722.灰色の狂宴⑤
――……ゼリルベイン。
私の目の前、初老の男性は自らをそう名乗った。
今までは『ノーリ』と名乗っていたのに、それは偽名――
「……で、でも!?
神様が、何でこんなところに……!?」
さすがにマーメイドサイドで、神様と出会うことになるとは思いもよらなかった。
私が今までに会ったことがある神様は、絶対神アドラルーン様だけだ。
そしてそのときは、こことはまるで違う空間だったのに――
「何か勘違いをしているようだね。
神だろうが、眷属の竜王であろうが、そのすべてはこの世界に存在するのだよ。
この世界に存在しない者なんて、それこそアドラの爺様くらいなものさ」
……アドラの爺様?
まぁ、アドラルーン様のことなんだろうけど……。
「そ、そうなんですか……? それで、ここには何の目的で――
……いや、私たちを殺しに来たんですよね?」
正直、ゼリルベインの目的はそれくらいしか見当が付かない。
何しろ今まで、彼は転生者たちを散々けしかけてきたのだ。
その度に返り討ちにされるのであれば、本人が来ても何もおかしくは無いだろう。
……でも、神様だよ?
「まぁ、そう言うことだね。
しかし私の子供たちを次々に殺されていくとね、逆に興味も出てきたのだよ。
私の転生術は、アドラの爺様の模倣だからね。
……だからこそ、私には失敗が多かったんだ」
「失敗……?」
「ああ。人間と言うものは、格納できる情報量がある程度決まっているんだ。
君も知っての通り、ユニークスキルと言うのは強力なものだろう?」
「え? そ、そうですね……?」
突然、ゼリルベインの話はユニークスキルの方に向かった。
……急に、何で?
「私の転生術ではね、ユニークスキルはせいぜい2つまでしか付けることが出来なかったんだよ。
だが話に聞く限り、アドラの爺様の転生者はそれよりも多くのユニークスキルを持つと言うじゃないか。
だからね、それを参考に私も試してみたんだよ」
「試した……?」
「私の最後の子供、タケル――
……ろくに話すことも出来なかっただろう?」
その言葉を聞いて、私は最後の転生者を思い出した。
仲間たちと協力して、湖で氷漬けにして何とか倒したあの青年……。
……そうか、名前はタケルと言ったのか。
「確かにまるで……。でも、それが何か?」
「話せなかったが、しかし強かっただろう?
彼にはとても強力なユニークスキルを5つも付けてあげたんだ。
だから、まさか負けるとは思ってもみなかったんだが……」
「……っ!?
彼があんなだったのは、無理矢理ユニークスキルを付けたから……!?」
「ダメ元で試したのだけどね、本当にダメだったよ。
――そしてそんな彼と私を見て、エマは私を裏切ることにしたんだろう?」
「……」
ゼリルベインの言葉に、エマさんは誰とも視線が合わないように目を伏せた。
なるほど、自分と同じ転生者が使い捨てにされた光景を見て――……
「……だから私はね、ユニークスキルを多く持つアイナさんに興味を持ったんだ。
実際、君はエマをも倒したじゃないか。……何と素晴らしいことだろう!」
……褒められているのか、何なのか。
「そのままご褒美ってことで……。
今回は帰って頂くわけにはいきませんかね……」
「はははっ。それはそれ、これはこれさ。
アイナさんたちは、今回確実に殺していく。
……なぁに、運が良ければまた転生することが出来るよ。
私はこの世界の他――……異世界がどうなろうと、知ったことでは無いからね」
……私とゼリルベインが話している中、ルークとエミリアさんは攻撃の準備をしている。
確かにルークの渾身の一撃は受け止められてしまったけど――
……いや、あれ? 実際、ここから反撃に転じるにはどうすれば良いの?
あの一撃以上に、攻撃力がある手段なんて私たちには――
「……でも、やるしかないっ!!
ルーク、エミリアさん!! 全力攻撃ッ!!!!」
「「はいっ!!」」
ルークは再び、6属性の光を纏った剣撃を。
エミリアさんは細く小さく収斂させた炎の束を。
そして私は物理攻撃の最高峰、アルケミカ・クラッグバーストを撃ち放つ。
ルークの攻撃は右手で、エミリアさんの攻撃は左手で受け止められる。
しかしそこで生まれた隙を突いて、ゼリルベインの胴体には私の魔法が直撃する――
「……ッ!!
ほう……! これはなかなか……!」
――ちょっと待った!?
地面と空気は大きく揺れたが、ゼリルベインは元の姿のまま。
近距離で直撃したにも関わらず、ゼリルベインは数歩後ろによろついただけ。
……私の最強魔法が、こんなにも効果を発揮してくれないだなんてっ!?
「な、何で――」
「で、でもっ! アイナさん、少しよろけましたよ!!」
慌てた声で、エミリアさんの指摘が入る。
……た、確かに!
ルークの初撃はびくともせずに軽く受け止めれてしまったけど、私の攻撃は効いてしまった……?
アルケミカ・クラッグバーストだから効いたのか、手で受け止められなかったから効いたのかは分からないけど――
「アイナさん!
ノーリ様は無敵ではありません! それこそ――」
「……おっと。
エマはもう、それ以上は喋らないでおくれ」
バチィッ!!
「きゃっ!?」
ゼリルベインはエマさんを指差し、次の瞬間、エマさんは弾き飛ばされた。
魔法……?
いや、違う……?
指を差されたから、エマさんは弾き飛ばされた。
一見関係無いようにも見えるが、しかしごく普通に成された行動。
「……確かに、無敵では無さそうですね。
ルーク、エミリアさん! 攻撃をどんどん続けましょう!!」
「かしこまりました!」
「頑張りますっ!!」
ルークは神剣アゼルラディアを振るい、高速で追撃を入れていく。
それこそゼリルベインの攻撃を受けないように、器用に避けながら、付かず離れず。
エミリアさんもルークの攻撃の合間を縫って、様々な属性の魔法を叩き込んでいく。
威力は二の次。とりあえずいろいろな魔法を試してみよう、と言うところか。
そして私は、必殺の――
……ところで、アルケミカ・ディスミストは効くのかな……。
――いや、ボスだし神様だし、多分効かないよね。
それならここはやっぱり――
「アルケミカ・クラッグバーストッ!!!!」
「……ちぃっ!!」
ゼリルベインは私の攻撃を見切り、宙に跳ねて避けた。
やっぱり、私の攻撃を避けている……!?
しかしよくよく見れば、ルークとエミリアさんの両手で止める頻度も減っているような……。
こちらの攻撃が効かないのであれば、避けずにカウンターを狙った方が効率的だとは思うけど――
ミシイィイィイィイィイイッ
「――っ!?」
突然の、空間が軋む音。
ゼリルベインは不満そうに、宙を仰いだ。
「……ああ、まだ制限が掛かっているのですか。
まったく……、ちょこまかと攻撃されるのは気に入らない。
それならば――」
……嫌な予感がしたときにはもう遅かった。
凄まじいスピードで私たちを振り切ったゼリルベインは、無防備に気を失ったエマさんに、手刀で追撃を入れたのだ。




