726.灰色の狂宴⑨
「――なるほど……。
その魔法、確かに只者では無いな……!」
ゼリルベインは苦虫を潰したような表情を見せた。
今までの余裕が剥げて落ちてしまったかのように、笑みは失せている。
「今のは――」
「……アイナさんには、想像も付かない次元の話だ。
もちろんそちらの、神器持ちの魔法使いにもね」
……え?
今のエミリアさんは、この大陸の中でも最上位を争うほどの魔法使いなのに?
そんな彼女を以ってしても、難しいなんてことが――
「アイナさん、気にしないで。
私がこの魔法を使えるのは、私のユニークスキルのおかげだから」
……シェリルさんのユニークスキル、恐らくは『創造才覚<魔法>』。
作るのと使うのとはまるで違う話だが、それでもシェリルさんにはきっと、高難度の魔法を使う才能がある――
「……安心するが良い。
こんな魔法、教わったって誰にも使えやしないものだ。
それこそ、作り出した本人にしか理解できないことも多いだろう」
「そう……。
だからこの魔法は、誰にも遺すことが出来ない……。
例えば、ヴィオラちゃんにだって――」
……そんな魔法が、この世界にはある。
エミリアさんを見ていて十分に凄いとは思っていたものの、さらに上の世界が――
「『秩序』、『混沌』、『虚無』……。
それらを理解した上で、そこから上の――遥か遥かな高みに存在するもの。
……ある意味、その魔法は神の力を越えている……と言っても良いだろう」
「そんなに……!?」
ゼリルベインがそこまで称賛するのであれば、これはもうこちらの強力な武器になるに違いない。
そう、このままシェリルさんの助けを得ることが出来れば――
……しかしこの世界は、そんなに上手くまわってはくれない。
私は今回、それを痛感してしまった――
「……ごほっ!」
「え……?」
突然、シェリルさんは口から血を吐き出した。
それこそ何の前触れもなく、本当に突然――
「……うむ。
さすがに『それ』は人間の扱う代物では無い。
例えば神々の加護を受けた者――……転生者であれば、多少は違っただろうがね。
ふふふ、健気なものじゃないか。一瞬の隙を作るために、自らの命を差し出すだなんて」
「い、言わせておけば……っ!!」
「……さて。それでは今のうちに、君たちを滅ぼすことにしよう。
私の力もまだ戻りきってはいないが、それでも戦うことくらいは出来るからね」
そう言うと、ゼリルベインはゆっくりとこちらへ歩いてきた。
しかしそこに、ルークの強烈な一撃が入る。
「アイナ様に近付くな!!」
「……む、ぐぅ……っ!?
思いのほか、あの魔法の影響が大きかったか……!?」
ゼリルベインはルークの攻撃を受けて、後ろに大きく下がった。
十八番の攻撃をしてこないところを見ると、攻撃面でもまだ本調子では無いのだろう。
「ルーク、エミリアさん!
足止めをお願いっ!!」
「「はいっ!!」」
私の言葉に、二人はゼリルベインに立ち向かっていく。
そして私は、喀血してしゃがみこんだシェリルさんのもとに走る。
ゼリルベインに弾き飛ばされていたセミラミスさんも、心配そうに彼女の様子を見ていた。
「シェリルさん、大丈夫!?」
「……心配を掛けてしまいました……。
大丈夫――……と言えないのが、少し心苦しいのですが」
「そ、それなら薬を!
えぇっと、どんな薬が良いのかなっ」
私が慌てる中、シェリルさんはふらっと崩れ落ちた。
シェリルさんの状態異常を鑑定して、それに効く薬を出して飲ませる。
「……これが、世界一の錬金術師さんの……お薬。
最後の最後で、貴重なものが飲めました……」
「そんな、最後だなんて!
身体はよくなりますし、ゼリルベインも倒します!
だから、そんなことを言わないでくださいっ!!」
「……すいません。
でも私、本当にこれが最後だから――」
「え……?」
思わぬシェリルさんの言葉に、私は自分の耳を疑った。
「……私がこれまで、表に出てこなかった理由……。
『私』の存在は、ユニークスキルに侵されて……もう、ぼろぼろでした。
そんな状態で、私が前面に出てくれば……、最後の力を使ってしまえば、私はもう消えてしまう……」
「き、消える……!?」
「……アイナさんは、絶対神アドラルーン様の使徒……なんですよね?
