72.秘密の夜
「はぁ、今日も一日お疲れ様でした」
夜、宿屋の自分の部屋でひとりつぶやく。
今日は鉱石、薬草、魔法関連、食材のお店をまわって大量に買い物をして終わってしまった。
買い物は大体午前中に終わって、午後はまったり過ごして終わった感じだったんだけどね。
明日からはまた冒険者ギルドの依頼を受けるから、ひとまず今日はお休みの日という感じになったのかな?
「――さて、何が作れるようになったか確認してみよう!」
ひとまずアーディファクト系のアイテムは置いておくことにして、魔法関連のお店で買った『マンドラゴラの根』がかなり気になっていたのだ。
引き抜くときに悲鳴を上げるだのの逸話もあるし、そもそも神経毒を持ってるんだよね、
危険な薬を作る気はもちろん無いけど、毒も上手く使えば薬に成り得るわけだし。
さて、『創造才覚<錬金術>』――っと。
作れるアイテムを探してみると、大量のアイテム名が頭を駆け巡った。
さすがに他にもいろいろと買い込んだものだから、作れる種類が半端ない。
「あいたっ?」
そしてやってくるちょっとした頭痛。
ズキン、くらいのものだけど、『創造才覚<錬金術>』でも反動がくることがあるのか。
「うぅん……。頭痛が職業病みたいになってきたなぁ……」
こういうのを回避する魔石とかアーティファクト系のアイテムは無いものだろうか。
空箱の魔石みたいに、割合で減らしてくれるだけでもかなりありがたいのだけど。
……まぁ、無いものねだりをしても仕方ないよね。ささ、アイテム探しを続けよう。
色々と探してみると、さすがに神経毒を持つマンドラゴラだけあってやはり幻覚や幻聴の効果を持つアイテムが多い。
そんな中――
「ん……。これは――」
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【性格変更ポーション】
飲用した者の性格をランダムで永続的に変更するポーション
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………………。
何という怖いアイテムがあるのでしょうか。
そういえば脳の病気とかで、脳のどこかが圧迫されると性格が変わっちゃう――みたいな話もあるよね。
つまりそういうことを起こすアイテムなのかな?
いや、多分これを上手く使えば浪費癖も治るかもしれないけど、そもそもこんなのを使っても良いのかな?
下手したら浪費癖と違う部分が変わって、余計面倒なことになるかもしれないし。
ちょっと自分でも試したくなる気持ちはあるんだけど、永続に変わるわけだからなぁ……。
もう少し、違うのは無いものか――……。
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【性格変更ポーション(時間限定)】
飲用した者の性格をランダムで一時的に変更するポーション
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――お、時間限定のやつもあるんだ?
これならちょっと作ってみようかな。
「れんきーんっ」
バチッ
いつもの音と共に、右手の上に透明な液体の入った瓶が現れた。
見た目はどこからどう見ても水っぽいね。
それじゃ、かんてーっ。
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【性格変更ポーション(時間限定)(S+級)】
飲用した者の性格をランダムで一時的に変更するポーション。
効果が12時間持続する
※追加効果:濃度による時間調整が可能
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うんうん、成功したみたいだね。
これをそのまま飲むと効果は12時間だけど、薄めればもっと短くなるのかな?
……それじゃ、ちょっと薄めてみることにしよう。
いろいろ試してみた結果、コップ一杯に2滴ほど入れると最短の5分間になるようだった。
本当なら1分くらいで試してみたかったんだけど、まぁ5分なら……問題無いかな?
