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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第13章 神々の空へ
733/911

733.ルーシーさんの日誌

 こんなときではあるが、だからこそ、いつも通りにしなければいけないと思う。


 人間なんて、不安定なものだ。

 しかし不安定な人は、安定している人が支えてあげれば良い。


 逆にいつ、自分が不安定になるかなんて分からない。

 だからこそ、他人を支えるのは自分のためでもあるのだ。



『情けは人の為ならず。

 巡り巡って己がため』



 ……つまりはそう言うことだ。

 人を思いやることが打算的にも思えてしまうが、それはそれで仕方が無い。


 ……ただ、その上で。

 支えてあげたい人のことは、存分に支えてあげれば良い。

 見返りが無くても良いのであれば、その人の勝手にやれば良いのだ。


 最低限はあるだろうが、最大限なんて無い。

 人の『情け』なんて言うものは、きっとそう言うものだと私は考えている。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――それでは、出店計画は引き続き進行すると言うことで」


「はい、承知しました。

 それにしてもルーシーさん。出すお店がことごとく当たっていて、凄いですね!」


 ポエール商会の客室で、ポエールさんと雑談をする。

 本職のメイドでは、こんな場所に出入りすることは出来なかっただろう。


 しかし私はいくつかの店舗を経営し、全て軌道に乗せている。

 ありがたいことに将来も有望視されていて、そのおかげで大商人のポエールさんともやり取りが出来ているのだ。


 まさか、趣味の延長で始めたお店がこんなにも上手くいくだなんて――


 ……ただ、私の本分はメイド。

 アイナ様のお屋敷をクビになったら考えてしまうが、それまではずっとメイドを続けようと思っている。


「ポエールさんの支援のおかげです。

 本当にありがたく思っています」


「ははは、それは何よりです!

 ……このあとは、もうお屋敷にお戻りですか?」


「はい。仕事が残っていますので」


 ケーキ屋やパン屋の仕事をするときは、お休みは丸一日でもらうようにしている。

 しかし今は、そう言っていられる場合でも無い。


 正直、3時間だけ抜けるのですら気を遣ってしまう。

 もちろん今日だって、休憩時間を中心にして抜け出してきたわけだけど……。


「ところで……。

 アイナさんは、大丈夫そうでしたか……?

 私が行っても、お会いしてくれなくて……」


 ポエールさんは悲しそうに言うが、それは彼だけでは無い。

 アイナ様は今、基本的にはエミリアさんとしか会っていないのだ。


 ……お屋敷の前まで、心配して来る人も多い。

 特にあの、王都のお屋敷でも日参していた……テレーゼさん。


 今回も毎日、心配してちょくちょくと来ているようだ。

 ……それこそ1日に、2回も3回も。


「何かあれば、私から連絡をしますので……。

 今は少し、時間を頂けると……」


「まぁ、そうですよね……。

 何せあのグリゼルダ様が……、ですからね……」


「お強く、聡明で、美しい方でした。

 ……お酒を嗜まれるのも、また素敵で」


 私の言葉に、ポエールさんの目からは涙が溢れてきた。

 やはりこの街の初期から関わっているメンバー……と言うのもあるだろう。

 彼の心の中では、たくさんの思い出が駆け巡っているに違いない。


「う……っ。

 ……す、すいません。最近、涙腺が弱くて……」


「いえ、無理はなさらないでください。

 私もこう見えて、悲しい思いでいっぱいですから……」


 ……しかし私たちメイドは、その悲しみから早く立ち直らなければいけない。

 その気持ちを麻痺させてでも、立ち直らなくてはいけないのだ。


 悲しみに暮れるのは、みんなが立ち直ったあとで良い。

 そうしたら私たちは、ゆっくりと悲しみを癒していくことにしよう。


 ……だから、残酷ではあるけど。

 今、悲しむのはアイナ様にお任せしよう。

 まわりの私たちは、それぞれ出来ることをやっていかなくてはいけないのだ。



 ――……出来ること。

 私はもちろん、メイドとしてアイナ様を支えていく。

 しかしそれ以外にも、出来ることは――


「……さて。

 契約書の更新も終わりましたし、今日はこの辺にしておきましょう。

 他には大丈夫でしょうか」


 ……大丈夫、だろうか。

 ポエールさんも、やはり悲しみに振れてしまっている。

 いくら大商人と言えども、これでは……。


 もしかしたら、何か穴があるかもしれない。

 何となく私は、そんな気がしてしまった。


「……いえ。

 もう少しだけ、時間を頂いてもよろしいですか?

