741.海を眺めて
……第四の神器が、現実のものになってきた。
と言うか、素材はもう揃っている。
だから今にでも作ることは出来るんだけど、果たして今作っても良いのだろうか。
神器を作れば、『世界の声』がそれを世界に伝えてしまう。
ゼリルベインがそれに反応して、早々にちょっかいを出してきても困るのだ。
……本人が動けなかったとしても、例えば転生者がまだ残っているとか……。
その辺りについてはみんなで相談をして、エマさんに話を聞いてみよう、と言うことになった。
エマさんはゼリルベインと一緒に、この世界にやってきた。
つまり彼女は、ゼリルベインの転生者たちを全員知っているはずなのだ。
……そんなわけで、話し合いは一旦解散。
各自それぞれ行動をしてから、再び夜に話し合いを持つ予定だ。
このあと、私はジェラードと一緒にグリゼルダのお墓に行くことにした。
ルークは騎士団の方をまわるらしい。
エミリアさんも、それならばと魔法師団の様子伺いに。
今日は情報収集って感じになるのかな?
……私も、お墓参りのあとにはエマさんを訪ねることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさあああああああああんっ!!!!」
お屋敷を出たところで、大きな声が響いてきた。
どこからどう聞いても、これはテレーゼさんのものだ。
「……あ、おはようございます」
「はい! おはようございますっ!!」
「わぷ!?」
挨拶をしながら、テレーゼさんはそのまま私に抱き付いてきた。
その抱き付くパワー、スピードは共に一級品だ。
「アイナさーんっ!!
わーんっ、心配したんですよぉーっ!!」
テレーゼさんは抱き付いたあとも、頬をぐりぐりと押し付けてくる。
……今までよりも、全体的にパワーアップしているような気がする。
「あはは……。
すいません、ちょっといろいろ……ありまして」
そう言うと、テレーゼさんは名残惜しそうにようやく身体を離してきた。
「……心中、お察しいたします……。
グリゼルダ様……のこと、ですよね」
私に引きずられてか、テレーゼさんも神妙な顔をしてしまった。
「……この1週間、私も塞ぎ込んじゃったんですけど……。
でも、グリゼルダはそれを望んでいないかなって。
だから、私は早く立ち直らないといけないかなって……」
「うぅ~……。
アイナさん、ほどほどに……無理はしないでくださいね……」
「うーん、分かりました!
無理しない程度に無理します!」
「えぇーっ、何ですかそれーっ!?」
……さすがに今は、無理をしなければいけない時だ。
ただ、あまりに無理な無理は止めておこう。
良い感じの無理までで、何とか頑張ることにしよう。
……何を言っているんだ、私は。
「……あの、すいません。これからちょっと出掛けるので……。
テレーゼさん、毎日来てくれて、ありがとうございました。
また今後、ゆっくりお話させてくださいね!」
「ふみゅ……、分かりました!
美味しいお菓子を用意しておきますから、絶対に遊びに来てくださいね!」
「はい、是非!
近々、また連絡しますので!」
「はーい! 楽しみにしてますっ!!」
そんな約束をしてから、私はテレーゼさんと別れた。
こんなときではあるけど、息抜きの時間くらいは必要だろう。
メリハリって言うのは大切だからね。
「……っと、ジェラードさーんっ?」
いつの間にか姿を消していたジェラードを呼んでみると、近くの木の影からひょっこりと出てきた。
忍んでる……。ジェラード、とっても忍んでる……。
「終わった?」
「終わりましたけど、そんなところで何をしてるんですか……」
「いやぁ、テレーゼちゃんとは久し振りに会ったんでしょ?
それなら僕は、お邪魔かなーって」
「そんな気を遣わなくても良いのに……。
あれ? 第三騎士団の人たちは?」
「ああ、あっちあっち。
みんな空気を読んでくれたみたいだよ!」
「そんな、全員で気を遣わなくても……」
……団員たちの足並みも、無駄に揃ってしまっているようだ。
この辺り、ルークの指導の賜なのだろうか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第三騎士団の団員には浜辺で待ってもらって、人魚の島には私とジェラードだけが渡った。
この島は基本的に外敵は来ないから、護衛は要らないのだ。
……とは言っても、今まで最終的な監視はグリゼルダが行っていた。
だから以前に比べれば、少しは危なくなってしまうだろう。
マイヤさんを始め、すれ違う人魚たちの表情は暗い。
自分たちを守ってくれていたグリゼルダの、突然の訃報。
それを考えれば、当然のことなんだけど……。
そんな中、私とジェラードはグリゼルダのお墓の前までやって来た。
私は昨日、来たばかりだけど……。
たった一日しか経っていないけど、何だかずいぶん久し振りな感じがしてしまう。
ジェラードは途中で買ってきた花束を、お墓の前にそっと置いた。
そして膝を付いて、目を閉じて祈りを捧げる。
……私はその間、遠くをふと眺めてみた。
ここは島の中の小高い場所にあるから、海が良く見える。
とても良い場所だ。
せめてグリゼルダも、少しくらいは喜んでくれると良いんだけど……。
「――……アイナちゃん、大丈夫?」
「え……?」
少しぼーっとしていると、祈りを捧げ終わったジェラードが話し掛けてきた。
「……涙、出てるよ……?」
その言葉に頬を拭ってみると、確かにいつの間にか、涙が出てしまっていたようだ。
特に悲しいとか、寂しいとか――
……いや、それはもちろんあるんだけど、今は全然意識をしていなかったのに……。
「ああ……、ごめんなさい……。
やっぱりなかなか、切り替えが出来ないみたいで……」
頭の中では切り替えたつもりではいた。
いや、この場所に来るまでは切り替わっていた……とは思う。
だから特に、問題は無い。
ただ、ここに来たときくらいは、少しくらいなら泣いちゃっても良いよね。
「……うん。
グリゼルダ様にはずっと、お世話になっていたからね……」
「……はい」
私たちはそのまま、しばらく海を眺めて時間を過ごした。
何をするわけでも無い。
何を語るわけでも無い。
冷たい風を浴びながら、それでもそんな時間が、私たちの悲しみを癒してくれるような気がしていた。




