712.連携
「――グレーゴルさんの準備が完了しました!!」
大きな声で報告をしてくれたのは、戦況報告の魔法使い。
以前、ヴェルダクレス王国軍との戦いでも活躍してくれた、5人組の魔法使いの一人だ。
この5人は今後、エミリアさんの魔法師団に所属していく予定になっている。
「うん、了解!
それじゃ、『水の迷宮』から水流を全力解放!!」
「『水の迷宮』、水流を全力解放ーっ!!」
「続けて、水路切り替えっ」
「グレーグルさんに伝達! 水路切り替え!」
パアァアアン……!
10秒ほどすると、どこか遠くの方で合図の音が聞こえてきた。
グレーゴルさんはポチに乗って空中にいるから、近くの魔法使いが音で伝えたのだろう。
そのまま1分ほどが経過すると、遠くの方から爆発音が。
もう3分ほどが経過すると、低い地鳴りが聞こえてきた。
これから何をやるのかと言えば、ヴェルダクレス王国軍との戦いでも使った水攻め――
……の、変化形である。
この作戦を準備をする間に、私たちは転生者をマーメイドサイドから遠くへ、遠くへと吹き飛ばしてきていた。
目指す場所は、ヴェルダクレス王国軍の退路を断つために作った川のあった場所。
今ではもう川なんて無いけど、今回はまたそこに水を流していくのだ。
「アイナさん! 場所はこの辺りで……問題無さそうです!」
「はーいっ!
ルークも――……場所は良し、ですね!」
ルークはずっと交戦中だから、連絡は大声でやらざるを得ない。
しかし途中からは拡声魔法の使い手、クラーラさんにお願いをすることが出来ていた。
ちなみにこのクラーラさんも、ポエール商会からエミリアさんの魔法師団に転属する予定になっている。
……しばらくすると、地鳴りはさらに大きくなっていった。
遥か彼方の平原を眺めていると、夕闇に紛れて見難くはあるが、白い線が薄っすらと見えてくる。
「来た!
来ましたよ、アイナさーんっ!!」
「はい、了解!
位置の補正は……しないで大丈夫そうですね!
リリー! 準備は良い!?」
「大丈夫なの! 行ってくるの!」
そう言うと、私の横にいたリリーは蜃気楼の揺らめきのように、その姿を消していった。
……リリーはある目的のために、『疫病の迷宮』に入って行ったのだ。
もしかしたら今回も、英雄シルヴェスターのときのようにすれば良いのかもしれない。
転生者を『疫病の迷宮』に入れてしまえば、そのまま疫病の力で倒せるかも……。
しかし今回は、周囲に影響力を強く及ぼすユニークスキルが相手なのだ。
リリーだって簡単に近付くことは出来ないし、迷宮に入れたら入れたで何が起こるか分からない。
従って、今回のリリーの役回りは別のところにあるのだ。
「グォオォオォオォオオッ!!!!
オオオォォォ――――ンッ!!!!!!」
……転生者の雄叫びはより強く大きくなり、押し付けてくる恐怖も凄まじいことになっている。
この恐怖がレアスキルのせいだと知ってはいても、正直逃げ出したい気持ちが強くもたげてきてしまう。
しかし、逃げてしまえばマーメイドサイドが滅ばされてしまうのだ。
だから私は、絶対に逃げるわけにはいかない――
「クラーラさんっ!
拡声魔法、準備!!」
「はいっ!」
私の声を受けて、すぐに拡声魔法を展開するクラーラさん。
「――ルークッ!!!!
水が押し寄せる場所に誘導して!!!! 最後はエミリアさんに手伝ってもらうから!!!!」
距離があるだけに、ルークの返事は期待していない。
しかしルークは、その言葉にすぐに反応をしてくれた。
「……それではアイナさんも、気を付けてくださいね。
フロート・エクスペル!!」
エミリアさんは浮遊の魔法を使い、宙へと飛んでいく。
ルークはルークの、エミリアさんにはエミリアさんの仕事がある。
だから私も、私の仕事をきっちりこなしていかないといけないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ドパアアアアンッ!!!!
力強い水流が、私たちの元へとやってくる。
水流の進む先に向かっていくのは、まずはルークと転生者。
ルークが器用に確実に、転生者の動きを制御してくれている。
水流の上方、空に浮いているのはエミリアさん。
全員が生き残るため、重要な役回りを受け持ってもらっている。
私はその下で、転生者が来るのを待つ。
……その距離はまだかなりあるものの、次第に痺れるような痛みが全身を駆け巡っていく。
これは転生者のユニークスキルによる、虚無属性のダメージだ。
かなりの距離があるにも関わらず、正直痛くて敵わない――
「……アイナ様!!」
遠くの方から、ルークの声が聞こえてくる。
場所は上々、そして――
……ズッ!!