 特に何があるというわけでは無いのですが……」


「そ、そうですか……?

 私も正直、仕事が手に付かなくて……。

 兄のピエールなら、こういうときも頼りになるのですが……。

 私はどうにも……はい」


 そうは言うが、ポエールさんだって大したものだ。

 ピエールさんとは違い、まわりには突出したアドバイザーのような人材がいるわけでも無い。

 むしろその立ち位置は、アイナ様が収まっているような感じになっているのだけど……。


 引き続き、私はポエールさんと雑談をすることにした。

 さすがに話題が豊富で、話しているだけでもこちらの肥になっていく。


 普段であれば、彼はいつも忙しい。

 こんな風に時間を取ってもらうなんて、なかなか難しい話なのだ。



「――……とても、ためになりました。

 本当、時間が経つのが速いですね……」


「そ、そうですか? でも、少し疲れてしまいましたね。

 今朝は早く起きてしまって、そのあと全然寝付けなかったんですよ……」


「そうですね。気苦労もありますでしょうし……」


「……はい。

 あとは何だか、寒くなってしまって。

 この季節にしては、今朝は寒くなかったですか?」



 今は春。

 寒くなる日は普通にあるけど、それにしては確かに違和感のある寒さだった。


 ……違和感のある寒さ?

 それは何かを、物語っているかのよう……。



 ふと、アイナ様が王都からいなくなった頃を思い出した。

 あのときはしばらく、雨が止まなかったんだっけ……?。

 そしてそのまま、大凶作を起こすほどの寒い日々が――


「……光竜王様の、加護……」


「え?」


 私のふと零した言葉に、ポエールさんが聞き返してくる。


「アイナ様から聞いたことがあります。

 以前の、この大陸を襲った気候変動のこと……。

 ……光竜王様の加護が、切れたせいだ……って」


「ああ、私も聞いたことがありますね。

 それが何か――」


 ……そこまで言うと、ポエールさんははっと気が付いた。

 何を隠そう、グリゼルダ様こそが光竜王様なのだ。


 直接聞いた訳では無い。

 しかしダリルニア王国の一件で、それは公然の秘密になっていて――


「……もしかして、また……おかしな気候になってしまう……?」


「その可能性は高いかと……。

 だから早目に、対策を練っておくと良いかもしれません……」


「確かに……!

 こうはしていられない!! ルーシーさん、今日はこれで失礼します!!」


 そう言うと、ポエールさんは大慌てで部屋から出て行ってしまった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 お屋敷の厨房に戻ると、キャスリーンさんが夕食の仕込みを始めていた。


「あ、ルーシーさん……。

 ……お帰りなさい」


 さすがに彼女も、元気が無い。

 何せメイドの中で、アイナ様のことを最も信奉しているのだから。


「ごめんなさい、私もすぐに始めますから」


「あ……。まだ、休憩の時間ですので。

 私はちょっと……手持ち無沙汰で、やっているだけですから……」


 ……そう言うキャスリーンさんの手元は、やはり危ない。


 包丁と言っても立派な刃物。

 それを扱うとき、他のことに気を取られていてはいけないのだ。


「……大丈夫。

 私も、手を動かしたいところですから」


「そ、そうですか……?

 それなら一緒に、お願いします……」



 ――ひとまず今は、私もメイドの仕事に戻っておこう。

 考えたいことはたくさんあるけど、それはベッドの中まで置いておこう。


 悲しみはアイナ様。

 諸般の対策はポエールさん。



 ……やるべきことは、やるべき人がやれば良い。

 だから私は、メイドの仕事をこなしていこう。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、それ忘れてたなぁ
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