そ、それじゃ、ちょっと怖いけど飲んでみ――
コンコンコン
――ようと思った瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
あ、あぶない。もう少し早く飲んでいたらどうなっていたことか……。
「はい、どなたですか?」
「アイナさーん、こんばんわ!」
扉の向こうからエミリアさんの声がする。
何だろう? 部屋に来るなんて珍しいなぁ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうも、突然にお邪魔してすいません」
「いえいえ、どうしたんですか? 珍しいですね」
「あの、ちょっとお願いがありまして」
「お願いですか? できることならやりますけど」
「ありがとうございます! えっとですね、これなんですけど――」
エミリアさんは何やら持参したコップを二つ、テーブルの上に置いた。
見れば中には緑色の粉末が入っている。
「なんですか、これ」
「今日のお昼に食材を買いに行ったじゃないですか。あそこで買ったものなんですけど……」
「ああ、そういえば何か買ってましたね」
「この粉末、緑黄色野菜から抽出した成分なんですって。
健康と美容に良いって触れ込みだったので買ってみたんですけど――かなり苦いみたいで」
……元の世界にもそんなのがあったような気がする。不味いけどもう一杯飲みそうな感じのアレ。
最近は美味しくなったみたいだけど、それでも色は変わりないんだよね。見るからに何というか。
「――それでですね、一人で苦いのもいやなので、アイナさんもどうかなと思って」
「エミリアさん、他人を巻き添えにしないでください」
「ま、まぁまぁ! こういうのも経験ですよ! お願いしますっ!」
うーん、エミリアさんの困り顔には弱いんだよなぁ……。
「むぅ、分かりました。えっと、それじゃお水ですね」
バチッ
「はい、『湯冷ましの水』」
私は粉末を溶かすための水を作り出した。
アイテムボックスの水をそのまま出すのでも良かったけど、錬金術を挟むとS+級になるからね。
飲む前から苦いことが分かっているので、とりあえず味くらいは出来るだけのことをしようという苦肉の策だ。
「ありがとうございます。ポーション瓶だと、一つでコップに一杯くらいですね」
「あ、それならもう一本要りますね」
バチッ
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。それじゃこっちはアイナさんの分で」
「うわー、苦そうですね」
「そ、それじゃ一緒に飲みましょう。いっせーのぉ……」
「「せっ」」
ゴクリ
「「――――――――――――にっがああああああああああああああああ!!!!!!!!!」」
「ひゃ、ひゃー、これはーっ!!」
エミリアさんは近くにあった水を慌てて飲んだ。
「あああ、エミリアさん私にも水! くださいっ!!」
私もエミリアさんからコップを受け取り、一気に煽る。
苦さはかなり残るが、それでも飲まないよりはかなりマシだ。
それでもまだまだ足りない。
私はアイテムボックスから水の入った大きな瓶を出して追加で飲んだ。
「――はぁ、はぁ。どうにか収まった……」
後味は残るものの、なんとか窮地を脱することができた。
しかしあの粉末だけでこれほどの苦さを出せるとは――。
「エミリアさんも、もっと水要りますよね」
「……そうね、でも私はそれよりももっと――」
ガシャン!
エミリアさんは乱暴にテーブルを横に除け、私に迫ってきた。
ええ? 何事――
「私、アイナのことが欲しいなぁ。……ね? 良いでしょう?」
「……は?」
エミリアさん?
何だか顔付きがいつもと違うし、言葉の調子も違うし、何だかおかしいですよ?
何か性格が変わったっていうか――
「うぇっ!!?」
そういえばエミリアさんが飲んでた水、もしかしてあれって性格変更ポーションを薄めたやつっ!?
って、私も飲んじゃった!? 確か、飲んじゃったよね!?
「どうしたの……こっちを見てよぉ……」
むちゅ♪
「――――――――――――ッ!!!?」
その感触と共に、エミリアさんの手が私の身体に触れる。
私はなんとかそれを、力ずくで引きはがすが――
「ちょ、エミリアさん、やめてっ!!」
「――えぇ? ダメなのぉ……?」
エミリアさんは悲しそうな顔でそんなことを言ってくる。
そりゃ、ダメに決まってるじゃない!!
「わ、私はこういうの、は、初めてなんだからねっ! も、もっと優しくしなさいよっ!!」
まったくもう、雰囲気が足りないんだから! そんなこと自分で気付きなさいよね!!
「うん、ごめんね……。優しくするから――」
「わ、分かれば良いのよ! まったくもう――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます」
「「…………お、おはようございます……」」
「……お二人とも、どうかされたんですか?」
いつもの朝の挨拶。
私だちのおかしな様子に、ルークは不思議そうな顔をする。
「ななな、何でも無いですよね、エミリアさん!」
「そそそ、そうですよね、アイナさん!」
そういうエミリアさんの顔をちらっと見ると、それだけで昨晩のことが思い出されて顔から火が出る思いだ。
とっさに目を逸らして誰とも無しに言う。
「さぁさぁ、今日も頑張ろう。まずはご飯! ご飯を食べに行きましょう!」
「そうですよ! 私は元々、色気より食い気なんです!」
――ボッ!
私の顔が、そんな音をまた立てたような気がした。
せめて効果時間が5分だったのは助かったかな、うん……。




