704.予想外
……何てこったい。
私は新しく増えた墓標の前で、改めて心にそう思った。
その墓標は先日倒した転生者、ベルフェゴールのもの。
殺すつもりはまったく無かったし、ベルフェゴール自身も死ぬつもりは無かったはずなのだが――
……どうやら私の『神託の逆流』に対して、例の『強制自滅』のスキルが勝手に発動してしまったらしい。
これは完全に、予想外の出来事だった。
そしてそうとなれば、今後も情報は引き出しにくくなってしまうだろう。
何と言っても、敵対する相手のユニークスキルを消すことが出来ないのだから……。
……消すことが出来なければ、そこから一気に逆転されてしまうことだってあるはずだ。
ユニークスキルというのは全てが全て、それほどに強力なものなんだよね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ! アイナさん、お帰りなさいっ」
「はい、ただいまでーす。
はぁ……。今日も何だか、疲れちゃいました」
「ここ数日、いろいろと大変でしたからね」
何せベルフェゴールを倒した当日と次の日は、マーメイドサイドの人々に掛けられてしまった状態異常――
……『怠惰』を解除することだけで手一杯になってしまったのだ。
さらに次の日は、完全に停止してしまったマーメイドサイドの日常を復旧するのに大変だったし……。
街というものはたくさんの生活や仕事で成り立っているわけだから、それが一斉に停止してしまうというのは凄いものがあった。
『怠惰』がバニッシュ・フェイトで解除できる類のもので、本当に助かったよ……。
……って言うか、この街が相手じゃなかったら、ベルフェゴールは完全に覇権を取れていたんじゃないかなぁ。
彼にとっては悲しいことではあるが、この街には『虚無属性の状態異常』というニッチな分野の天敵、ルークがいてしまったのだから……。
ただまぁ、ベルフェゴールの剣術だって凄かったのだ。
だから『怠惰』に掛からなければベルフェゴール勝てる……、ということでも無かったはずだ。
今回はまさに、状態異常の耐性と剣術を持ち合わせたルークがいたからこそ、割と簡単に勝てた相手……だと言えるのだろう。
「改めて思い返すと、本当に大変でしたよね。
私とエミリアさんだってユニークスキルは持っていますけど――
……ユニークスキルを相手にするのは、もう本当にしんどいですよ~っ」
「本当に、そうですよね……!
私のユニークスキルも確かに強いですけど、さすがにベルフェゴールさんには勝てそうもありませんでしたし……」
「え? そうですか?
初っ端に水を掛けてあげたじゃないですか。
あれがもっと強い魔法だったら、瞬殺していたんじゃないですか?」
「あー……。まぁ、そうかもしれませんけど。
でもあのときは、虚無属性の『解析』を狙っていたわけですからね……」
「でもでも、そういう前提が無ければ案外楽なのかもしれませんよね。
出くわした早々、『神託の逆流』を掛けても良いわけですから」
「アイナさん、それは酷い……!
すべての段取りを無視する暴挙ですよ!」
「あはは、ゼリルベインの段取りなんて知りませんよーっ。
それにしてもこう、ぽんぽん転生者をけしかけても大丈夫なんですかね?」
「え? ……と、言いますと?」
「本来、何かをするにはコストが必要になるじゃないですか。
錬金術なら素材……、魔法なら魔力……、みたいに。
だから、転生をさせるにも何かコストが要るんじゃないかなぁって」
「ああ、確かにそうですね。
うーん、どうなんでしょう。マリサおばーちゃんなら知っているかなぁ……」
「さすがに知らないんじゃないですか?
異世界からの転生だなんて、絶対神アドラルーン様はそもそも使えたみたいですけど――
……あとはゼリルベインが何故か使える、みたいな代物だそうですから」
「へー、そうなんですか?
それって、グリゼルダ様からの情報です?」
「あ、そうですね。
でも、ここだけの話ですよ?」
「はい、分かりました!
