703.速攻
ベルフェゴールが現れた場所。
そこに最後に到着したのは、第三騎士団のルークだった。
「――アイナ様! 遅くなって申し訳ございません!」
「え? ルークってお屋敷の方にいたよね?
むしろ早い方なんじゃ……」
「そう言って頂けると助かります!」
これも人数が比較的少ない第三騎士団のメリットだろうか。
街の護りもあるから全員がいるわけじゃないけど、それでも結構な人数が来てくれている。
ルークはベルフェゴールの場所と姿を確認すると、団員たちに一瞬で陣形を築かせた。
……うん、とても綺麗に並んでいるじゃないか。
「今はブラッドフォードさんが交戦中だから、必要があれば援護してあげてーっ!」
「承知しました!」
そう言うと、ルークは神剣アゼルラディアを抜き放った。
神器を掲げ、比較的人数は少ないながらもひとつの騎士団を率いている。
……うーん、格好良いね!
まるで何かの物語の主人公のようだ!
対するベルフェゴールだって、何かの主人公になれる境遇ではあるんだけど――
……目的がもう、悪役そのものだからねぇ……。
そんなベルフェゴールに視線を移してみれば、ブラッドフォードさんと剣を切り結んでいるところだった。
今のところ、ユニークスキルは使っていないようだ。
他にもまだ、厄介そうなスキルは出していない……?
騎士団の団長クラスと剣で渡り合っているだけでも、かなり凄いことではあるんだけど。
「――愚かな侵入者よっ!!
貴様の力はそれだけなのかっ!?」
「はっ! ぞろぞろと人数だけ揃えて来やがって!
これでも食らえっ!!」
――……おっ!?
とは思ったものの、ただの力を込めた一撃だった。
しかし周囲の地面にはおかしなヒビが入る。
いや、地味だけど凄いのか……。
それを受け止めるブラッドフォードさんも、やっぱり凄いんだろうな……。
「うぅーん……。
アイナさん、どうしますか?」
「私たちの目的を考えると、ちょっと微妙な感じですよね……。
例の場所にも入っていませんし、セミラミスさんもまだ来ていませんし……」
エミリアさんの言葉に、私は悩ましい返事をしてしまう。
何を狙っているのかと言えば、転生者たちが使う虚無属性の魔法やユニークスキルの『解析』である。
対・虚無属性の魔法を作るに当たって、セミラミスさんとヴィオラさんからはその『場所』への誘導を依頼されているのだ。
――特定の場所で、虚無属性の何かを使わせる。
これはゼリルベインが生み出した転生者を、より効率的に、より安全に倒すためのひとつの布石なのだ。
早ければ早いほど、こちらにとっては都合が良い。
だから出来れば、今回で達成をしてしまいたいところなんだけど――
「……セミラミスさんが来たとしても、解析用の魔法陣は準備に時間が掛かりますからね……。
ルークさんならともかく、ブラッドフォードさんは大丈夫でしょうか……」
ブラッドフォードさんとベルフェゴールが対等に戦っている以上、ルークもなかなか手を出せない。
ちょっと面倒だけど、団長同士のプライドもあるわけだからね。
街の平和を守るためであったとしても、その辺りはどうしても出てきてしまうのだ。
しかしベルフェゴールも焦ってきたのか、少しは動くようにしたようだ。
「ちぃ……っ!
辺境の街の騎士団風情が、生意気な……っ!!」
「ほう! 貴様にはここが辺境に見えるのかっ!?
この街はアイナ様のおかげで、大陸一の街になろうとしているのにっ!!?」
「……何だと!? おいおい、そんな話は聞いてねぇぞ……!!
へへっ、俺も良い街を支配しようとしていたもんだぜっ!!」
そう言うと、ベルフェゴールは強引にブラッドフォードさんの剣を弾いた。
そしてそのまま、自分の剣を地面に突き立てる。
「ぬぅっ!?
何だっ!? 降参するのかっ!?」
突然の奇行に、ブラッドフォードさんはついつい距離を取ってしまう。
それはきっと、場合によっては正解の行動だ。
しかし今回は違っていて――
「へへっ、食らえ! これが俺の力っ!!
