737.決意
朝食後、セミラミスさんと客室へ。
ルークとエミリアさんには、客室の前で待機してもらうことになった。
「……アイナ様、お時間をありがとうございます……!」
「いえ、全然大丈夫ですよ。
それに私も、改めて謝りたかったですし……」
「……グリゼルダ様のことでしたら……大丈夫、ですから。
その気持ち、分かります。……むしろ、あんなに悲しんで頂いて……はい。
……だから、謝らないでください……」
セミラミスさんは私の考えを先回りして、謝罪を拒否するように振る舞った。
そう言われてしまうと、私としても謝り難くなってしまう。
「うぅーん……。
……それでは申し訳ありませんが、食堂でした謝罪が最後と言うことで」
「はい……!」
それで納得がいってくれるなら、改めての謝罪は止めておこう。
……ただの気遣いなのかもしれないけど、セミラミスさんなら……多分、大丈夫のはず。
「ところでもう、本題に入っちゃいます?」
セミラミスさんと話すのも久し振りだから、私としては雑談からでも問題は無かった。
しかし今回はセミラミスさんに呼ばれたわけだから、ひとまず彼女の思うように進めてもらうことにしよう。
「えっと……、はい。
アイナ様はお忙しいと思いますので……」
……今はそこまで、忙しくはないけど……。
ああ、でもやることはいろいろあるのか。
これから私は、きっと忙しくなるはずだ。
「分かりました、それでは本題からで。
ルークとエミリアさんも待たせていますし、そう言えばそうですよね」
「あはは……、確かに……。
……えぇっと、これからのお話を……させて頂こうかと……」
「はい!」
セミラミスさんはソファーの上で姿勢を改めると、私をまっすぐに見つめてきた。
やはり話題はこれからのこと、ゼリルベインとの戦いのこと――
「……あの。
ゼリルベインを倒したあとの話なんですが……」
「へ?」
セミラミスさんの言葉に、私は肩透かしを食らってしまった。
何せ今の一番の大きな問題はゼリルベインの話なのだ。
まさかそれをすっ飛ばして、その後の話が出て来るとは……。
「す、すいません……。
……その、ゼリルベインとは全力で戦いますが……。
あの、私の……決意表明、と言いますか……」
「な、なるほど?」
確かに、ゼリルベインを倒すことが私たちの全てでは無い。
問題なく戦いに勝ったら、そのあともこの世界は続いていくのだ。
だからこそ、そのあとの話をしても全然問題は無い。
……でも、さすがに少しは驚いちゃったかな。
「えっと……、ゼリルベインを倒して、それで……タイミングを見て、ですね。
……私、この街から出て行こうと……思うんです」
「え!? な、何でですか!?
この街に、何か不満がありましたか!?」
「あ、そうではなくて……。
この街も、このお屋敷も……みなさんのことも、とっても……大好き、です。
でも……私、グリゼルダ様に……、託されましたので……」
セミラミスさんは、手元を見つめながらゆっくりと言った。
確かにグリゼルダの最期のとき、セミラミスさんは託されていた。
……私のことを。
この大陸のことを。
「むぅ……。
でも、出て行っても……、また、会えます……よね?」
「もちろんです……!
用事が済んだら、しっかり戻ってきますので……。
……グリゼルダ様から、アイナ様のことも頼まれていますから……!」
「え? あ、あれ?
ああ、そうなんですか……?」
「その……その辺りが、本題なんですけど……。
少し、その……照れくさくて」
「照れくさい?」
……もしかして、それが二人っきりで話している理由?
ルークとエミリアさんを呼んでいない理由になるのかな……?
「あの……。
私、以前グリゼルダ様と……北の大陸に行っていましたよね……?」
「はい、覚えていますよ。
長距離転移魔法を覚えてきたんですよね」
「はい……。
でもそれは、実は副次的なものでして……」
「あれ? そうだったんですか?」
私が質問を投げると、セミラミスさんは一呼吸置いてから話を続けた。
「……あれは、ですね。
私の……私が、試練を受けていたのです……」
「試練?」
「はい……。
……ところでアイナ様は、神々の話は聞かれましたか……?
