714.距離
「……なぁ。今日、外に出るんだろ?」
朝食後、食堂をあとにしようとしたところでヴィオラさんが声を掛けてきた。
転生者との戦いは昨日終わったばかり。
影響も方々に出ていることだし、今日はいろいろと見に行こうと思っていたところだ。
「うん、もう少ししたら出る予定だよ。
何か用事でもある?」
「いや……。そう言うわけじゃないんだけどさ……」
「ん?」
何かを言い淀むようにまごつくヴィオラさん。
いつもはずげずけと言ってくるのに、これは何とも珍しい光景だ。
「……俺も。
俺も一緒に、行って良いかなぁ……」
「え? 別に大丈夫だけど……」
「……そっか? よし、それじゃ一緒に行くからな!
先に出掛けるんじゃねーぞっ!!」
そう言うと、ヴィオラさんは走って食堂を出て行ってしまった。
……何か外に用事でもあるのかな?
ヴィオラさんから外に出たいだなんて、いつ以来のことだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……ところでルークは、昨晩からお屋敷には戻っていないようだった。
部下の団員の話によれば、各所の視察や今後の対応などで追われているらしい。
ルークが所属する第三騎士団は、私の警護が主な仕事ではある。
しかし今回のような事件があるのであれば、他の騎士団とも連携を取っていかなければいけないのだ。
……そんなわけで、今日はエミリアさんとヴィオラさんと出掛けることになった。
もちろん、第三騎士団の団員たちも一緒だけどね。
「――あれ? セミラミスさんは?」
お屋敷から出てから、私はふとした疑問を投げ掛けた。
「ん? 俺がいるからそう思ったのか?
俺、別にセミラミスとセットじゃねーからな?」
「ああ、ごめんごめん」
……とは言うものの、基本的にヴィオラさんはセミラミスさんと一緒にいることが多い。
今となっては一緒にいない方が、どうにも違和感を覚えてしまうのだ。
「あはは♪ ヴィオラさんはセミラミス様と仲が良いですからね!
ちなみに、セミラミス様はお忙しいんですか?」
「んー……。
やることはたくさんあるからな、ああ見えて」
「いろいろと研究をお願いしているからね……。
そう言うヴィオラさんは大丈夫なの?」
「……ま、たまには息抜きでもしねーとな」
少し力無く言うヴィオラさんは、街のあちこちをきょろきょろと見てまわっている。
この辺りの開発はひと段落しているけど、久し振りに見るのであればそれなりの発見もあることだろう。
「とりあえずこれから、南の街門に行ってみるね。
あとは困っているところとかぐちゃぐちゃになっているところを手伝ってまわるつもり。
時間も結構掛かっちゃうと思うからさ、手持ち無沙汰になったらお屋敷に戻っても良いからね」
「……ん」
ヴィオラさんの返事は小さなものだった。
やっぱり何か、元気が無いみたいだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後はいろいろと、私は混乱の収拾に努めていった。
まずは無惨に破壊されてしまった街門の修復作業。
作業的にはこれが一番大変だったかな?
それ以外には、街の人がたくさん来てくれたからその対応。
私を労う声も多かったけど、これからのことに不安を持つ人も多かった。
たった一人の襲撃でこれほどの被害が出た……ということは、既に知れ渡ってしまっているのだ。
この辺りの情報統制と言うか、情報操作と言うか、もう少し上手くいけば良かったんだけどね。
ジェラードがいてくれればもう少し何とかなったかもしれないけど、今はちょうどいないときだったし……。
「――アイナさん、ひと段落しましたね!
私、ちょっと魔法師団の方に行きたいんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい。
ここはもう大丈夫ですので」
「それじゃ、夕食の時間には戻りますね!
一旦、失礼します!」
「はーい、いってらっしゃい!」
私はエミリアさんを見送ってから、改めて周囲を見渡した。
ここでの作業も大体終わったし、私はどうしようかな――
……あ、そうだ。
ヴィオラさんはどうしたんだっけ? 後半、ろくに構ってあげられなかったけど……。
そう思いながらヴィオラさんを探してみると、少し離れたところの樹のふもとで、一人で何かをやっているようだった。
……いや、何かをやっているようには装っていたが、実際には特に何もしていないようだった。
「ヴィオラさーん。
こっちは終わったけど、もう帰る?」
「……お?
