708.いつの間にか
新たな転生者の登場に、私はどうにも気が気でなかった。
何せ今まで、私が出会ってきた転生者たちは敵ばかりだったのだ。
当然、今回のショーコさんだって敵に決まっている――
……とは思ったものの、10分も経つと何だかどうでも良くなってきてしまった。
むしろショーコさんのキャラは好きだし、このまま友達になりたいとさえ思ってしまう。
そんなことを思うくらいなのだから、ショーコさんに害があるなんてことは無いのだろう。
私だって今までたくさんの人たちと出会ってきたんだから、そういう感覚も養われているはずだし。
「――はぁ、満腹ですっ!
ねーっ! 美味しかったね!」
「うん!」
「美味しかったーっ!」
ダリル君とララちゃんも、ショーコさんとはいつの間にか馴染んでいるようだ。
彼女は少しぼんやりしたイメージだったけど、実際に話してみると――
……コミュニケーションの鬼?
話していて嫌なところなんてまるで無いし、自然に話に惹き込まれてしまうと言うか……。
そんなことを考えながらぼんやり眺めていると、彼女はいろいろなところに積極的に顔を出していった。
……いや、『積極的』、と言う感じもしないかな。
どう見ても、『ごく自然』と言う境地に達しているのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
餅つき大会が終わると、招待していたお客さんはたちはパラパラと帰って行った。
空はもう暗くなり始めているから、すぐに夕食の時間になってしまうだろう。
でも、さすがにたくさん食べすぎたから……、お腹はまだ空いてはいないかな?
さすがお餅、腹持ちがとっても良いよね。
「はぁ~っ、お腹が空きましたーっ」
……私の思いに異を唱えてきたのは、いつものエミリアさんだった。
しかしエミリアさんなら無理も無い。普通にお腹が空いてしまう量と時間なのだろう。
「エミリアさん、結構食べていましたよね?」
「はい、美味しかったです!
夕飯も楽しみですっ!」
「あ、はい」
私のお屋敷の食事は美味しいから、確かに楽しみではある。
しかし話が豪快にすっ飛ばされてしまったのは、悲しい出来事である。
「……ところでショーコさんは、今日はどうするんですか?
アイナさん、ショーコさんを夕食に招待しても良いですか?」
突然、エミリアさんがそんな提案を出してきた。
いやいや、さすがにそれは……。
……だってショーコさんって、ゼリルベインから加護をもらった転生者なんだよ?
って言うか、今まで空気に呑まれちゃっていたけど、ショーコさんは敵なんだよね……?
――あれ?
本当に敵なの……?
いや、敵じゃぁ無いよなぁ……。
「……えぇっと、ショーコさん。
今日はこれから、どういうご予定なんですか?」
「実は私、この街には来たばかりなんです。
だから宿屋の事情もまだ知らなくて……」
「おぉー、それなら泊まってもらいましょう!
私ももっとお話をしたいですし。ね、アイナさん!」
「ん、分かりました。
それじゃお客様用の部屋に泊まってもらいますか」
「す、すいません。それではお言葉に甘えさせて頂きます!
本当に助かりますっ!」
……ショーコさんの招待は、あっけないほど簡単に終わってしまった。
何て言うのかな。ツーと言えば、カーと言う……みたいな感じかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夕食も無事に済んで、みんなはそれぞれの部屋に戻って行った。
ショーコさんもすんなりとこのお屋敷に溶け込み、既に何泊もしているかのような安定感を放ち始めている。
……まぁ、世の中にはそんな人もいるんだねぇ。
…………いる……、のかなぁ……?
あれ?
さすがに何か、おかしくない……?
私はついつい、そんな疑問を感じてしまうが――
……しかし特におかしいことは……、無いのかな?
世の中は広いんだから、きっとコミュニケーションに長けた人なんてごろごろといるはずだ。
それならいちいち、悩む分だけ時間の無駄と言うことになってしまう。
いや、でも何だか……?
……あー。頭の中がちょっと気持ち悪くなってきたかもなぁ……。
「――お母様、どうかされましたか?」
おもむろに話し掛けてきたのは、うたた寝から目覚めてきたミラだった。
「あ、起きちゃった?
ちょっとね、考え事をしてたの」
「考え事……。
お母様はいつも考え事をしているように見えますけど、それ以外で……ですか?」
「え、ミラからはそう見えるの?
でも、今はあんまり大したことは考えていなかったよ?」
「そうですか……?
ちなみに、何を考えていたのでしょう」
……おや?
ミラがそんなことを聞いてくるだなんて、ちょっと珍しいなぁ……。
「ほら、今晩泊まっているショーコさんのことなんだけど。
凄くコミュニケーション能力が高いなぁ~って、感心していたの」
「感心……ですか。
確かにセミラミス様やヴィオラさんにも、見習って頂きたいものですわ……」
「あははっ、ミラも言うようになったねぇ♪」
「……。
あの、お母様。これからお時間はありますか?」
「ん? どうしたの?」
「申し訳ないのですが、『水の迷宮』まで来て頂けないでしょうか」
「え、今から?
明日じゃダメ?」
「はい、出来ればすぐにお願いします。
リリーは寝ているので、置いていきましょう」
「えええ、どうしたの? どうしたのー?」
……そろそろお風呂に入って寝ようと思った矢先に、ミラからの突然のお誘い。
小さなお願いもなかなかしない子なのに、一体どうしたのかな……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――行き掛り上、『水の迷宮』にはルークと第三騎士団の数人も連れて行くことになった。
たくさんの人を引き連れて、こんな夜の時間を連れまわしてしまうのは申し訳が無いというものだ。
しかし、いざ『水の迷宮』の入口に着くと、ミラはルークたちを制止した。
「お兄様たちは、ここでお待ちください」
「え?
ミラちゃん、中は危ないよ?」
ルークもついつい、少し抜け気味に返事をしてしまう。
まさか付いていくのが入口までだなんて、予想もしていなかったのだろう。
「あまり深いところには行きませんし、多少深いところでもお母様なら余裕ですわ。
それに、少し確認したいことがありますので」
ミラの表情は、いつになく冷静な気がする。
うーん……。確認したいことって何だろう……。
私とミラは、そのまま『水の迷宮』に入って行った。
1階を5分くらい進んだところで、ミラが唐突に聞いてくる。
「――お母様。
今、お屋敷にはショーコさん――
……異世界からの転生者がいるんですよね?」
「え? ……あっ!?
私がお屋敷を空けちゃダメじゃんっ!!!!
すぐに戻らなきゃっ!!!!」
「……その認識は、正しいのですか?」
「何を言ってるの!?
だってゼリルベインの手先なんでしょ? そんな人を放っておいたら――」
……考えるまでもなく、危険な話だ。
敵が私のお屋敷に泊まっているだなんて、そんなのはいつ危険すぎるわけで……。
――って、あれ?
「……お母様、もしかするとショーコさんの何か……。
あの方のスキルや術から、お母様の考え方は影響を受けていなかったでしょうか……」
「……っ!!
で、でも! 突然、何で急に……っ?
今まではそんなことを気付かなかったのに……っ!?」
「ここは水の魔力が溢れる場所。
虚無の魔力の影響から、遠退いたのですわ」
――なるほど。だからミラは、私を突然ここまで連れてきたのか……。
そうすると今回の転生者は、こちらの思考を変えてしまうようなユニークスキルを……!?
……それって滅茶苦茶、性質が悪いじゃん!!