グリゼルダ様が、お話をされたと思うのですが……」
……神々の話。
それは転生者のヒマリさんが亡くなったあと、人魚の島で聞いた話。
この世界にいる神々は、既に全員がゼリルベインに殺されている。
絶対神アドラルーン様だけは、この世界の外にいるからご存命らしいが――
「……はい。
全員が殺されたって聞いています。
それが何か?」
「いえ、直接は関係無いのですが……。
でも、似たようなお話なので……」
「似たような……?」
「……神々の眷属、竜王……。
グリゼルダ様もその一人でしたが……、神々の下に、それぞれ一人ずつがいたんです……」
「ふむふむ」
神様がいて、その下には竜王様がいて。
普通の竜は、竜王様の下に付く感じ。
……ただ、野良の竜の方が多いらしいんだけどね。
「実は……竜王の座も、半分が潰えているのです……。
グリゼルダ様が亡くなった今……あとは、三人の竜王様くらいのもので……」
「……え?
と言うと、もう半分しかいないんですか……!?」
今語られる、驚きの事実。
「……グリゼルダ様と同様、異空間に封印された方もいます……。
ゼリルベインとの過去の戦いで、命を落とした方もいます……。
神々がいない今、新たな竜王を迎えるのも難しく……」
「確かに、竜王様は大陸を加護していますもんね……。
グリゼルダは転生したせいで、この大陸全土を加護するのは難しくなっていましたけど……。
って、あれ? もしかして、グリゼルダの加護は――」
……無くなっている?
実感はあまり無いけど、そう言えば少し前の朝、この時期にしては寒かったような気がする。
「……はい。
グリゼルダ様の存在が失われた今……、今後、気候がまた不安定になっていくかと思います……」
「で、ですよね……。
また対応に追われないといけないのか……」
……私が出来ることは多い。
前回のときは私もかなり頑張ったけど、あれはあれで、時間がかなり割かれてしまったんだよね……。
「……少なからず、アイナ様も動くことがあるかとは思いますが……。
でも、今はファーディナンドさんが動かれていますので……」
「あ、そうなんですね!
さすがファーディナンドさん!!」
「……ファーディナンドさんには、ポエールさんからお話が行ったそうです……」
「おお! さすがポエールさん!!」
「……ポエールさんは、ルーシーさんとお話をしていて……気付いたそうですね……」
「さ、さすがルーシーさん!?」
……思いがけず、ルーシーさんまで遡ってしまった。
でも、あまり不思議な感じはしないかな。
ルーシーさん、そう言うところの感覚は鋭いからね。
「……気候変動の件は、既に経験済みなので……。
目先のところは、何とかなるのではないでしょうか……」
「そうですね……。
でも、根本的なところがなー……」
……竜王様がいないのであれば、今後は人間たちで頑張らないといけない。
他の大陸から、他の竜王様を連れてくるわけにもいかないからね。
「そこで……、あの、最初のお話に戻るのですが……」
「あ、はい」
……最初のお話。
それは、セミラミスさんの決意表明? ……のお話。
「……実は、ですね……。
私、空席になった水竜王……を、目指しておりまして……」
「え?」
その言葉に、私は耳を疑ってしまった。
そんな資格を取る感じで、竜王様ってなることが出来るものなの?
でも、セミラミスさんが水竜王様になって、ここにまた戻ってきてくれれば――
……加護という観点では、とても助かることになる。
何より、セミラミスさんがずっと一緒にいてくれることが嬉しい。
それならば、良いこと尽くめなのでは無いだろうか。
「そのためには……まず、ゼリルベインを倒さないと……なのですが」
「なるほど……!
良いじゃないですか! 私、完全に応援しちゃいますから!!」
「あ、ありがとうございます……!」
セミラミスさんは照れながらも、優しい顔で微笑んでくれた。
……彼女には、これから困難なことがたくさん待ち受けていくだろう。
だから出来るだけ、私もセミラミスさんのことを応援してあげないとね……!!




