんの部屋から出ると、ジェラードが明るい声で話し掛けてきた。
テレーゼさんのときと同様、今回も気を遣って、部屋の外で待ってくれていたようだ。
「……いや。入ってくれば良かったのに」
第三騎士団の団員たちは別として、ジェラードの一人くらいなら別に問題は無さそうだし……。
今回は結局、最初から最後まで、エマさんは私としか会っていないような形になってしまっていた。
「うーん、僕が会ってもね……。
むしろ向こうの方が、やっぱり気を遣いそうだし……?」
「そうですかね……?」
……まぁ、そうなのかな。
エマさんからすれば確かに、突然変な色男が来襲してしまう形になるわけだし……。
「それで? 良い話は出来た?」
「はい、真面目な話だけになっちゃいましたけど……。
でもまた明日もお見舞いに来て、そのときは別の話もしてみようかなー……って」
「彼女も、この街には知り合いはいないだろうしね。
きっと喜んでくれるよ」
「……あ、そっか。
唯一の知り合いの、ゼリルベインがいなくなったわけですから……」
……ゼリルベインは敵、である。
しかしエマさんにとっては、つい先日までは仲間だったのだ。
いや、仲間と言うか……、加護をくれていた主……だけど。
ただ、良くも悪くも、エマさんにとっては圧倒的な存在だったはずだ。
それが突然いなくなって……。
この世界での後ろ盾が、突然無くなってしまって……。
……そう考えると、彼女は今、とても不安であるに違いない。
それに加えて、もう治らないような障害を身体に負ってしまったわけだし……。
いくら転生者だとは言っても、精神的には案外未熟なものだ。
何せ元々、普通の人間が転生をして来ているのだから……。
「……それじゃ、アイナちゃんが支えてあげないとね♪」
私の顔に、その辺りの不安が出てしまったのだろうか。
ジェラードは優しく、そんなフォローをしてきてくれた。
「……そうですね!」
エマさんは奇跡的に、生き残ってくれた。
しかし、いつまで生きられるのかは分からない。
それならせめて、生きてくれている間くらいは……。
……明るい気持ちでいられるように、私も何とかしてあげないといけない……、よね。