んー……。まぁ他に使えるとしても、きっと他の神々くらいなんでしょうね」
エミリアさんは両手で頬杖をつきながら、呑気な感じで言った。
何気無い一言ではあるだろうが、その言葉に私は深く考えさせられてしまう。
……この世界には、他の神々はいない。
実際のところ、私たちが敵対しているゼリルベインの1柱しかいないのだ。
完全に味方であろうはずの絶対神アドラルーン様は、この世界に直接手出しをすることは出来ないと言うし……。
せめて誰か、こちら側に付いてくれる転生者がいてくれたらなぁ……。
そう思いつつ、ふとエミリアさんを見る。
……でも、転生者が絶対無敵……と言うわけでも無いんだよね。
現にルークは、ベルフェゴールを圧倒していたのだ。
仮にベルフェゴールが死体をどうにかするユニークスキルを使えたとしても、1対1ならルークが完全に勝っていたわけで。
つまり、転生者以外でも、転生者には勝てるのだ。
……まぁ、ルークは『転生者以外』という括りの中でも、かなり特殊な方ではあるんだろうけどね。
何せこの前、S+ランクの冒険者に登録されてしまったくらいなのだから……。
「――むむ?
何ですか、アイナさん。そんなに見つめられると、照れちゃいますよ♪」
「え? ああ、すいません。ちょっと考え事を」
「ふむふむ、一体何を?」
「いや、ルークがS+ランクに上がったなぁ……って」
「あ~、そうですね!
アイナさんも錬金術師ランクはS+になりましたし!
何だかみんなしてズルいです!!」
「おぉう、エミリアさんのズルい病が始まった……」
「でもしかし! 今回は私も抜け目はありません!
魔術師ギルドに、ランク昇格の申請を出しておきましたからっ!」
へぇ……? 魔術師ギルドにランクってあったんだ……。
ほとんど行ったことが無かったから、それは知らなかったなぁ……。
「……と言うか、この街に魔術師ギルドってありましたっけ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?
魔法師団を作る過程で、小さいですけど来てもらったんですよ。
場所は冒険者ギルドの隅っこですけど」
「おっと、存在感が小さいですね……」
「今のところは、そうですね。
そもそも王都の魔術師ギルドが大きすぎるだけであって、他のところは案外そういうものなんですけど」
「へー……。
確かに錬金術師ギルドだって、そう言えばそんなもんですからね」
「そうです、そうです!
だから私もアイナさんを見習って、この街の魔術師ギルドを大きくしていかないと!」
「おぉ……!
そして『暴食の賢者』の名前を世界に知らしめるんですね……!!」
「ぐぬぅ……。
そろそろ私、もう少し前向きなふたつ名があっても良いと思いませんか!?」
「前向きって……」
「アイナさんだって『神器の魔女』とは名乗っていますけど、そもそもは『神器の錬金術師』じゃないですか!」
「ふむ」
「ルークさんだって『竜王殺し』って言われていましたけど、ダリルニア王国の一件以来、『竜王騎士』なんて呼ばれているんですよ!」
「ああ、確かに。聞いたことはありますね」
「それに対して私、エミリアは!
どこもかしこも『暴食の賢者』とばかり!」
「うーん……。
エミリアさんが活躍したときも、『暴食の炎』を使ってましたからねぇ……。
他のふたつ名が欲しいのであれば、別の個性を出す必要があるのでは」
「別の……、個性……っ!」
「例えば、『魔法発動点無視』からの0距離射撃……を、もう少し押していくとか」
「それ……、やっぱりえげつないふたつ名になっちゃいませんか……?」
「う、否定は出来ない……。
えぇっと、それじゃ……折角の炎の神器なので、そっちを押していくとか……」
「ふむ!
例えば、『爆炎の魔術師』とか!」
「おぉ、格好良いですね! ……普通ですけど」
「……普通。
いえ、普通が一番ですよ! 一番ですとも!」
「『神器の錬金術師』。
『竜王騎士』。
『爆炎の魔術師』……っと」
「……良いような、少し違うような……。
良くはあるけど、何かが負けている……?
いや、しかし……」
困ったように、眉をひそめるエミリアさん。
確かに私たちも、平和な街を作るターンには入っているのだ。
エミリアさんの言う通り、穏便なふたつ名だって、考えおいても良いのかもしれない。
……まぁ、残りはエミリアさんだけなんだけどね。