おー、お疲れさん!」
ヴィオラさんはそう言いながら、とてとてと私の方に近寄ってきた。
口調からは忘れがちになってしまうけど、ヴィオラさんも可愛い子なんだよね。
とてとて歩かれると、ちょっと見惚れてしまったりして。
「夕飯までには早いけどさ。
お屋敷に戻ったら、少しくらいは休憩したいでしょ?」
「んー……。
あのさ、時間があるなら……少し、散歩でもしていかないか?」
……え?
あの引き籠り体質のヴィオラさんが!
出不精のヴィオラさんが!
まさかまさか、そんなことを言うだなんて……!
「も、もちろん!
えーっと、どこか行きたいところとか、あるのかな!?」
「特に無いけど……。ああ、ちょっと高いところが良いかなぁ」
「高いところかぁ……。
それならお城の方に行ってみたいけど、ここは正反対だからね……」
この場所はマーメイドサイドの南端の南門。
お城の場所はマーメイドサイドの北部。
……行けなくはないけど、行ったら帰りが遅くなっちゃうからなぁ……。
「難しいなら、街壁の上とかでも良いぞー。
あそこ、乗れるんだろ?」
「うん、結構広いよ。
ヴェルダクレス王国との戦いのときは、私も結構走りまわったものでね……」
「へー、そうなんだぁ……。
それじゃ、そこに行ってみようぜ!」
「ん、りょうかーい」
……そんなこんなで、私はヴィオラさんと街壁に上ることになった。
もちろんよじ登ったんじゃないよ。階段がしっかりあるからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……夕方では無いが、そろそろ空の様子も落ち着いてきている。
天気は良く、空気は冷たい。
街壁に上ると、そこからはマーメイドサイドを広く見渡すことができた。
「おぉ、すげーな! 良い景色だーっ!!
……それにしても、被害はあったけど……でもまぁ、この街の一部だけだったんだな……」
「壊れたのは一部だけどね。
でも、住んでいる人が殺されちゃったのは大きいかな……」
「あ、そっか。……ごめん」
「え? いやいや、別に謝るところでも……」
……話し始めたばかりだというのに、早々に沈黙が訪れてしまう。
ひとまず遠くを見ながら、私は時間が過ぎるのを少し待つことにした。
「――この街が、アイナの作ってきた街……なんだよなぁ」
「え? そうだけど……いまさら!?」
「んぁ!?
い、いや、改めてそう思っただけだぞ!?
……でもさ。こんなに頑張って作っても、一人の攻撃でやられちゃうもんなんだなぁ……ってさ」
「そうだね、私もびっくりだよ……。
でも、ここにはたくさんの人がいるからね。私も、黙ってやられるわけにはいかないよ」
「ははは、アイナは強いな……。
……俺はさ、何かを守ったことがないから……。
いつも、守ってもらうばっかだったからさ……」
「え? きゅ、急にどうしたの?」
突然、しんみりとした表情で話し出すヴィオラさん。
いつもの元気が嘘のように思えてしまう。
「……この街が無くなったらさ、俺には帰る場所が無くなっちまう……。
昨日、本当にそう思ったんだ。……本当に怖かった。
だからアイナたちが無事で戻ってきてくれたときは、本当に嬉しかったんだ……」
「……うん。
でも、大丈夫。これからもずっと守ってあげるから!」
「……ありがとな。でも、そうじゃないんだよ……。
俺は今まで、ずっと目を逸らしていたんだよ。
街のことは勝手にアイナがやっていること。俺には関係ない……って。
だから、この街にも興味を持たないようにしていたんだ……」
「え? ただの引き籠りじゃなかったの!?」
「ちっ、ちげーよ!!!!
……いや? うーん、違くもないのかな……」
「……ぷっ。
あははっ♪」
自分で言っていて、ヴィオラさんは混乱をしてしまっているようだ。
その姿がどうにも可愛くて、私はついつい笑ってしまう。
「――俺も、この街のために戦えるかな……。
アイナたちの役に、立てるのかな……」
「私は……そう思ってくれるだけで、嬉しいよ?」
私たちはそのまま、日が暮れるまで言葉を交わし続けた。
特に目新しい話はそれ以上出なかったけど、ヴィオラさんとの距離か少し縮まった……ような、気はするかな。




