718.灰色の狂宴①
確かに話としては聞いていた。
心構えもしていたし、すぐに動ける準備もしていた。
……しかしそれでも、今回のことはあまりにも唐突すぎる出来事だった。
あとになって振り返ったとき、私はきっと、いつまでもそう思うことだろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――4日後、深夜0時。
私がそろそろ寝ようとしたところで、マーメイドサイドは巨大な地震に襲われた。
震度としては――……おおよそ6くらいにはなるだろうか。
この世界には地震の基準なんて存在しないけど、体感としてはそれくらいの大きさだった気がする。
「だ、大丈夫っ!?」
揺れが収まってから、私は廊下に飛び出した。
本来であれば軽率な行動ではあるが、これはただの地震では無いかもしれないのだ。
ちょうど廊下には、ルークとエミリアさんが出てきていた。
……いや、ルークはこの部屋の前で私を守ってくれていたようだ。
時間は深夜ではあるが、いつ何があっても大丈夫なように、私たちはパジャマなどには着替えていない。
このまま外出もしていける――全員がそんな格好をしていた。
「わーんっ! まさかあの話って、この地震のことだったのでしょうかーっ!」
エミリアさんは涙目になりながら訴えてくる。
地震の魔法も使える彼女ではあるが、不意に揺らされるのはやはり怖いようだ。
「どうどう……、落ち着いて……!
もう揺れてませんから! 私もいますから、安心してくださいっ!」
「はい! 安心しました!」
「早っ!?」
こんなお茶目な会話を作れるのであれば、まずはエミリアさんは大丈夫だろう。
「アイナ様、私はお屋敷の中を見てきます!
エミリアさんと一緒に、1階の広間でお待ちください!」
「そ、そうだね。何が起きているか分からないし……。
それじゃ全員、1階に集める?」
「はい、セミラミス様とヴィオラさんには私から伝えておきます!」
そう言うと、ルークは階段の方へと走っていった。
「むぅ……。ルークさんは、こういうときもさすがですね……。
悔しいですけど、私も見習わないと……!」
エミリアさんは密かにルークをライバル視している。
こういうときでも、それはどうやら健在のようだった。
「本当、頼りになりますよね……。
それじゃ私たちは1階に行きましょう。リリーもミラも、一緒に行くよー」
「なの!」
「はい、ですわ!」
……そう言えばこの二人、全然狼狽えていなかったよね……。
むしろ地震を起こす側だもんね、力量的な意味では。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――アイナ様、ご無事ですか!?」
私たちが1階に着くと、まずはクラリスさんが声を掛けてきた。
落ち着いて辺りを見てみれば、メイドさんたちはこの場に全員が集まってきている。
とは言え、クラリスさん以外はみんなパジャマ姿のようだった。
……まぁ、もう0時だからね。
「うん、私は大丈夫!
みんなは大丈夫だった? メイドさんと、あとは第三騎士団の――」
「はい、問題ございません!
現在は常駐していた団員たちで、屋敷の内外の確認を行っております!」
……なるほど、なかなか迅速な動きだ。
お屋敷の中にもある程度の団員は残ってくれているし、万全な対応にも見えるかな。
「ありがとうございます。
それでは引き続き、情報収集に努めてください」
「かしこまりました!」
そんなやり取りをしていると、セミラミスさんとヴィオラさんが階段から降りてきた。
「はわわっ、アイナ様~っ!!」
よろよろと私に泣き付いてくるのはセミラミスさんだった。
いや、あなた氷竜様でしょう? ……でもまぁ、よしよし。怖くなーい、怖くなーい。
「い、今の地震……なんだよな!?
魔力なんて全然感じなかったし……!!」
不安そうに言うのはヴィオラさん。
確かにエミリアさんも、その辺りのことは何も言っていなかったか。
ただ、魔法であっても距離や術によっては魔力を感知できない……ということもあるんだよね。
「詳しくはまだ分からないけど……。
今調べてもらってるから、落ち着いて待っていてね」
「お、おう……」
そうは言っても、ヴィオラさんの不安な表情は消えてくれない。
もちろんそれはメイドさんたちも同様だ。
しかし第三騎士団の団員たちは、弱気な表情も見せずに動きまわってくれている。
……本当、頼りになるなぁ。
そんな中、団員たちの視線が階段へと集まった。
ルークが上の様子を見終わって、1階にやって来たのだ。
「アイナ様、お待たせしました。
不審者の存在は確認できませんでした。
建物の損傷としては、今のところガラスが数枚、割れていた程度です」
「ん、了解。
……とすると、本当にただの地震……だったのかな」
あるいはこれは、何かの前兆――……予兆、だったり?
私としては、そうでないことをひたすらに祈るのみだけど……。
「まだ分かりません……。
引き続き外の確認を行おうと思います。
エミリアさん、アイナ様のことをお願いいたします」
「分かりました!
ルークさんはどーんと行っちゃってくださいっ!」
「はい、それでは!
よし、三人付いてきてくれ!」
「「「はいっ!」」」
ルークは3人の団員と共に、お屋敷から出て行ってしまった。
とは言え、万全の体制を敷いた第三騎士団である。
まだまだ私たちを守ってくれる団員はたくさんいるのだ。
「……とりあえず、毛布に包まってここで寝ましょうか。
明日は当然、来るんですから」
「そうですね……。
戦わない人は、ゆっくりと休んでもらわないとですね!」
……私とエミリアさんの言葉は、主にメイドさんたちに向かっている。
もしこれから戦いが始まるとしても、彼女たちの戦場はそこでは無い。
戦場から帰ってきた私たちを出迎えるのが、彼女たちの戦場になるのだ。
私たちの言葉を受けて、クラリスさんが謝ってくる。
「……申し訳ございません。
お屋敷内の安全が確認され次第、諸々の仕事は行いますので……」
「ありがとう。
でも、あんまり無理はしないでね」
「はい……」
返事をするクラリスさんの表情はやはり暗い。
私はふと、王都にいたとき――私たちが王城に呼ばれたときのことを思い出してしまった。
……突然の呼び出し。
そしていろいろなことが重なって、私たちは王都から姿を消してしまったのだ。
今回もどこか、それに共通する流れを感じる――
「……いや、そうは絶対にさせないから」
「え?」
「大丈夫。何があっても、私は絶対に戻ってくるから。
だからクラリスさん――
……それにマーガレットさん、ミュリエルさん、ルーシーさん、キャスリーンさん。
みんなは安心して、落ち着いて休んでいてね」
「は、はい……!」
ひとまずメイドの5人は落ち着いてくれたようで、今から明朝に掛けてのことを話し始めていた。
でも、そんな打ち合わせが不要になるくらい、何事も無ければ助かるんだけど――
……果たして。




