720.灰色の狂宴③
「――お仲間さんは、アイナさんの正体を知っているんですか?」
エマさんの言葉に、私はルークとエミリアさんの方をちらっと見た。
正体……と言うのは、何を、どこまで指しているのだろう。
「……この世界に、転生してきたこと……とか?」
まずは軽く探りを入れてみる。
見当違いであれば肩透かしを食ってしまうが、私としては逆に、エマさんの正体を探りたいところなのだ。
「そのことは知っているんですね……。
……うん、それなら私も話して良さそう……」
「一体、何を……?」
私の言葉に、エマさんは一呼吸を空けてから言葉を続けた。
「……私も、アイナさんと同じ転生者。
でも、アイナさんは絶対神アドラルーンに転生させてもらったんですよね?
そこは私と違うところ。私は虚無の神、ゼリルベインに転生させてもらったんです」
「ゼリルベインの……ッ!!」
ルークは神剣アゼルラディアを握り締め、エマさんに刃を向けた。
これはもう、完全に戦闘態勢だ。
「私はこの世界に――……そうですね、もう5年になります。
この世界に来てから、5年が経ちました」
……5年。
私よりも1年以上も昔に、エマさんはこの世界に来ていた。
ヒマリさんの言葉を借りるなら、エマさんは私のセンパイと言うことになる。
「結構、経つんですね……」
「ええ。タナトスも、私のあとに転生してきたんです。
……しばらくの間、ゼリルベインの転生者は私たちだけだったんですよ」
「と言うと、ヒマリさんたちは――」
「はい。彼女たちは最近になって転生してきました。
全員、アイナさんたちに倒されてしまいましたけど……」
「そうは言っても、そっちから襲ってきたんじゃないですか……。
……それで、エマさんも? エマさんも、私たちを倒しに……?」
私の言葉に、エマさんは周囲を静かに見渡してから続けた。
「……いえ。
最初にお話をした通り、私はアイナさんたちを助けにきたんです。
それと……、私を助けてもらいに」
「え? ……どういうこと?」
「……この結界は、私のユニークスキル『白の陽炎』……。
指定した人間を誘い込むことが出来る、特殊な結界です」
「ヒマリさんの『迷いの部屋』……みたいに?」
「そうですね、似ているところは結構あります。
但し、この結界の中では私の思う通りに、力を制限することが出来るんです」
「……制限?」
「例えば――そちらの方は、魔法使いですよね。
何か魔法を使ってみて頂けませんか?」
エマさんは唐突に、エミリアさんに話を振った。
「え? えぇーっと、ヒールっ!
……って、あれ?」
エミリアさんは得意の魔法を使ってみるも、癒しの光は出てきてくれなかった。
これは……魔法が封じられている?
でも、エミリアさんは封印を無効にするアクセサリを持っているはずなのに――
「……今は、その魔法を制限させて頂きました。
もちろん、弱点はあるんですけどね」
「そ、そうなんだ……?
でも、何でそれを教えてくれるんですか?」
「……このユニークスキルは確かに強い。
しかしここまで強いものは、私ひとりの力では展開できなかったんです。
でも、今のこの状態であれば――……理論上、どんな力でも抑え込めるはずなんです……」
「他に、協力者がいる……?」
「……ノーリ様です。
大地の力を、強引に拝借して私に与えてくださいました」
「ええ……? 学者なのに、そんなことまで出来て……?
えぇっと、それで――」
キィイィィイィイィイィンッ!!!!
「――っ!?」
突然、大きな耳鳴りが私に襲い掛かった。
それは頭をつんざくような、不快な音――
「……ここまでのようですね。
私の目的はお話した通りです。これだけはどうか、どうか信じてください」
「う、うん……?
ここまでって――……っとぉ!!?」
私が喋っている途中で、エマさんは手にしていた杖を突然振り抜いてきた。
しかし何とか、その攻撃を紙一重で避けきる。
「私がお願いしたいこと……、託したいこと。
それには大きな力が要るんです。だから……私ごとき、簡単に倒してください。
――それでは、いざっ!!」
ボボンッ! ボンッ!!
突然、エマさんの周囲に巨大な炎の塊が生み出された。
「魔法!? バニッシュ・フェイトッ!!」
……しかし、私の魔法は発動しなかった!
「――って!?
えええええぇっ!?」
「アイナさん、危ない!
アイス・ウォールっ!!
――あれっ!? あれれーっ!!?」
……さらに、エミリアさんの魔法も発動しなかった!
無情にも、エマさんの炎の塊だけは私たちの前で力強く炸裂した。
その爆風からは、ルークがとっさに私たちを守ってくれる。
「――ならば、剣でいくのみっ!!」
ルークは神剣アゼルラディアで、エマさんを強烈に振り抜いた。
しかしエマさんはその刃を素手で受け止め、多少は後退りをしたものの、完全に受けきってしまった。
「……ちょっ!?
え、ええぇっ!? 何それーっ!!!!」
完全にチートである。
こちらの攻撃はろくに出ないし、出たところで効きやしない。
……え? こんなの、どうすれば良いの?
いや、違う。
エマさんはついさっき、『弱点はある』と自ら言っていた。
何でそんなことを教えてくれたのかは分からないけど、今はその言葉に縋るしかない――
「……ちょっと考えるから!
ルークとエミリアさんで波状攻撃っ!!」
「はい!」
「はーいっ!」
ルークがまず剣で攻撃をする。
エマさんがそれを受け止める。
ルークが距離を取る。
その隙に、エミリアさんが魔法を使おうとするが……発動しない。
ルークが再び剣で攻撃をする。
エマさんがそれを受け止める。
エミリアさんが炎の魔法を撃ち込む。
エマさんはそれを避ける。
ルークがそれを追い掛ける。
――……ん?
あれ? 今、エマさんがエミリアさんの魔法を避けたよね?
……いやいや? そもそも今、魔法が発動したよね……?
よくよく見てみれば、神剣アゼルラディアの刃の輝きも、何だか明滅を繰り返している。
エミリアさんが魔法を使っているときは暗く。
エミリアさんの魔法が終わったあとは明るく。
あの刃の輝きは光属性のものなんだけど――
……もしかして、この空間が制御できるのは……属性単位?
「エミリアさん! 属性統合のあの魔法っ!!」
「え? ――あ、はい!
世界を支える六精霊よ――……ヘクス・ブラスト!!」
エミリアさんが魔法を使うと、彼女のまわりには4色の魔法の弾が生み出された。
『ヘクス・ブラスト』は本来、6色……6属性の魔法の弾を生み出すものだ。
しかし今、生み出されたのは4属性のみ。
つまりエマさんの『白の陽炎』は、2属性までしか同時に制限できない――
……4つの輝きはルークの神剣アゼルラディアに吸い込まれて、刃の上で複雑な輝きを放ち始める。
「うぉおおぉおぉおおぉおっ!!!!」
「――お見事」
エマさんも、最後の最後まで勝負を諦めてはいなかった。
刃が当たる直前、神剣アゼルラディアからは2属性の輝きが消し去られたものの――
……それでも残り2属性の力が、ルークの渾身の一撃と共にエマさんに襲い掛かった。
こうしてどうにか、私たちは勝利を掴むことが出来たのだ。