――『怠惰の監獄』ッ!!」
その瞬間、ベルフェゴールを中心にして、辺りには白い波動が迸った。
同心円のように幾重にも、素早く周囲に広がって、外へ外へと向かって行く――
「……今のはユニークスキルっ!?
効果は――……うえぇっ!?」
波動の行方を地平の彼方まで追いかけた後、改めて眼下を見てみれば――
……その場にいた全員が、地面によろよろと座り始めているではないか。
「……何か疲れた……。休も……」
「だりぃ……」
「眠ぃ……。寝ちゃおうかな……」
……そんな声が、弱々しくちらほらと聞こえてくる。
これがベルフェゴールのユニークスキル、『怠惰の監獄』の効果……?
恐らくは状態異常の扱いになるんだろうけど――
……と、言うと?
慌ててルークのいた場所を見てみれば、そこにはもう、ルークの姿は無かった。
そして一瞬後、ベルフェゴールのいた場所で、剣が交わる音が聞こえてくる。
「――ちぃっ!?
おいおい、何でお前には俺の力が効かねぇんだよっ!?」
「あんなもの、私に効くわけが無かろうっ!!」
「答えになってねぇぞっ!?」
……確かに。
でも答え合わせをしてしまえば、レアスキルの効果なんだろうけどね。
ルークが持っている『光の祝福』。
これは光属性、闇属性、虚無属性の状態異常とダメージを無効化してしまうと言う優れものなのだ。
「お前の力は危険だ!
私がここで、始末してやる!」
「おいおいおーいっ!?
剣の腕も、さっきのおっさんよりずっと上じゃねぇかっ!!」
「お褒めに預かり、光栄だっ!」
――ガキイィインッ!!
ひときわ大きな音が響くと共に、ベルフェゴールの剣は弾き飛ばされた。
交戦を始めてから、3分ほどと言ったところだろう。
やはりルークとベルフェゴールでは、明らかに格が違ったようだ。
「き、聞いてねぇよ……。
こんなやつ、勝てるわけねぇだろーがっ!!」
ベルフェゴールは敵の前だと言うのに、そんな弱音を吐き始める。
……あれ? ユニークスキル、まだひとつしか使っていないよね……?
「あなた、奥の手がもうひとつくらいあるでしょう?
ユニークスキルで何か、あるんじゃないの?」
「はぁ!? まだ誰も死んでいないだろーがっ!!」
「……え?」
「……いや。
目の前のこいつ以外、全員座り込んでいるから……殺したい放題じゃないかっ!!
それなら手当たり次第に殺してしまえば――」
そう言うと、ベルフェゴールは弾き飛ばされた剣を拾いに走り始めた。
……なるほど。
もうひとつのユニークスキル、効果は分からないけど死体を使う何か――
「そんなもの、使わせるわけにはいかない!!
アルケミカ・クラッグバースト!!」
――ズガアアアアアアアァンッ!!
「うぉおおっ!!!?
な、何だぁああっ!?」
ベルフェゴールが拾おうとした剣のあった場所。
そこは私の魔法によって、深く大きな穴が一瞬で空いてしまった。
そしてその爆風と共に、ベルフェゴールは少し下がったところでしりもちを付いてしまう。
私は素早く地面に下りて、気の抜けたベルフェゴールの元に一気に詰め寄った。
「――ごめんね。あなたのユニークスキルは危険すぎる。
だから、ここでおしまい。『神託の逆流』ッ!!」
「なっ、何を――」
……私が『怠惰の監獄』の影響を受けなかったのは、恐らくは上空にいたためだ。
転生者に狙われている私までが、こんなぐだぐだな状態異常になってしまえば目も当てられない。
どうやら壁とかの遮蔽物もすり抜けてしまうようだし――
……それならここは、さっさとそのユニークスキルを消してしまうのみ。
虚無属性の解析は出来なかったけど、本人からは少しくらい、情報を引き出すことも出来るでしょ。




