725.灰色の狂宴⑧
「……ほう?
先ほどとは、見違えたようだが?」
ゼリルベインはそう言いながら、右腕に纏わり付いた炎を振り払った。
それだけで炎が消えてしまうというのも、何だか凄い光景だけど……。
「シェリルさん、ここは危険です!
セミラミスさんと一緒に、早く逃げて――」
「……逃がすと思うかね?
私の腕を燃やした愚か者には、罰を与えないといけないな」
そう言うと、ゼリルベインは再びシェリルさんとの距離を一気に詰めた。
ルークはそれを追い掛けて、私とエミリアさんも慌てて魔法を追従させる。
私は誤射が怖くて、普通の氷魔法になってしまったけど――
……しかしそれらをモノともせずに、ゼリルベインはシェリルさんの前に立ちはだかった。
「さ、させません――きゃぅんっ」
セミラミスさんは果敢に護りに入るも、あっさりとゼリルベインに弾き飛ばされる。
それなりに強い彼女をあんなにも軽くあしらうだなんて――……これが格の違いというものか。
「……さぁ、神に手を上げた罰だ。
死にたまえ」
「――炎以って、空を舞え」
「な……!?」
シェリルさんがそう呟くと、ゼリルベインはそれに従うように弾き飛ばされた。
私たちが今までにされたように、何の前触れもなく、大きく宙を飛ばされてしまったように――
……しかも同時に、ゼリルベインの身体は再び炎に包まれていた。
「い、今のは……?」
ゼリルベインに追加の攻撃を入れながら、エミリアさんは驚きを隠せないでいた。
……魔法というものは、魔法名をトリガーにして発動させるものが多い。
そんな中、シェリルさんの魔法は何かが違うようだった。
ルークはこの隙に、シェリルさんとゼリルベインの間に移動を完了させた。
これでシェリルさんが、無防備に攻撃されることは無くなっただろう。
ゼリルベインは一回転をしてから、地面に着地した。
そして再び、一気に炎を振り払ってからシェリルさんを睨み付ける。
「……一度ならず、二度までも。
しかし今の魔法――……いや、魔法……なのか?」
ゼリルベインも、シェリルさんの魔法を不思議に思っているようだ。
「エミリアさん、合流しましょう!」
「はいっ!」
全員が集まってしまえば、ゼリルベインの攻撃で一気に全滅をしてしまうかもしれない。
しかしあまりにも散っていてしまえば、個別に撃破されることも想像に難くない。
……今は不安要素が多い。
だからとりあえず、私はまとまっておくことを選択することにした。
「……なるほど。
アイナさんの魔法とは、また異質のものだ。
ふはは、思いがけず楽しませてくれる」
……楽しんでくれたなら、今日はもう帰ってくれませんかね?
そんな声が、私の中で聞こえてくる。
「シェリルさんっ!」
「アイナさん、ご無事ですか……?
こんなときだけど、またお会い出来て嬉しいです」
「確かに、こんなとき過ぎますよ!?
もっとゆっくりお話をしたかったのに……!
だからここを何とか乗り越えて、たくさんお喋りしましょうね!!」
「……ふむ、もう終わったあとの話かね?」
「本当に、あなたにはもうお帰り頂きたいんですけど……。
どうか、聞き届けて頂けませんかね……?」
「ははは、交渉かね?
しかしこちらから求めるものは何も無い。
この街はこの大陸に、新たな風をもたらしてしまっている。それがもう、目障りなのだよ」
「よく頑張った――
……とは、認めてはくれないんですね」
「アドラの爺様なら、きっと手放しで喜んでくれたと思うがね。
しかし私の目的は、あの方とは真逆なのだ。そこは仕方が無いと言うものだろう」
……ダメか。
ようやく話す時間が生まれたと言うのに、何も好転することは無さそうだ。
やはりここは、戦うしか――
「……そう。アイナさん、戦うしか無いんです。
今回がダメでも、次があります。だからまず、ここは生き延びてください」
「え? シェリルさん……?」
「あなた、そこの騎士さん。
少しの間、私を守って頂けますか?」
「え? えぇっと……アイナ様?」
「も、もちろん……?
もしかして、シェリルさんだけで戦うつもり……?」
この場の全員が束で掛かっても、ゼリルベインには一向に届かない。
それなのに、敢えてひとりで挑むことの意味は――
「……他の方は、全員が魔法使い。
だから、少しの間は邪魔なんです」
そう言うと、シェリルさんはゼリルベインの方に歩き始めた。
「ルーク、お願いっ!」
「かしこまりました!」
ルークは慌てて、シェリルさんの前に躍り出る。
……シェリルさんには何か秘策があるのだろうか。
今の状況であれば、期待せざるを得ないけど――
……もしもダメだと分かれば、すぐに割り込もう。
ルークがいるから即死は無いだろうけど、一瞬の隙でどうなるかは分からないのだから……。
「――ふむ。
なかなか勇気のあるお嬢さんだ。大層な魔法の使い手と見える」
「お褒めに預かり、光栄です」
虚無の神を前にして、シェリルさんは物怖じをしなかった。
何という安定感。さらに実力も相まっているとなれば――
「しかしその騎士が君を護ると言っても、私の攻撃は防ぎきれるものでは無い。
だから、君の勇気に免じてさっさと終わらせてあげることにしよう」
「そういたしましょう。
私も、長い時間は使えませんので」
「ふははっ、面白いことを言うものだな!!」
ゼリルベインは再び、右腕を振り上げた。
……もう何回見ただろう。
しかしその分だけ、ゼリルベインはあの技を信頼しているのだ。
「――空以って、英知の瞳」
「む……っ!?」
シェリルさんの呟きに、ゼリルベインは不思議そうな顔をした。
先ほどと同じくらいの長さではあるが、その言葉は何の効果も生み出さない。
……不発?
それなら助けに入らないと――
「シェリルさん、早く……っ!!」
さすがのルークも、ついつい言葉を慌てさせてしまう。
ルークはレアスキル『光の祝福』を持っているから、ゼリルベインの攻撃は無効に出来るかもしれない。
まだまともに攻撃を食らってはいないから、その効果のほどは分からないけど――
……しかし実証のために、わざわざ攻撃を受けることなんて出来るわけも無い。
何せ、下手をすれば即死なのだ。
「……大丈夫、騎士さん。
アイナさん。あなたの道標、立ててあげるから――」
「何を狙っているかは知らないが、しかしそれも一興。
さぁ、秘策とやらを見せてみるが良い!!」
ゼリルベインは笑いながら、容赦なく右腕を振り下ろした。
「――遍く『虚無』は、『自由』のもとに散れ」
……シェリルさんが呟いた瞬間、ゼリルベインの身体に不思議な光が宿り、一瞬にして消えていった。
そしてその直後、ゼリルベインの右腕は虚しく空を切る。
……何も、起こらない?
何をどうやったのか。
シェリルさんたちを消し飛ばすはずの攻撃は生まれず、予想外の静寂に包まれた――
……それなら!
「ルークっ!!」
「はいっ!!」
私の言葉に、ルークの一撃がゼリルベインの身体に叩き込まれる。
「う……、ぐ……っ!?」
そして苦い表情を浮かべるゼリルベイン。
攻撃が、ここになって効いてきた――
……もしかして、勝てる?
いや、その考えは捨てておこう。
それは勝ってから初めて、遅ればせながらに言うことにするのだ!




