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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第13章 神々の空へ
732/911

732.ミュリエルさんの覚書

「参った……」


 私、ミュリエルは絶望していた。


 この世界には上手くいかないことなんてたくさんあるものだけど――

 ……それにしても、これは酷すぎる。


 私が何か、悪いことでもしたのだろうか。


 真面目に毎日、頑張っているのに。

 仕事も勉強も、最善を尽くしているつもりなのに。


 だから神様。

 今日くらいはどうか、本当にお助けください……。



「……ミュリエルさん?

 難しい顔をして、どうしたんですか……?」


「あ、ルーシーさん」


 メイドの中でも、安定感のあるルーシーさん。

 本気で困ったときにはクラリスさんだが、日頃の何気ない悩みはルーシーさんの方に行ってしまう。

 だからこそ、彼女も私の悩みを察して声を掛けてくれたのだろう。


「……まぁ、お鍋の前で悩んでいるようですから……?

 お料理のことだとは思うんですけど……」


「そ、その通りなんです……!

 ちょっと味見、してもらえませんか?」


「え゛」


 私の言葉を受けて、途端に声を詰まらせるルーシーさん。

 自覚はあるのだが、私はお料理が下手だ。

 いやむしろ、下手に作るのが上手いのだ。


 ……何を言っているのか、自分でもよく分からなくなってくる。

 でもそれが事実なのだから、これはもう仕方が無いことだろう。


「今回のは、美味しく出来ましたから!」


 私の説得に、ルーシーさんは随分と考えてから、ようやく折れてくれた。

 考えている間、あちこちを移動しているかと思えば……、彼女はいつの間にか、水の入ったコップを手に持っていた。


 むぅ……。

 いや、気持ちは分かる。でも本人の前で、ぐぬぬ……。


「……ひとくちだけ、ですからね?」


 その念押しも、私には追加のダメージになってしまう。


 ただ、今日の私は違うのだ。

 だからこそ、ずっと悩んでしまっているのだけど――


「それじゃお小皿に取って……。

 はい、どうぞ!!」


 私は熱々のスープをルーシーさんに渡した。

 ほかほかと上がる湯気が、何とも食欲をそそる。


 ……そそるんだってば!


「はぁ……。

 色は綺麗だし、香りもなかなかですね……」


「マーガレットさんに、私のとっておきの食材を買ってきてもらったんです。

 もし美味しく出来たら、これからも使っていきたいかも……!」


「なるほど……?

 それでは……、ひとくちだけ……」


「お願いします!」


 ルーシーさんは、私のスープを恐る恐る恐る恐る、口に運んだ。

 ……そのスピードの遅さに、私はやきもきしてしまう。



「――ッ!!!!?」


 スープの味がようやく確認できたのか、ルーシーさんは驚いた顔で私を見てきた。


「ど、どうですか……?」


「美味しい……っ!

 え? これ、ミュリエルさんが作ったんですか……?」


「はい、そうなんです……」


「信じられない……。

 少し変わった味はしますが……、こういう個性でしょうし……。

 これ、メインのメニューに加えても良いんじゃないかしら……」


「……はぁ。

 そうですよね……」


 やっぱり、美味しく出来てしまったのか……。

 おかしいなぁ……。


「……それで、何を落胆しているんですか?

 今まで散々、お料理を頑張ってきたじゃないですか……」


「そうなんですけど……!

 でも、何回作っても美味しくなっちゃうんですよ……!!」


「え?

