739.朗報②
「アイナ様は……、『神力回路』と言うものを、ご存知ですか……?」
セミラミスさんは、そんな言葉で切り出してきた。
「あー……。グリゼルダから聞いたことはありますね。
人間の『魔力回路』に相当するものだ……って」
そしてその『魔力回路』と言うのは、魔力を消費したり、回復したりの流れ道を指す。
具体的に聞いたのは、グリゼルダから……くらいかな?
あとはマリサさんからも聞いたことがあるかもしれない。
「……ゼリルベインは、かつての戦いで……他の神々から、神力回路を破壊されていきました……。
最初は6つ……あったそうなのですが、他の神々との戦いで、どんどん壊されていったんです……」
「その辺りはふわっとは聞いていたんですけど――
……なるほど。神様たちも、タダではやられていなかったんですね」
「はい……。
それで、最後の神力回路は……光神ゼルゲイドによって破壊されたそうです……。
……そのあと、ゼリルベインはこの世界から離れていた……と、グリゼルダ様は仰っていました……」
「ふむ……?」
「でも、ゼリルベインは再びこの世界に現れてしまった……。
神力回路をどうにか、再び手に入れて……」
「あー……。ゼリルベインが今まで静かだったのって、もしかしてそれが理由ですか?
この世界にはずっといなかった……。ずっと、自分の回復に努めていた……」
「その通り、かと思います……。
そしてこの世界には……、エマさんと一緒に戻ってきたそうです……。
……エマさんも言っていました。ゼリルベインが、『久々に戻ってきた』……と、呟いたことを……」
「なるほど……。そうすると本当に、ここ数年の出来事だったんですね。
そのあと、タナトスを転生させて、ダリルニア王国に差し向けて――」
「……はい。
ここで、2つ目の朗報です……。
ゼリルベインの神力回路は、グリゼルダ様によって再び破壊されました……。
2つを回復させていたようですが、その両方を……」
セミラミスさんの言葉を聞いて、私はあのときの戦いを思い出した。
「確かに……不気味な音が、2回……聞こえましたよね……?
そうすると、あれがそうだったんですね……」
「はい……。
グリゼルダ様の行動を見るに、ゼリルベインの神力回路は……もう、残っていないはずです……」
あの不気味な音のあと、グリゼルダはゼリルベインのことを、何度も何度も殴っていた。
単純な物理攻撃では無かっただろうけど、それにしてもあれは迫力満点だった……。
その光景を思い出しながら少し震えていると、ルークが質問を切り出してきた。
「……セミラミス様。
つまりゼリルベインは、神の力をもう振るえない……と?」
神力回路が全て破壊されているのであれば、厄介な消滅の術は使われないことになる。
無差別にダメージを与えてまわる例の攻撃も無くなってくれるはずだ。
その言葉を受けて、エミリアさんも不思議そうに質問をしてくる。
「でも……。ゼリルベインは最後に、いくつか術を使っていましたよね……?
おかしな光の剣と、あとは転移魔法――」
「……確かに。
あれのおかげでグリゼルダはやられて、ゼリルベインには逃げられてしまったわけで――」
……と言うと、神力回路を破壊していても、戦いは引き続き続行……?
「はい……。
でも、私の見たところ……あれは強制的に術を使っているようでした……。
そこに、活路があるはずです……!」
「うーん? どういうことです?」
「神がこの世界に顕現する際……、『神力』が必要になるのです……。
ゼリルベインの神力は、もう回復をすることが出来ません……。
……そして、『神力回路』を介さずに神力を使っていたようですが……理論的には、消耗がかなり激しいはず……です」
「……ふむ。
エミリアさん、分かります?」
「何となくは……。
つまりゼリルベインに魔法や術を使わせ続ければ、いずれは神力が枯渇する……と?」
「はい……。
それも、かなりのスピードで消耗していく……かと思います……。
……とは言え、どれだけの時間が掛かるのかは分かりませんが……」
「なるほど……。
でも、また何百年も回復に充てられたら、今回みたいな感じで堂々と襲ってくるでしょうし……」
そのとき、今いる仲間はどれだけ残っているのだろうか。
セミラミスさんと、リリーとミラくらいじゃないかな……。
そんなことを考えてしまうと、私はふと寂しくなってしまった。
……でもまぁ、そんな未来のことを今から考えていても仕方が無いか。
「それはそうなんですが……。
でも、ゼリルベインにもプライドはあるはずですから……。
ある程度まで回復したら、早々に戻って来てしまうのでは……」
「それでも、神力回路のひとつくらいは回復させたいですよね?
