716.占い
エマさんをお屋敷の中に招こうとすると、彼女の方から拒否されてしまった。
彼女はどうやら、外で話をしたかったようだ。
しかしお屋敷から離れるのは、私の方から拒否することにした。
何と言ってもエマさんの正体はまだ不明なのだ。
ノコノコと付いていくわけにもいかないからね。
そんなわけで、私とエマさんはお屋敷の庭でお話をすることに。
こちら側からは念のため、ルークとエミリアさんに待機してもらうことにした。
対するエマさんは――
「……あれ? ノーリさんは?」
「あ、はい。
この街の近くに知り合いの家があるということで……、今晩は別行動なんです」
「へぇ……。
この街の外、ですか? 街とか村も結構あるから、そっちに親戚でもいるのかな……」
「親戚と言えば親戚……と、そうは仰っていました」
ふむ……。
親戚がいるというのであれば、少なくともノーリさんは転生者では無いのだろうか。
「エマさんってまだお若いですけど、ノーリさんとは長いんですか?」
「そうですね……。
数年前に知り合って、そこからずっと一緒……という感じです」
おや……?
そうすると、本当に学者さんとその助手みたいな感じなのかな……?
……まぁ、エマさんの言うことが本当だとすれば……だけど。
「なるほど……。
それで、今日はこんな遅い時間にどうしたんですか?
何か早速、問題でもありました?」
「いえ……。
とても素晴らしい街で、凄いなぁ……と、正直そう思いました」
「あ、どうも……!
いろいろな人の力を借りて、どうにかここまで来たんですよ。
こだわっている部分も結構ありますから、滞在中は楽しんでいってくださいね!」
「はい、そうさせて頂きます……。
それにしてもアイナさんって、私と同い年くらいなんですよね。
それなのに私と、こんなに差があるだなんて……」
「あはは……。
でも学者さんも凄いと思いますよ。ひとつの道を追求するなんて、やっぱり人の役に立ちますからね」
「そうですね。
……それなら、良かったんですけど……」
不意に、エマさんは寂しそうな表情を浮かべた。
あれ? 何か地雷でも踏んでしまったかな……?
「……っと。
話を戻しますけど、御用は何ですか?」
「すいません、そうですよね。
えっと……実は私、占いが趣味なんです」
「占い……?」
「こう見えて、結構当たるんですよ。
それで、少し気になる結果が出ましたので――
……突然で申し訳ないのですが、お伝えしておこうと思ったんです」
学者の卵のエマさんが、気になる占いの結果を伝えに……?
でもそう言えば、ノーリさんは魔法学者なんだったっけ。
魔法と占い……、それなら通じるところはあるのかな。
「……気になる結果、ですか」
「はい。アイナさんたちの前に、数日中にとても大きな敵が現れる……と、出ています。
だから今のうちに、もしこの街にいない仲間がいれば呼び戻しておいてください。
……私も、出来るだけ頑張りますので」
「え? エマさんも頑張るって――」
「あ、失礼しました。それはこちらの話ですね。
……あまりお気になさいませんように」
「んー……、分かりました。
ちなみにその敵って、どういうものか分かります?
私たちもそれなりに、いろいろなものと戦っておりまして」
「あまり詳しくは……。
……私もそこまで実力がありませんので、申し訳ありません……」
「いえいえ!
少し漠然とはしていますけど、しっかりと備えておくことにしますね。
そうだ、街の人たちには知らせておいた方が良いのかな……」
「あ……。それは止めておいて頂けますか……?
……その、そうすると流れが変わってしまうんです……」
「流れ……?
……確かに、中途半端な情報を周知するわけにもいきませんか……。
でも、騎士団くらいになら良いですよね? いつもより態勢を整えておく……程度なら」
「はい、それくらいでしたら。
……アイナさん。今回は疑うこともなく聞き入れて頂き、本当にありがとうございました」
もう一言二言ほど言葉を交わすと、エマさんは丁寧にお辞儀をしてから帰っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――深夜の0時。
私は客室で、ルークとエミリアさんと話をしていた。
もちろん話題は、先ほどエマさんから告げられた占いのこと……である。
「うーん……。
全然、要領を得ない話ですよね……」
エミリアさんも、どうして良いのか分からない感じで呟いた。
「まぁ、占いだから――
……詳しくは分からない、って言われちゃいますとね」
「そして住民への告知はしない方が良い……、と。
不確かな情報であれば、確かに混乱はしてしまいますか……。
先日の転生者の件もありますし、内々に対処が出来るのであれば良いのですが……」
ルークも真面目な顔で考えてくれる。
二人とも、今のところまでは特におかしいとは思っていないようだ。
「……私、明日にでも『水の迷宮』に行ってみようと思います。
ショーコさんのときみたいに、考えていることがおかしくされていても嫌ですから」
「あー……、確かにそうですね……。
それでは私もお供しましょう。ルークさんはどうしますか?」
「私まで行くと、何かあった場合は対処できなくなってしまうかもしれません。
であれば、その間に騎士団の方で共有を済ませておこうかと」
「なるほど。それならルークにお任せしちゃおうかな。
でもルークも、エマさんのことは信じているんだね?」
「……もちろん、怪しいとは思っているのですが……。
ただ、本当に敵なのであれば、今回のような忠告はしてこないと思うのです。
数日中……という話でしたので、ひとまずは10日を目途に警戒しておきましょう」
「10日って短く感じますけど、緊張しながらだと結構長いですよね……。
魔法師団の方はまだ本格的に稼働してませんし、私は少しお休みしちゃおうかな……」
「エミリアさんも重要な戦力ですからね、そうしてもらえると助かります。
……それではそろそろ、今日はお開きにしましょうか」
「はい!」
「はーい!」
……ひとまずは明日。
ただ、明日にやることくらいは考えておこう。
明日になって、すぐに動けるようになっていればベストなんじゃないかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ママー、お帰りなさいなの!」
私が部屋に戻ると、リリーが出迎えてくれた。
今まではお絵描きをしていたらしく、テーブルの上には何枚かの紙が散乱している。
「ごめんね、一人にしちゃって。
もう用事は終わったけど、リリーはまだ大丈夫?」
「あのね! 少し眠くなってきたの!!」
元気にそう言うリリー。
あまりに元気そうなので、逆に本当に眠れるのかが心配になってしまう。
「それならもう寝ちゃおっか。
もう遅い時間だし」
「はーい! おやすみなさいなのっ!」
「うん、おやすみー」
リリーは自身のベッドに飛び込むと、ものの10秒で寝付いてしまった。
そんなに眠かったのに、私のことを待っていてくれたんだなぁ……。
ふとテーブルの上の紙、リリーのお絵描きの跡を眺めてみる。
そこにはこのお屋敷のみんなの絵が、子供っぽいタッチで描かれていた。
はぁ……。
こういうのを見ちゃうと、改めて責任感を意識しちゃうよね。
エマさんの言う通り、また何かの敵が現れるとしたら――
……私たちは、丁寧にひとつずつ潰していくしかない。
でもそれが、きっと平和への近道なんだよね。




