713.弔い
――平原に突然生まれた湖は、私の錬金術によって氷漬けにされた。
その後10分ほど経つと、身体の痺れるような痛みは突然消えていった。
恐らく、転生者のユニークスキルの効果が切れたのだろう。
……つまり、ようやく倒した……と言うことだ。
深い氷の湖の中で、転生者の場所を何とか確認する。
エミリアさんの魔法で近くまで穴を穿ってもらい、そして――
「『神託の逆流』」
……転生者の身体からは白い糸状の光が零れ、そして氷の中へと溶けていく。
ゼリルベインの与えた加護がまたひとつ、この世界から消えていったのだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そして、凱旋。
私たちがマーメイドサイドの東南門まで行くと、そこではたくさんの騎士たちが出迎えてくれた。
今回は周囲に影響を与えすぎる……ということで、騎士団にも漏れなく街で待機をしてもらっていたのだ。
だから私たちが戻ったときは、みんなとっても喜んでくれたかな。
「……団長、その男は……」
ルークが背負った男を見て、ひとりの団員が言ってきた。
「……今回の加害者だ。
もう死んでいる。弔ってやろう」
「しかし……」
さすがに団員たちの表情は渋い。
何と言っても、この転生者はこの街の住人をかなり殺してしまったのだ。
「……ごめんなさい。その男も、きっと被害者なんです。
だから、そっと弔ってもらえませんか……?」
「う……。
アイナ様が、そうおっしゃるのでしたら……」
「ごめんなさい、みなさんの気持ちも凄く分かるんです。
……私だって憎いところはある。もちろんあるんだけど――」
「わっ、分かりましたっ!
異論なんてございません! アイナ様こそ、複雑なお気持ちでいらっしゃるわけで……、申し訳ございません!!」
そう言うと、その団員はルークから転生者の遺体を受け取った。
「先日の……ヒマリさんの横にでも、お墓を作ってあげてください。
他に何か不便があれば、私が責任を持って対処しますので」
「承知しましたっ!」
――……これを以って、転生者の襲撃がまたひとつ終わったことになる。
今回は正直、かなりしんどかった……。
例えば二人以上で一斉に来られたら、これはもうどうしようも無いのでは……。
……そんな不安も、ついつい心に浮かんできてしまうのだった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お屋敷に戻ると、ミラも『水の迷宮』から戻ってきていた。
ちなみにミラが『水の迷宮』の力を振るう場合は、本人が現地まで戻っていないといけないらしい。
通常運用のときは、特に戻っている必要は無いらしいんだけどね。
「ミラ、お疲れ様!」
「お母様! 心配しましたわ!
……それにリリーも、お疲れ様!」
「なのっ!」
「二人とも、今日は頑張ってくれて本当にありがとね。
ご飯を食べて、さっさと寝ちゃおっか」
「ご飯なのっ!」
「お腹ペコペコですわっ!」
「それじゃ、手洗い、うがいーっ」
「はいなの!」
「行ってきますわ!」
……私の声に、リリーとミラは洗面所へと向かっていった。
何とも平和な、いつもの日常だ。
「アイナ様も、お疲れ様です。
私は……少し、街の様子を見て参ります」
「……あ、そうだよね。
たくさん人が死んでるし……。避難していた人も、まだ戻ってきているところだろうし……」
「はい。
それではエミリアさん、アイナ様のことをお願いいたします」
「はーいっ! お任せをっ!」
ルークは私のことをエミリアさんに託すと、そのままお屋敷を出ていった。
帰ってくるのはいつになるんだろう。
ルークこそ、ずっと戦い続けて大変だったはずなのに……。
「……あ。そう言えばメイドさんたちも、避難をしていたんですよね。
さすがに準備ができていないだろうし、今日は簡単に済ませちゃいましょうか。
私が錬金術でバチッと作れば良いですし」
「おぉ、それも良いですね!
……ふと思ったんですけど、アイナさんの錬金術みたいな感じで、色々なお料理が一瞬で作れたら便利ですよね!」
「それ、かなり便利ですね……。
エミリアさんがもしそれを出来たら、自分で作って自分で食べて……エンドレスで凄そうですね!」
「……いやぁ。何だか嫌ですね、それ……」
予想外に、エミリアさんの顔は渋くなってしまった。
……まぁ無尽蔵に出てくる食事なんて、むしろ『餌』みたいな感じがしてしまうだろうし……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私が食堂に行くと、メイドのみんなが出迎えてくれた。
「「「「「アイナ様っ!」」」」」
「お邪魔しまーす。
みんな、無事だった?」
「はいっ!
アイナ様たちだけで戦っていると聞いたときは、とても心配しました!」
ずいっと出てきたのはキャスリーンさん。
そのあとを続けたのはマーガレットさん。
「駆けつけてご挨拶をしたいところではありましたが、すぐに夕食の準備をしなければいけませんでしたので!」
「こんなときにもごめんね。いつもありがとう。
準備がまだだったら、今日の夕食は簡単にしようかなって思ったんだけど――」
「いえ! あと10分ほどで配膳を開始いたします!
どうぞ、食堂でお待ちになっていてください!」
自身満々に言うミュリエルさん。
「え、もう!? 準備が速いね!?」
「私共の戦場は、ここですから」
静かに、そして自信たっぷりに言うルーシーさん。
「――と、そう言うわけです。
アイナ様が私たちを守って頂いているように、僭越ながら、私たちはアイナ様の生活をお守りいたしますので!」
最後に総括するクラリスさん。
とても頼りにはなるのだが、こういうときくらいは自分たちを優先してもらっても良いんだけどなぁ……。
でも、とっても嬉しいところではあるかな。
「……うん、分かった。
それじゃみんなにも声を掛けておくから、準備の方、よろしくね」
「「「「「はいっ!!」」」」」
……メイドさんたちは、凄まじいスピードで夕食の準備をしていく。
私が戦いに集中していられるのも、彼女たちのような人たちが、私をたくさん支えてくれているおかげなのだ。
そんな彼女たちを含めて、今回は大勢の人をどうにか守ることができて本当に良かった。
……このまま、みんなが幸せな平和を手に入れていかないとね。




