73.それはそれで結果オーライ
昼過ぎ、私たちはコンラッドさんのお屋敷を訪問していた。
前回とは違う部屋に通され、コンラッドさんの到着を待つ。
『性格変更ポーション』を渡すことについては色々と考えはしたものの、最終的には『まぁ作れちゃうし、渡してしまおう』くらいの軽いノリに収まっていた。
人様の性格を変えるなんて大それたことだけど、まぁ……いっか!
「やぁやぁ、いらっしゃい」
「こんにちは、突然にすいません」
「いやいや! 例のものができたなら、早速試してみたいと思ってね!」
コンラッドさんはそう言いながら椅子に座った。
「――それで、それはちゃんと浪費癖は……治るんだろうね?」
「あ、作ることができたものはちょっと違いまして……」
「むん?」
少し不思議がるコンラッドさんに、『性格変更ポーション』を見せながら説明をする。
浪費癖は治るか分からないが、そもそもの性格を変える効果を持つアイテムだということを。
「……むぅ、性格自体を変えるのか……」
「はい。それが浪費癖に関するところなのであれば無くなることになりますし、別のところが変われば浪費癖は残るかもしれません」
「…………それは、賭け、だなぁ……」
まったくです。
「ちょっと危険なものなので、使わないで済むなら使わない方が良いかと思います。
でも私が作れるのはこれくらいなので、他のもので――ということでしたらこの依頼はキャンセルさせて頂きたく思います」
ほんのりと撤退宣言。
私としては『性格変更ポーション』を使わないままキャンセルしてくれるのが一番良いかもしれない。
なんやかんやで責任を取りたくない、という意味でね。まぁ使ったとしてもコンラッドさんの責任にするけど。
「ちなみに、しっかり効果は出るんだろうね?」
「それはもう。泣きたくなるくらいに効果ありますよ」
「ほう、試してみたのかね」
「……ええ、色々ありまして」
「ふむ……。なかなか信じがたい効果ではあるが、それではひとつ試してみることにするか……」
……え? 試してみちゃうの?
「あの……ちょっと効果がすごいので、できれば私たちも見届けたいのですが――」
いや正直別に見届けたくは無いんだけど、悪用されたら嫌だからね。
巡り巡って自分の口に入るなんてことがあった日には洒落にならないし。
「そうかね? しかしこれは我が家の話だからな……」
「見届けさせてくれたら、特別にお薬代は無料で良いですよ」
「よし、見届けていってくれたまえ」
早っ!!
「それじゃ、見届けさせていただきますね」
「うむ。しかしそうなると、どうやって飲ませれば良いものか」
「そうですねぇ……。ああ、私は錬金術師なので、何か美容に効果があるアイテムを持ってきたとか何とか言って」
「ふぅむ。クリームのようなものならまだしも、このポーションはいかにも水っぽいからなぁ……」
……確かに。
そのおかげで私とエミリアさんは間違って飲んじゃったわけだしね。
てっとり早く、見た目的に特殊なことを演出できればいいんだけど――
「うーん……あ!」
「どうかしたかね、アイナさん」
「えぇっと、炭酸ってご存知ですか?」
「たんさん……? 何だね、それは」
「ルークとエミリアさんは知ってる?」
「「いいえ?」」
ふむふむ、この世界には炭酸という発想は無いのか!
じゃ、それを使わせてもらおうかな。
「ちょっと『性格変更ポーション』を戻しますね」
アイテムボックスにしまって、それから――れんきんっ!