 ……むしろそれで、何を悩むんですか……?」


 私だって、美味しく作ることが出来るのは嬉しいことだ。

 しかし今回は、残念ながら少し事情が違うのだ。


「うぅ……。

 これ、内緒の話ですよ……?」


「はいはい、もちろんですよ」


 ルーシーさんはまるでお姉さんのように、仕方が無さそうに先を促してくれた。

 こういうところ、相談に乗ってもらいやすいひとつの理由なんだよね。


「……アイナ様、あまり食べていないじゃないですか」


「そうですね。何せグリゼルダ様が――

 ……でも、スープは全部飲んでくれていますよね?」


 栄養を詰め込んだ、このお屋敷自慢の特製スープ。

 食欲の無いときには味の調整をするものの、それでもとっても美味しい逸品なのだ。


「……実はですね。

 あれ、エミリアさんが代わりに……、片付けているみたいなんです……」


「え? 何で……?」


「みんなに心配を掛けないようにって、アイナ様がお願いしているそうです……。

 だから、アイナ様は全然飲んでくれていないわけで……」


「……呆れた。

 今、他人の心配をしている場合ですか……」


 確かにそれも、その通りだ。

 こちらとしては多少の気遣いよりも、大きな心配を掛けて欲しかった。

 ……ある意味、アイナ様の心遣いは『残酷な優しさ』なのだ。


「それで、ですね……。

 エミリアさんが私に、スープを依頼してきたんです……」


「え? ……ちょっと分からないです」


 私の言葉に、ルーシーさんは真顔で聞いてきた。

 いや、真面目な話をしているから真顔で良いんだけど、それにしても表情をこうも一瞬で変えられると……。


「……美味しいスープでダメなら、私のスープを飲ませたい……って。

 以前も、私のスープで元気になってもらったことがあるから……」


「ダリルニア王国から戻ってこられたとき……ですよね?

 そう言えば、アイナ様も言っていましたね……。

 『強引に目覚めさせられたみたい』って」


「そうなんですよ~……」


 ふと、『元気になった』のとは違うような気がしてきた。

 でもまぁ、それはそれだ。今はそんなこと、どうでも良い。


「それで、いつもの不味(まず)……もとい、ミュリエルさんのスープを作りたかったんですね」


「はい……。

 でも今回に限って、全部上手くいってしまって……」


 私のお料理が美味しくなるのは嬉しいことだけど、それは次回からにしてもらいたい。

 今は私の、今までの味が求められているのだから。


「うーん……。

 もしかして、わざと不味(まず)……もとい、いつもの味を目指しているのが悪いんじゃないかしら……。

 いつも通り、美味しくなるように作ってみては?」


 ルーシーさんの助言に、私ははっとさせられてしまった。


 確かに、いつもと明確に違うところはそれだ。

 あの味は私の意図しないところで生まれるのだから、それこそ私もいつも通り作らなければ――


「……なるほど!

 分かりました、ルーシーさん! いつも通り、やってみます!!」


「が、頑張ってくださいね……」


 ルーシーさんの優しい励ましを受けて、私は再びスープ作りに臨んでいくのであった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――それじゃ、アイナさんに飲んでもらいますね。

 ありがとうございました」


「いえ、よろしくお願いします」


 エミリアさんは私のスープを持って、アイナ様の部屋に入って行った。


 ……上手く作れただろうか。

 いや、それはちょっと違うか。


 ……上手く下手に、作れただろうか。

 うぅ、自分で言ってて虚しくなってくる……。


「ミュリエルさん、無茶なことをお願いしてすいませんでした……」


 アイナ様の部屋の前には、ルークさんがずっと待機している。

 エミリアさんもルークさんも、顔には随分と疲れが出ているようだ。


 ……みんな、アイナ様のことが好きなのだ。

 私たちメイドだって、それは誰にも負けていないつもりだけど……でも、この二人にはきっと負けてしまうのだろう。


「お役に立てることがあれば、何でも結構ですので……。

 お気軽にご用命くださいね」


「ありがとうございます……」


「それでは、失礼いたします」



 ――本来であれば、私ももっと、この部屋の前にいたかった。

 仕事ばかりではなく、純粋にアイナ様のことを心配したかった。


 でも、今は違う。そうじゃない。


 ……まずはこのお屋敷の生活を守る。

 それこそが、メイドのみんなで共有した、ひとつの思いなのだ。



 廊下を歩いて階段を下りる前。

 私は歩みを止めて、自分に力を込めた。


 ……頑張ろう。

 頑張って頑張って、また以前のお屋敷を取り戻していこう。



 私の気持ちを後押しするように、遠くの方から声が聞こえてきた気がした。




「……不味(まず)うぅっ!!」




 ――……ってね。

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