705.宝箱
マーメイドサイドも、ようやく『怠惰』の影響から抜け出すことが出来た。
これでいつも通り、勤勉な街が戻ってくると言うものだ。
そんな中、私は勤勉なセミラミスさんと一緒に、街の外に出ていた。
「――はわわ……。まさか、こう来るとは……。
はわー」
もはや『はわわ』が口癖になっているセミラミスさん。
彼女は今、私のお屋敷の3階に住んでいる。
その高さであればベルフェゴールの『怠惰』の影響は受けなかったはずなんだけど――
……そのときはちょうど、戦いの場に向かっていたところだったんだよね。
つまり街の中を走っていたわけで、セミラミスさんもしっかりと『怠惰』の影響を受けてしまっていたのだ。
「まったく、いろいろと予想外でしたよね……。
まさか、街壁をぶち抜いてくるとは……」
「は、はい……。
せっかく全ての街門に……、『解析』の魔法を仕込んでおいたのに……」
「でも今回は、結構どうしようも無かったのかもしれませんよ。
虚無属性だと思われる『怠惰の監獄』とやらも、ここからは少し離れた場所で使っていましたし」
「そうですね……。
あそこの距離だと……、少し……足りなさそうです……」
セミラミスさんは目で距離を測りながら、手元の紙に何かを書き記していた。
今は先日の襲撃された状況の見分と、次にどう備えるかを考えているところだったのだ。
……1回やってダメなら、改善を施して、次に備えていく。
物事を良くしていくには、結局はそれが大切なのだ。
一見地味に見えたとしても、1回で進む距離が少なかったとしても、最終的にはそれを積み重ねていくのが一番早いのかもしれない。
「でも、戦いになるとなかなか難しいんですよね。
転生者に『あそこで虚無属性を使って!』とも言えないですし……。
普通に戦っても強いし、さらにどんなユニークスキルを持っているか分かりませんし――」
「た、確かに……。
うぅーん、どうしましょう……」
私の言葉に、セミラミスさんは素直に悩んでしまう。
ここはどうにかしてもらいたいところではあるけど、あまり悩まないようには進めてもらわないとね。
「いっそのこと、『街のどこでも解析可能!』……みたいには感じには出来ないんですか?」
「さすがにそこまで大きくすると……、結構な魔法陣が必要なので……。
街の外側にも、広大に描くことになりますし……」
「ふむ、なるほど……。
逆に、バレバレであっても使わざるを得ない場所を作る……とか!」
「使わざるを得ない……。
なるほど、それなら狭い範囲でも……、良さそうですけど……」
そう言いながら、セミラミスさんはメモを続ける。
「何か、アイディアは出てきそうですか?」
「あ、あまりそう言うのは得意では無くて……。
むしろアイナ様の方が、何か出そうですけど……」
「うーん……。
……例えば、宝箱を置いておいて」
「はい……」
「開けると封印が発動して」
「はぁ……」
「そこでは六属性が使えない……とか」
「ふむ……。
そうすると、『ならば虚無属性で』……と言うことに?」
「そうです、そうです。
穴はたくさんありそうですけど、完璧ですよね!」
「アイナ様……。
それは、完璧と言うのでしょうか……」
「もしかしたら、言わないのかもしれません!」
「ま、まぁ、はい……。
それにしても、宝箱……ですか。転生者の方は、宝箱を開けてくれますでしょうか……」
「宝箱には浪漫が詰まっていますからね……!
それにここに来る転生者って、ちょっと馬鹿っぽいじゃないですか。
だからきっと、問題無く開けてくれると思いますよ!」
「馬鹿っぽい……、って……」
私の言葉に、セミラミスさんはどう答えて良いのか困ってしまう。
確かにこの街に来る転生者たちは、驚異の者に他ならない。
でも実際に戦ってみると、みんなどこかしらが抜けているんだよね……。
「ま、虚無属性の解析が出来なかったから、セミラミスさんもしばらくはやることがありませんよね?
ちょっとした悪戯を仕込んでも問題無いと思うので、ヴィオラさんと一緒に考えてみてくれませんか?」
「は、はい……。
ヴィオラさんにも、しっかり手伝ってもらわないと……、ですね……」
そのヴィオラさんではあるが、彼女は『怠惰』の影響をまるで受けていなかった。
何故かと言えば、あの瞬間はお屋敷の3階にある自室に引き籠っていたからだ。
高さ的には問題なく、何の影響も受けなかったらしい。
……ただ、まわりが突然ダラけ始めただけに、これ幸いと一緒になって『怠惰』に掛かった振りをしていたようだ。
何と言うか、セミラミスさんとは正反対の、仕事嫌いなところが出て来ちゃっているよね……。
「ちなみにセミラミスさん、『怠惰』の逆の状態異常は作れませんかね?
ヴィオラさんに掛けてあげたいんですが」
「あはは……。
ちょっと、検討してみます……」
私の無茶を断らないあたり、セミラミスさんにも思うところはあるのだろう。
名前はそのままだけど、『勤勉』みたいな状態異常が出来ても良さそうだよね。
……状態『異常』なのかは、一旦置いておいて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3日ほどもすると、セミラミスさんは早々に試作品を作って来てくれた。
とりあえずはお屋敷の庭に、その宝箱を設置してもらう。
「……正直、バレバレなんですけど……」
何がバレバレかと言えば、大きな魔法陣のど真ん中に宝箱が置かれているのだ。
いくら何でも、これでは怪しく思わない方が難しい……というレベルだ。
「本当に、バレバレ……ですね!」
「要件を取り入れると、これが限界でして……、はい……」
「ふーむ……。
ダリルニア王国ではタナトスに魔法を封じられましたけど――
……あれ? 全部の魔法を封じてしまえば良いのでは?」
「え? それだと虚無属性が……」
「虚無属性だけが発動できると信じさせて、そのまま使わせてしまえば……?」
「いえ、それではダメなんです……。
魔法が発生した瞬間から、形になるところまでを解析しなければいけないので……」
「むぅ……。
つまり、『使ったけど封じられていた』って言うのはダメなんですね……」
「はい、残念ながら……」
なかなか条件が難しいところだ……。
……でもまぁ、とりあえず試作品は1つ出来たのだ。
これはこれとして、一応設置したままにしておこうかな。
「それじゃ、次を考えてみましょう」
「分かりました……。
ちなみに今回の宝箱は、どうしますか……?」
「あ、念のため取っておこうかなって」
「それなら……、ダメージも入るようにしておきますか……?」
「え?」
「虚無属性の魔法を使ったら……どっかーん、みたいな感じで……」
……セミラミスさんも、なかなかお茶目なことを言うようになったものだ。
もちろんそれは、採用しておこうかな。
普通の人なら虚無属性の魔法なんて使えないから、安全的にも問題は無いでしょ、きっと。