だから、ユニークスキルをたくさん持っている……」
「それをどこで――って、ヴィオラさん……ですよね」
「はい。全然表に出てこないのに、ヴィオラちゃんは私にずっと手紙を書いていたんです……。
……でも、私は途中で返事を出さないことに決めました。
突然私がいなくなったら、あの子は絶対に心を壊してしまうから。
だから、ヴィオラちゃんを助けるときのために……、最後のときのために、力を残しておいたんです……」
「力を……」
「……ユニークスキル。
世間には良いところしか伝わっていないけど、先天的に持って生まれた人間は、かなりの確率で壊れてしまう……。
本来はそれだけ、メリットとデメリットが大きいものなんです……」
……メリットと、デメリット。
ゼリルベインの最後の転生者、タケルにいたっては精神崩壊を起こしていた。
転生者と言う特殊な存在でさえ、無理をすればああなってしまう。
それくらい、ユニークスキルには害悪もあると言うことか。
「……ユニークスキルを持っているのは、シェリルさんなんですよね?
シェリルさんの精神を壊さないように、ずっと身体をヴィオラさんに預けていた……?」
「いいえ……。この身体の主人格は、ヴィオラちゃんなんです……。
彼女は逆だと思っていますけど、幼い頃に……彼女に害を及ぼしていたユニークスキルを、私が引き取って……」
「そ、そうなんですか!?」
「……はい。だから、ユニークスキルと一緒に消えるのが、私の運命なんです……。
……セミラミス様。まだ、いらっしゃいますか?」
「はぅ!?
は、はい……! ここに……!」
シェリルさんの目は開いているが、どうやら見えなくなってきているようだ。
これは身体の異常と言うよりも、精神や魂の異常なのか――
……私がそんな考えを巡らせていると、シェリルさんは袖の中から小さな水晶玉を取り出した。
そしてそれを、セミラミスさんに静かに渡す。
「こ、これは……?」
「虚無の神が……、術を使ったときの情報が書き込まれています……。
もしここで、倒すことが出来なければ……。
……私の代わりに、アイナさんたちを導いてもらえますか……?
それと、ヴィオラちゃんには絶対、生き残ってもらうように――」
「もももっ、もちろんです……!
た、確かに、お預かりました……!」
「ヴィオラちゃん、セミラミス様のことをとっても気に入っているんですよ……。
手の掛かる子ですが、どうか……よろしく、お願いします……」
「……はいっ! ……はいっ!!」
セミラミスさんはシェリルさんの手をしっかり握り、力強く何度も頷いた。
シェリルさん、まさか本当にこのまま――
「……そしてアイナさん。
私はもうすぐ消えてしまうけど……、どうかこの世界とヴィオラちゃんのことを……」
「も、もちろんっ!!
私に全部任せて、シェリルさんは安心してくださいっ!!」
「……ありがとうございます。
今まで、ヴィオラちゃんを助けてくれたことも……、これからの約束をしてくださったことも。
どうか、お元気で……」
……そこまで言うと、シェリルさんの身体からは一気に力が抜けた。
身体には異常が無いから、いずれは目を覚ますだろう。
しかしそのときは、シェリルさんはもう消えている――……のだと、思う。
「……うぅ、うぅぅ~……。
私は……。ヴィオラさんに、何て顔向けをすれば良いのか……」
セミラミスさんは両手で顔を覆いながら、泣き声を出した。
シェリルさんのことは、きっとヴィオラさんからたくさん聞かされていたに違いない。
「私も悲しいです……。
でも、今日のことはヴィオラさんにしっかり伝えないと……。
だからそのためにも、私たちはこの戦いに勝たないと……」
……結局はそこなのだ。
理想的に言えば、ゼリルベインをここで倒す。
最悪でも、ここから追い払うことが出来れば――
「……アイナ様。
シェリルさんから預かったこの水晶玉……、預かっていてもらえませんか……?」
「え? それは良いですけど……、何で?」
水晶玉はセミラミスさんが託されたのだから、彼女が持っていれば良いと思うんだけど――
「……ここからは私も参戦します。怖がってなんて、いられません……。
私だって、それなりに魔法は使えますから……。
だから……万が一にでも、水晶玉を無くしてしまうと……はい」
「……分かりました、お預かりします。
早くゼリルベインを倒して、早くお屋敷に帰りましょうね!」
「はい……!
私、あのお屋敷が好きなので……、絶対に……!!」
ヴィオラさんを安全そうな場所に寝かせたあと、セミラミスさんは彼女のまわりに結界を施した。
今のゼリルベインであれば、少しくらいの時間稼ぎにはなるだろう……とのことだ。
……戦闘準備は完了。
それでは私たちも、神との戦いに戻ることにしよう。