バチッ
音と共に、私の右手の上に再び『性格変更ポーション』が現れる。
しかし今回のは特別製。空気中の二酸化炭素を溶かして炭酸にしてみた! ここら辺は、かろうじて学校で習った化学の知識が活きたね。
「おお……なんだね、これは? 小さい泡が浮かび上がってきているぞ……」
「これ、炭酸といって――美容に良い泡なんです。まぁ続けて飲まないと効果は出ませんけど」
「いやいや、しかしこれなら物珍しさということもあるな。きっとこれなら飲んでくれるだろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、メイドさんに連れられてコンラッドさんの奥さんがやってきた。
「あら、お客様? ようこそ我が屋敷へ。……ところであなた、何か御用ですか?」
「ああ。こちらの方は旅の錬金術師のアイナさんといってな。今日は美容に良いという不思議な水を持ってきてもらったんだ」
「美容に? ふぅん……?」
奥さんはコンラッドさんの前にある瓶に興味を示した。
「あら、何だか泡が立っていますわね? これは何ですの?」
「はい、それが美容に良いとされる泡なんです。血の流れを良くして、お肌に栄養を持っていきやすくするんですよ」
「へぇ……。でも私、そんなもの初めて聞きましたわ?」
「はい。これは異国で生み出された技術でして、私どもがこれから広めていこうと考えているんです。
ミラエルツでも販売を考えているのですが、まずはガレンドルグ家のみなさまにと思いまして」
「ほほほ。それは殊勝な心掛け。それではこれは頂いていきましょう」
奥さんは瓶を手に取り、そのまま部屋から出て行こうとする。
「……あの、コンラッドさん!」
「あ、うむ! あー、その水な、ちょっとここで飲んでいってみないか?」
コンラッドさんの言葉に奥さんの足が止まる。
「あら? どうしてですの?」
「え? それはそのー、いやー」
コンラッドさんが私に困った顔で助け舟を求めてくる。
「あ、その泡ですね。飲みなれない場合がありますので、そういう場合は泡の量を調整させて頂こうと思いまして」
「そうなの? それじゃ失礼して、飲んでみようかしら?」
私の会心の言い訳を奥さんは聞き入れ、『性格変更ポーション』を飲み始めた。
「――ふぅ。確かにちょっと変わった感じがしますわね。そういえばあなたは飲んでみたのかしら?」
「うん? いや、まだだが――」
「それならあなたもどうぞ」
奥さんはコンラッドさんに瓶を突き出した。
「ああ、いや、私は美容には――」
「何を言ってらっしゃるの? これはこちらの方がガレンドルグ家のみなさまにって持ってこられたものでしょう?」
「そ、そうなんだが――」
「ほらほら、好き嫌いなさらず。私も飲んだんですから、あなたもお飲みなさい」
「いや、だから――むぐっ!? ごくっ」
「「「あっ」」」
「え?」
何ということでしょう。
奥さんに続いてコンラッドさんまでもが『性格変更ポーション』を飲んでしまいました。
瓶はもう空になってしまったので、ひとまずこれは見届けることができたことにはなるだろう。
これで悪用される心配は無くなったけど――いやいや、予想に反してコンラッドさんまでもが!
「あ、あーっと……。あの、何かお変わりありませんか……」
「いやですわ、そんなにすぐ美容効果が出るわけないじゃないですか」
奥さんは明るくそう言った。
さっきよりも心持ち明るくなった気はするけど、奥さんはあまり変わっていなさそうだ。
そしてコンラッドさんは――
「……ふむ。何だか爽やかな気分だ。よし、それではアイナさんたちには報酬を出すとしよう」
「え?」
「大変な苦労を掛けてしまったから、金貨100枚で足りるかね?」
「え、あの……。最初に言った通り、無料で良いですけど……」
「そんなことをしたらガレンドルグ家の名折れ。足りないなら増やすが、どうかね?」
「あ、はい。十分です……」
「ちょっと、あなた! さすがに金貨100枚は出しすぎではないですか!
それなら私の舞踏会用のドレスを――」
「良いぞ。それも買ってやろう」
「――えっ!? あ、あなた……どうされたのですか?」
「何を不思議がるのだ? 愛する妻の欲しいものは、私の欲しいものと同じだ。何の遠慮もいらないぞ?」
「ああ……あなた、いつの間にそんなに男前に! ついでにそのドレスと合わせてネックレスも買って良いかしら!」
「いいとも。好きなものを買うが良い」
「あなた――愛してるわっ!!」
「ははは、客人の前だぞ。あとにしなさい、あとに」
「――……あの……アイナさん……。この展開、なんでしょうね……」
「ま、まったくですね……。ひとまず……浪費癖は気にならなくなったみたいで何より……?」
「ダメな方向ですけどね……」
ひとまず無事に解決したし、金貨も100枚もらったし。
本件はこれで解決――ということにさせて頂こう。させてください。