となれば、軽く100年は掛かるのでは……」
「た、確かに……。
アイナ様が不老不死のこと、ゼリルベインは知っていたのでしょうか……」
「知らなかった……とは思いたいですけど、ちょっと分かりませんね……。
でも、『全員滅ぼしてやる』……って言っていたし、これってルークとエミリアさんも対象ですよね?」
「ぬぅ……。
しかしすぐに来るのであれば、私はアイナ様をお守りすることが出来ると言うものです」
……さりげなく前向きに考えるルーク。
その辺り、さすがと言うべきだろうか。
「うぅん……。
いつか攻められるのであれば、私たちから攻めていければ良いんですけどね……」
「……あっ」
「え?」
私の言葉に、セミラミスさんは小さく声を出した。
そしてそのまま、独り言を続ける。
「そうですね……。そうですよ……。
何も、ずっと待っている必要はありません……。
……ああ、でも……難しい……でしょうか……。でも……」
「そう言えばセミラミス様。
ゼリルベインはどこに逃げたんでしょうか?」
エミリアさんの質問に、私もそう言えば、と思ってしまう。
ゼリルベインはそのことを好意的には思っていなかったようだし……。
……むしろ戻りたくない、くらいの印象もあったかな。
「……恐らく、『神々の空』と、呼ばれる場所かと……。
この世界に顕現していない神々は、その場所にいた……と、聞いています……」
「へぇ……。
神様の世界、ですか……?」
天国、とはまた違うのだろう。
世界観にはよるだろうけど、いわゆる『神界』とか、そう言う名前で呼ばれる場所になるのかな。
「場所さえ分かれば、あとは行くだけですね。
セミラミス様、そこへは行くことが出来るのですか?」
ルークは具体的に話を詰めていこうとする。
さすが現実的、と言ったところか。
「いえ……。あの場所は、神々にしか行くことが出来ないはず……。
……あ、そうですね……。でも、もしかしたら神器があれば――」
「「「え?」」」
私とルーク、エミリアさんは、思わず自分の神器を見てしまった。
まさかここで、神器の存在が出てこようとは。
「……もっと調べないと分かりません……。
でも、神の力を振るうことの出来る、唯一の存在……。
それならば、その力を利用して……、何とかなるかも……」
「おぉー!
可能性としては、大きそうですね!」
向こうの準備が出来ないうちに、こちらから奇襲を仕掛ける。
敵の方が格上なのだから、そんな戦術でも仕方が無い。
正々堂々……なんてことは、今は言っていられないのだ。
「と言うことは……。
その場所に行けるのは、アイナさんとルークさん、あとは私だけなんですよね?
……三人だけで、ゼリルベインを倒せますかね……」
「うぅーん……。
でも、神器は他に無いですからね……」
ルークの神剣アゼルラディア。
エミリアさんの神杖フィエルナトス。
そして私の神煌クリスティア。
この世界に存在する神器はこの3つだけ。
つまり、ゼリルベインとの戦いもこの三人だけで――
「アイナちゃああああああんっ!!!!」
バターンッ!!!!
「うわぁっ!?」
「むっ!?」
「あっ!」
「ひぃっ!?」
……突然の音と共に、客室の扉は開け放たれた。
そして入口に立っていたのは、息を大きく切らしたジェラードだった。
……あ。
ジェラード、お久し振りーっ。




