719.灰色の狂宴②
「――アイナ様!!」
1時間ほどもすると、外の様子を見に行っていたルークが戻ってきた。
……1時間。
巨大な地震のあととしては、かなり長い時間に感じられた。
不安と緊張に、どうにか慣れ始めた頃……というような頃合いでもあった。
「お帰りなさい! 何か分かった?」
「はい。周辺の建物の被害は幸いにしてあまり無いようでした。
ただ、仕方は無いのですが住民の方々も慌ててしまっていて……」
「ま、まぁそりゃそうだよね……。
でも建物は大丈夫だったんだ? 結構みんな、がっしり作ってもらったもんね」
私の故郷が地震大国だっただけに、その辺りは結構頑張ってもらっていた。
建ててもすぐに壊れたんじゃ、何だか無駄な感じがしてしまうからね。
「そこまでは良いのですが……。
第二騎士団からの連絡によれば、街の中央広場で不思議な結界を見つけたそうです」
「結界? ……そんな機能、この街には無かったよね?」
「はい」
ルークの返事を聞いた上で、エミリアさんにも確認する。
エミリアさんの次は念のため、セミラミスさんに。
どうやら誰も、その結界のことは知らないようだった。
「……でも、直接の原因かは分からないけど……。
今回の件と、何かしらの関係はありそうだよね?」
「はい。既に第二騎士団が人員を集めて、調査に当たっているようです」
「ふむ……。
でも、結界なんでしょ? 騎士団じゃ明らかに専門外だよね……」
「一応、魔法師団の協力は仰いでいるそうです。
結界の専門家と言うのはいないそうなのですが」
「うーん、なるほど……。
それではアイナさん、私はそこに行ってみようと思います!」
「そ、そうですね……。
それなら私も、行ってみることにしましょう」
「かしこまりました、私もご一緒します。
このお屋敷は第三騎士団がお守りしますので、ご安心ください」
「うん、ありがと。
――それではみなさん、私たちは調査に行ってきます。
必ず戻ってきますので、その間よろしくお願いしますね」
メイドさんと団員たちの返事を受けてから、私たちは外に向かって走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
神器に付いた竜王の加護のおかげで、私たちはすんなりと街の中央広場にやってくることが出来た。
走るスピードも上がるし、疲労も順次癒してくれる。
地道なところで、その効果は計り知れないものがあるのだ。
「……それで、これが……結界?」
結界にはいろいろと種類はあるが、目の前のそれは白く淡く、一定の空間が光っているように見えた。
特に壁になっているところもなく、普通の空間から次第に白い空間に入っていくような、そんな感じだ。
「そのようですけど――……あれ?
ルークさん、第二騎士団の方がいる……はずなんですよね?
誰もいないようですけど……」
エミリアさんの言葉に、そう言えばと気付かさせられる。
ここには騎士団の姿も、協力を仰いだはずの魔法師団の姿も見えなかった。
もちろん住人の姿も見えないようだが――
「……おかしい、ですね」
ルークが深刻そうな表情で呟いた。
どこをどう切ってもその通りなんだけど、しかしそもそも今の状況が分からない。
強いて分かることと言えば、謎の結界があるだけに、今回の地震は自然発生のものでは無い――ということだろうか。
いや、逆に地震の方が自然発生のもので、この結界がそれに釣られて生まれてしまった――という可能性もあるのか。
……つまり?
結局は、何も分からないということだ。
「むぅむぅ……。
アイナさん、どうしましょう。誰もいないなら、みんなで別れて様子を見ますか?」
エミリアさんが少し慌てながら、そんな提案をしてくる。
でもそれ、大体は死亡フラグなんだよね……。
「いえ、出来るだけ一緒にいましょう。
まずはゆっくりでも、確実に安全に進めないと」
「わ、分かりました!」
「賢明なご判断かと思います。
それでは広場を中心に、おかしなところが無いか探していきましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――しかし、何も見つからなかった!!
「やっぱり、おかしいね……」
しばらく調べていて、一番おかしく思ったこと。
そもそも誰もいなかったのは置いておいて、その後、この場所には誰も来ないのだ。
この結界は淡くしか輝いていないとは言え、結構な広さがあるから遠目でもそれなりには目立ってしまう。
それなのに騎士団も、魔法師団も、住人の野次馬も――
……この場所には誰もいない。本当に、人っ子ひとりいない状態だった。ちなみに犬や猫もいてくれない。
誰もいなくなった街。
とても嫌な予感がする――
「……もしかして」
エミリアさんが、ふと呟いた。
「え? 何か分かりましたか!?」
「いや、そう言うのではないのですが……。
もしかして、誰もいないのではなく……私たちがおかしな場所に迷い込んでしまった……のでは?」
「私たちの方が――」
……しかし、そう考えてしまえば納得は出来る。
人が集まっているはずの場所に行っても、誰もいない。
人が集まるのを待っていても、誰も来ない。
しかしそれは、私たちがおかしな場所にいるから――
……一応、理屈は通るだろう。
「でも、いつの間に……?
それに見た感じ、この辺りはマーメイドサイドの街そのものですし……」
「うぅーん……。
世界の位相が少し違うのでしょうか……」
「位相……」
「えーっと、分かり易いところでは、昔の方の、人魚の島……ですか。
シルヴェスターがあそこから戻ってきたとき、陽炎みたいに徐々に姿を現したじゃないですか」
「ああ……。同じ場所なのに、空間がズレている……と言うか。
なるほど、何となくは分かりますね」
「でも、仮にそうだとして……。
一体誰が、こんなことを――」
……そう言われて頭に浮かんでくるのは、エマさんが言っていた『大きな敵』だろうか。
確かにあんな地震を起こしたり、こんな厄介な結界を生み出すなんて、『大きな敵』と言われるだけはある。
物理的にただ大きいだけなら、対応するのも楽だったんだろうけどね。
面倒なことに、やっぱりこういう系統の大きさになっちゃうよね……。
そんなことを話していると、広場の中央、特に白さが深いところに人影が揺らめいてきた。
……恐らくは、あそこがこの結界の中心。
私たちが身構えていると、その人影は徐々に具体的な姿を伴っていった。
そしてその姿は、私たちに見覚えのある人のものに――
「エマさん!?」
「……こんばんわ。
アイナさんに、そのお仲間さんたち」
悠長に挨拶をするエマさんに、ルークが距離を詰めていく。
「貴女がこの騒動の黒幕……。
私たちの、敵……ですか?」
……転生者だと思っていたが、その疑惑は薄らいでいた。
しかし、やはりエマさんは転生者……?
「敵か、味方かで言えば――……私は、アイナさんの味方でありたい。
何より、私はあなたたちを助けてあげたい」
……思いがけず出てきたのは、そんな言葉。
エマさんは、敵では……ない?
謎が謎を呼ぶ展開。
私は既に、大きく混乱をし始めていた。




