717.不安
翌日、私はエミリアさんと一緒に『水の迷宮』へと向かった。
ノーリさんとエマさんとの接触を受けて、何か思考の障害が入っていないかを確認するためだ。
……結果としては、特に何も問題は無いようだった。
あの二人は転生者なのでは……と言う懸念はあったものの、それ以上でもそれ以下でも無いと言うことだ。
「うーん……。
大丈夫そうですね、アイナさん!」
「はい、まずは良かったです。
それでは一旦、エマさんの言うことは信じてみますか」
「数日中にマーメイドサイドを誰かが攻めてくる……、と。
……うぅーん、誰なんでしょうね」
「転生者なのか、王国軍なのか……。
もしくは海の向こうの国……と言う可能性もありますし、まったく別の魔物かもしれませんし……」
「そう考えると全然絞れませんね……。
エマさんももっと具体的に教えてくれれば良かったのに」
「まぁまぁ、この情報源はあくまでも占いですから。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。外れたら外れたで、それは良しとしましょう」
「そうですね……。
不意を突かれてあっさり全滅……なんて言う未来に比べれば、無駄に警戒しちゃった未来の方が笑い話で済みますもんね」
「はい、ある程度は諦めて、気軽に準備をしていきましょう。
――さて、それでは次に行きますか」
「そうですね、どんどん行っちゃいましょーっ!」
私とエミリアさんは、ひとまず『水の迷宮』をあとにすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
騎士団への共有は、ルークが受け持ってくれている。
だから私たちは、エミリアさんの魔法師団に声を掛けることにした。
魔法師団は立ち上げ中とは言っても、既に多くの人たちが働いている。
所属する魔法使いもそれなりに多いので、いざというときにはやはり力を借りることになるだろう。
「――と言うわけで、偉い人たちに声を掛けておきました!」
魔法師団の建物から出てくると、エミリアさんは明るく報告してくれた。
私はあまりこの場所には来ないから、変な憶測を呼ばないように一人で行ってもらっていたのだ。
「ありがとうございます!
念のための確認なんですけど、エミリアさんは10日ほどお休みするんですよね?
その間、本当に大丈夫なんですか?」
「はい♪
責任者以外は、結構人材は揃っているんですよ。
だからこういうとき、頼りになる人もたくさんいるんです!」
「なるほど……。
みなさん、頭が良さそうですしね。頼りになりそうですよね」
「知識が前提の職業ですから!
……そう言う意味では、錬金術師も同じなのでは?」
「そうかもしれませんけど……。
でも、性格が捻じれている人も多いですし……?」
私は主に、ヴィクトリアのことを念頭にそう言った。
……ヴィクトリアって今、どうなっているんだっけ?
外国の貴族と結婚するって話だったから、この大陸にはもういないんだよね?
……ま、どうでも良いか。これからはもう、私の人生とは何の接点も無いんだから。
「でも、性格が捻じれている人なんてどこにでもいますよ。
魔術師にだって、偏屈な人とか癖の強い人は多いですし」
「ふむぅ……。
それでは魔術師も錬金術師も、基本的には頭の良い人の集団と言うことで」
「はーい! その通りですね!」
私はこんなところで、特に議論を起こすつもりも無い。
ごく当たり前の結論を以って、この話は早々に終わらせることにした。
「それではエミリアさん、次に行きましょう。
次は、どこでしたっけ」
「ファーディナンドさんのところ――
……は、騎士団を経由して話が行きますよね?」
「そうですね。そしたら次は、ジェラードさんの諜報部隊かな?」
「そこもファーディナンドさんの管轄になりますから、連携してもらえるのでは?」
「あ、そっか……。念のため、あとでルークに確認しておきましょう。
それじゃ、最後はグリゼルダのところに寄ってから帰りますか」
「グリゼルダ様!
確かに、グリゼルダ様はこの街の守護竜様ですから、伝えないわけにはいきませんよね!」
「守護竜……。
なるほど、そんな言い方もアリか……」
脚色も無いし、嘘も無い。
確かにグリゼルダは、この街にとっての守護竜なのだ。
騎士団や魔法師団はこの国を守っていく組織だけど、そもそもそれとはまるで別格。
私にとっても、グリゼルダの存在は想像以上に大きいものなんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人魚の島に行くと、グリゼルダはいつもの場所にいた。
ただ、海辺に立って海の方を眺めているようだった。
「グリゼルダーっ!」
「……うん?
おお、アイナか。それにエミリアも」
「グリゼルダ様、こんにちは!
今日はお酒、飲んでいないんですね!」
「こらこら。
妾とて、ずっと酒を飲んでいるわけではないからな?」
「でも差し入れは持ってきましたよ。
はい、『竜の秘宝』」
「おっ、これは助かるのう♪
いやぁ、酒が全部切れてしまって困っておったんじゃよ♪」
「……やっぱりお酒があれば、ずっと飲んでいるんじゃないですか……」
「はははっ、酒があるのに飲まないわけが無いじゃろ!」
「ダメだ、酒飲みの発想だ。しかも悪いタイプの……」
「……ふふっ♪ それで、今日はどうしたんじゃ?
ただの機嫌伺いなら良いのじゃが」
「一応お耳に入れておきたい話がありまして。
全然具体的では無いんですけど――」
私はグリゼルダに、昨日と今日の出来事を話した
具体的に話せたのは、ノーリさんとエマさんのこと……くらいかな。
「……ふむ。
なるほど、『大きな敵』……なぁ」
「はい。ちなみにグリゼルダは、何かを感じていたりはしませんか?」
「そう言う類のものは無いのう……。
しかし昨日から、何か異物感があるんじゃよな」
「……異物感?」
「うむ。本来ここにあるべきものでは無い何か……。
いろいろと視てはおるのだが、しかし何も視えぬでな……。
ただの勘違いか、妾の目から逃れておるのか――」
「……うへぇ。
それじゃもし『大きな敵』がいるとすれば、グリゼルダの目からも逃れられる敵……ってことじゃないですか!」
「悪い方に考えるのであれば、そう言うことじゃのう」
「悪い方……。
良い方なら――」
「妾の気のせいじゃ♪」
「えーっ」
思わぬ答えに、私の口からは不満の声が零れてしまう。
「でもアイナさん、気のせいなら何も問題が無いじゃないですか。
グリゼルダ様のは気のせい、エマさんの占いは外れ――
……ね♪」
「『ね♪』と言われましても……。
まぁその通りなんですが……」
「今のところ、妾の不安の正体は分からぬ。
だからそれぞれが、しっかりと十分な心構えをしておくことじゃな」
「そうですね……。
そして綺麗にまとめてしまいましたね……」
「うむ!
ま、視えぬものは仕方が無いわ。
ほれ、アイナとエミリア。酒でも飲むぞ♪」
明るく振る舞うグリゼルダに毒気を抜かれた私たちは、とりあえず一緒におやつを食べることにした。
……さすがにまた陽は高い。
こんな時間からお酒だなんて、私には難易度が高いからね……。