ズゴゴゴゴ……ゴォオオオオンッ!!!!
突然、平原に地鳴りが響いた。
これは『水の迷宮』からの水流によるものでは無い。まさにこの場所、ここの地下で起きた音――
……一瞬後、地面は柔らかく歪み、そのまま大きな轟音を立てて、一気に巨大な穴を空けていった。
広い広い平野で起こった、大規模な崩落。
まさにこれは、私たちの祈りが通じた奇跡――
……とかでは全く無くて。
実はこの崩落、リリーの仕事なのだ。
リリーがこの場所に『疫病の迷宮』を移動させて、そこで一気に地下の土を取り込む。
そしてリリーが『疫病の迷宮』を消すことで、その場所には大きな空間が残ってしまう。
突然地下に出来た大きな空間は、地表の土を支えられるわけもなく――
……そのまま崩落してしまう、というわけだ。
「リリー、上出来っ!!
クラーラさん、拡声魔法っ!」
「はいっ!」
「――ルークッ!!!!
そいつをこの大穴に落として、真ん中まで移動っ!!!!」
「はいっ!」
ルークの声は小さくではあるが、確かに聞こえてきた。
これまでの状況を踏まえれば、転生者の最終的な誘導も問題なく済ますことが出来るだろう。
……そうこうしているうちに、『水の迷宮』からの水流はこちらにどんどん押し寄せてくる。
そしてそのまま、大量の水はリリーが空けた巨大な穴へ流れ込む――
「――さすがに、一気には溜まらないか……。
でも、もう少し……」
「アイナ殿! 到着したぞ!!」
「グレーゴルさん!」
水の流れを切り替えてきたグレーゴルさんが、空から合流してきた。
そして――
「ママっ! 戻ったの!」
「リリーも!
次の作戦に行くよ! グレーゴルさん、リリーを連れてエミリアさんのいる場所まで行ってください!
そのままそこで、合図をするまで待機!」
「うむっ!」
「なのっ!」
リリーはポチの上にぽすんと乗り込み、そのままグレーゴルさんと一緒に空へ飛んでいく。
その間に、巨大な穴には水が凄まじい勢いで溜まっていく。
ルークと転生者のところにも水は流れ込み、そろそろまともには立てなくなってきている――
「クラーラさん、拡声魔法!」
「はいっ!」
「――エミリアさん!!!
直下のルークを救出っ!!!!」
「はーぃっ」
小さくではあるが、エミリアさんの声が聞こえてきた。
そしてその直後、エミリアさんは直下のルークの元に降り立ち、そのまま一瞬にして空中へと戻っていく。
これで、大穴に取り残されたのは転生者のみ――
……しかし英雄シルヴェスターもそうだったように、こういう輩はこういうときに、驚異的な身体能力を発揮する。
今回もその想像通り、転生者はしゃがみこんだあと、驚異的な跳躍を見せつけてきた。
このままでは、折角の作戦から逃げられてしまう――
……しかし、そこも大丈夫!!
「――リリー!!!! 岩っ!!!!」
「なのっ!」
可愛い元気な声と共に、空中に突然生み出されたのは巨大な岩。
この岩は、リリーが地下で空間を作ったときに取っておいてもらったものだ。
リリーは『疫病の迷宮』を、アイテムボックスのように使うことが出来る。
今回もその応用で、質量を無視した形で空中に持っていき、そして転生者へと攻撃をしていく――
……この岩は魔法では無い。
そして、アルケミカ・クラッグバーストで撃ち出す岩なんかよりも、圧倒的に大きい。
だから、これならば――
「……グォオオォオッ!!!?」
ズン……
ドバアアアアアアンンッ!!!!!
……大きく跳躍していた転生者は、突然落ちてきた巨大な岩にぶつかり、その岩と一緒に水面へと落ちていった。
大きな水飛沫が上がり、かなりの水が吹き飛ばされてしまったけど――
……しかし既に、巨大な穴には十分な水が溜まっている。
そしてその水は、私の手元にまでしっかりと溜まってきている。
ここからは私の出番。
私の錬金術は、物体に熱を加えることが出来る。
しかし、その逆も然り。熱を奪うことだって出来るのだ。
つまり――
「――凍れッ!!!!」
……錬金術は魔法では無い。
だからこそ、魔法の効かない転生者であっても、さすがにこれは凍るはず――
……私の目の前では、大きな湖が、見る見るうちに凍っていく。
一瞬で凍れば理想的だったんだけど、私の錬金術は魔法じゃないからね。
残念ながら、さすがにそこまで上手くはいってくれないのだ……。




