738.朗報①
セミラミスさんと話をしたあと、私は客室にルークとエミリアさんを招き入れた。
私とセミラミスさんを加えて、合計4人。
ここからはこのメンバーで話を進めよう。
「それではセミラミスさん、よろしくお願いします」
「……はい、かしこまりました……」
この1週間、ルークとエミリアさんは私のことに手一杯で、何も進めることが出来ていなかった。
それなら、セミラミスさんを中心にして話を進めたい……と思ったのだ。
「まずは、何の話をしましょう」
「細かいことはたくさんあるのですが……。
まず、最大の懸念事を……」
「ゼリルベインですね!」
セミラミスさんの言葉に、エミリアさんが反応した。
ゼリルベインの脅威は先日体感したばかりだから、とにかくここをどうにかしないといけない。
「ここ1週間は、特に何事も無く終わりましたが……。
次にいつ襲われるか、目途だけでも付けられれば……」
ルークも当然ながら、そんな心配をしている。
ゼリルベインが怪我を治して、再び襲ってくると言うのは恐ろしいことなのだ。
……そもそも、まともに攻めてくれれば良い方だ。
もしも遠距離から――それこそ寝てる間に、街ごと消滅させたとかでは……これはもう、洒落では済まされない。
「その辺りは、直近では恐らく大丈夫です……。
……エマさんから、それなりの情報を得ましたので……」
「え?」
不意に出てきたその名前に、私は驚いてしまった。
ゼリルベインと一緒に、この街を訪れていた転生者のエマさん。
確か身体を貫かれて、死んだと思っていたんだけど――
「……アイナさん、その顔……。
完全に忘れてます?」
「え? 何を?」
エミリアさんから指摘を受けても、私には何のことだか分からない。
救いを求めるようにルークを見ると、静かにゆっくりと教えてくれた。
……私たちが街に戻ってきたとき、第二騎士団の団員が街の中で保護したエマさんを連れていた。
てっきり死んでしまったものだと思っていたけど、懐に入れていたポーションが偶然割れていたようで、死には至らなかったらしい。
そして一旦はこのお屋敷に連れて来たが、今では治療院の方に移されているのだと言う。
……身体の中に欠損部分が出来てしまったから、あまり長くはもたないそうだけど……。
「アイナ様も、あのときは混乱をしていましたからね……。
エミリアさん、覚えていないのは無理も無いかと」
「な、なるほど……。
ところでエマさんの身体って、アイナさんなら治せそうですか?」
「うぅーん、どうでしょう……。
欠損、って言うところが不安ですね……」
普通の錬金術で考えれば、例えば『薬を掛けて、失った腕が元通り!』……だなんて夢のような話はあり得ない。
簡単な傷ならまだしも、部位がそもそも無くなってしまえば、回復の限界を超えてしまうのだ。
……しかし、欠損を補う薬が無いわけでも無い。
究極的なアイテムを見ていけば、そう言った薬もあるにはある。
ただ、素材の難易度がかなり高い。
それこそ普通には売っていないような、伝説級の素材が必要になってくるのだ。
「……エマさん、体調はまだ良いようなので……。
今は治療院の方で養生していますので……、アイナ様も、時間を見てお見舞いに行って頂けると……」
「そうですね……。
そっか、エマさんは生きていたんだ……」
これ自体、思い掛けない朗報だ。
ゼリルベインとずっと一緒にいたエマさんなら、有用な情報を持っているに違いない。
……いや。情報はもう、セミラミスさんが入手しているのか。
それでも、彼女は貴重な転生者。
彼女の元の世界の話だって、聞いてみたい。
ただの情報源では無い。彼女のことだって、もっと知っておきたい――
「……それで今回は、エマさんとグリゼルダ様から伺った話を総合して……。
分かったところまで、お話をさせて頂こうと思います……」
「はい、よろしくお願いします!」
「倒す算段が見つかれば良いですねっ!!」
「例え見つからなくても、何か糸口を掴まなければ……」
エミリアさんとルークも、聞く体勢を改めた。
そしてセミラミスさんから、様々なことが語られていく――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ゼリルベインは逃がしてしまいました……。
でも、まずは朗報が……2つ、あります……」
「朗報……!」
「……はい。
シェリルさんと、グリゼルダ様が……、残していってくれたもの……です」
……激しい戦いだった。
あんな戦いをまた繰り返せ……と言うのは、正直酷なものがある。
だから、その戦いを上手く乗り越えられる要素があるのであれば、それはとても心強いことだ。
「それって、一体何ですか?」
「まずは、シェリルさんが残してくれたもの……。
虚無属性の……、発動情報を記録した水晶玉……です」
「……あ、そうですよね!
あれって、解析は進んだんですか?」
「えっと、その……。
進められていないのですが……。その、アイナ様にお預けしていて……」
「うぇっ!?」
……私は慌てて自分の記憶を辿ってみる。
確かに戦いの最中、セミラミスさんから受け取っていた……。
そして戦いのあと、私は塞ぎ込んてしまっていたから……セミラミスさんには、受け渡すことが出来ていなかった。
……解析が進められなかったのは、完全に私の責任。
私は静かに、アイテムボックスから小さな水晶玉を取り出した。
「おぉー、これがそうなんですか!」
エミリアさんは水晶玉を覗きこんで、ふむふむと頷いていた。
ルークも遠目ではあるが、しっかりと確認している。
「す、すいませんでした……。
いや、ここは謝らせてください……」
……セミラミスさんにはもう謝らないとは言ったものの、それはグリゼルダのことでだ。
こういうミスは、素直に謝らせてもらおう。
「いえ……。
それでは……この水晶玉は、返して頂きますね……。
速やかに、解析を進めたいと思います……」
「セミラミス様。これを解析をすると、何が出来るようになるんですか?」
「最初は……虚無属性を何とか封じられないか、と言うことでしたが……。
でも、エマさんのユニークスキル『白の陽炎』に並ぶものは出来ないかと思います……」
「あぁー……。
確かにあれは、凄かったですからね……」
「はい……。
そもそも、私たちは……転生者たちの、虚無属性の攻撃を封じようと……していたんです……。
……そのレベルならまだしも、虚無の神の力は……無理だと、判断しました……」
「『白の陽炎』でも、ゼリルベインを抑えるのは大変そうでしたもんね。
いちいち空間が軋んでいた……と言うか」
「うーん、封印魔法がダメ……となると、攻撃魔法にする感じですか……?」
「……その辺りはまだ分からないので……。
でも、出来るだけ戦いに役立つように……仕上げるつもり、です……」
「……うん、分かりました。
何かお手伝いがあることがあれば、教えてくださいね」
「あの……それなら、リリーちゃんとミラちゃんに、お手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか……。
本当であれば、ヴィオラさんにお願いしたかったのですが……」
セミラミスさんは申し訳なさそうに聞いてきた。
リリーとミラも何かしらのお手伝いはしたいだろうから、これは特に問題は無いだろう。
「分かりました、二人にも言っておきますね」
「ありがとうございます……。
それでは次の話――
……グリゼルダ様に、残して頂いたものになります……」
「グリゼルダに、ですか?
ちょっと想像付かないですね……、一体何だろう……」
グリゼルダは、戦いの終盤で突然乱入してきた。
そして戦いを一気に終わらせる流れに導いたんだけど……。
……その間に、何かを残してくれた……?
しかしセミラミスさんから語られたのは、とんでもないお土産だった。
それこそ、私たちの勝利の可能性を大きく上げてくれるような――




