702.煽
ある日轟く、大きな音。
書いてみれば、『ズドドドドォオォオン……』と言った表記になるだろうか。
……確かに凄い音だけど、こっちの世界に来てからはそれなりに聞き慣れてもいたりして。
そしてそんな轟音を立てた輩は、壊したばかりの街壁から堂々と入ってきた。
「ヒャッハー!! 侵略だぜ、侵略ゥッ!!!!」
「……漫画の読み過ぎじゃない?」
「誰だッ!!」
その男性は、突然聞こえた私の声にすぐさま反応を示した。
かくいう私はエミリアさんの浮遊魔法で、突然の乱入者を絶賛空から見下し中。
……物理的にも、精神的にも、ね。
「――この街の長、アイナ・バートランド・クリスティア。
あなたを不法侵入の罪で拘束します」
「ほう! ここの町長さんかっ!
よーし、それなら話が早い! ここに転生者が一人いるはずだ! そいつを出してもらおうっ!!」
……ん?
「ねぇねぇ、アイナさん。それってアイナさんのことでは……?」
「あれぇ……? そうなんですけど、そこまで話が伝わっていないんですかね……」
……この人、転生者なんだよね?
目的は私のはずなのに、まさか私を知らないだなんて?
すぐ隣にいるエミリアさんも、さすがに不思議そうに聞いてきた。
「ふんっ! 教えるつもりは無いようだな!
ならば当初の予定通り、この街を壊滅させてもらうッ!!」
その男性は、意気揚々と私に剣を突き付けてきた。
改めて見れば、その男性は白銀の鎧を全身に纏っている。
髪の毛は短く逆立っているようだ。何とも活発な雰囲気……と言うか、勢いと言うか。
……そんなものは、かなり感じてしまうかな。
「分かりました。それでは全力で排除いたします」
「おう! かかってこいや!!」
そんな話をしている間に、街の騎士たちはわらわらと到着し始めた。
街を攻撃された以上、当然ながら第一騎士団や第二騎士団の出番でもあるのだ。
……それにしても、真正面から一人で攻めて来るだなんてね。
確かに転生者は強いし、簡単に負けることなんて無い。
しかしさすがに、これでは多勢に無勢――
……などと考えていると、第一騎士団の団長さんが私のことを見上げてきた。
まぁ一番乗りだから、このまま行ってもらいましょう。
私が手で合図をすると、そのまま彼は名乗りを上げた。
「私は第一騎士団団長、ブラッドフォード・クリフ・ハミルトンである!
この街を敵にまわすとは実に愚かなこと! 直ちに投降せよ、さもなくば――」
「おおっ! それ、名乗りってやつ!?
騎士道だよな!? ぷぷっ、だっせーっ!!!!」
「何……だと……?」
……おぉ、煽ってる煽ってる。
それに対してブラッドフォードさん。あなた、煽り耐性はゼロですか?
「エミリアさん、水を差してあげてください」
「はぁい♪
ウォーター・ドロップ!」
バシャッ
エミリアさんが魔法を唱えると、転生者の頭の上から水がドバっと降り注いだ。
突然の出来事に、その転生者は慌ててしまう。
「な、何だぁ!? み、水っ!?
怪しげなクスリとかじゃないよなっ!?
つ、冷てぇ……!?」
そんなやり取りの中、ブラッドフォードさんの頭も冷静になったようだ。
表情もいつも通り……を通り越して、少し冷たい感じになっている。
……あの人って確か、そうなったときの方が強いらしいんだよね。
「名乗りも理解できぬ蛮族が……。
遠慮なく斬り裂いてくれる……」
そう言いながら、ブラッドフォードさんは手にしていた剣をしまい、もう一本の剣に持ちかえた。
その剣は何を隠そう、アドルフさんと私の作。
神器ではさすがに無いが、かなり強い剣には仕上がっているのだ。
ちなみに第二騎士団の団長さんにも、そんな剣を既に贈っている。
ルークの家宝用に作っている、懐中時計みたいな位置付けになるのかな?
第一騎士団と第二騎士団にだって、私はずいぶんお世話になっているものだからね。
「ほう、俺を蛮族と言うか……!
よし、ならば教えてやろう。俺の名はベルフェゴール!!
この街の支配者となる者だっ!!」
「……うわぁ」
その名乗りに、私はついつい声を漏らしてしまう。
「どうしたんですか、アイナさん」
「いやぁ……。『ベルフェゴール』って、私の世界の伝説にある悪魔の名前でして……。
転生してくる人って、やっぱりそういうのが好きなんだなぁ……って」
「ヒマリさんは本名だったんですよね?
そうすると、それってタナトスの話ですか?」
「はい。『タナトス』は死を司る神様ですよ」
「ぶはっ!?」
私の言葉は、エミリアさんの変なツボに入ってしまったらしい。
空中を漂いながら、エミリアさんはしんどそうに笑い声をあげている。
……そうなってくると、私にも悪戯心が芽生えてしまうわけで。
「ちなみにですね、そのベルフェゴールなんですけど……。
司るのは『怠惰』と、あとは――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――シリアスなシーンにも関わらず、そこにはエミリアさんの笑い声が響いていた。
地上でベルフェゴールと対峙している騎士たちはたくさんいるが、状況が状況だけに、見上げたり注意をすることも出来ない。
しかしそこは、空気を読んでくれないベルフェゴール。
ありがたいことに、エミリアさんには彼が注意を飛ばしてくれた。
「うるせぇぞ!! 上のやつ!!」
……ごもっとも。
それはこの場の全員が思っていたことだろう。
申し訳ないが、私も同感である。
「だ、だって~……っ!
ベルフェゴールさん、『怠惰』を司っているんですよね~っ!!?」
「む……? ほう、博識だな。
そうとも、俺はこの街を『怠惰』で支配してやる!!
貴様も例外では無い! 楽しみに待っているんだなっ!!」
……その言葉から、何となくユニークスキルのヒントを見出せたような気がした。
『怠惰の悪魔』の名前を使う以上、ユニークスキルも何か関連があるのだろう。
……そう言った意味では、タナトスはちょっと微妙だったのかな?
そもそも彼はファーストネームからサードネームまで、有名どころの名前を並べていただけだったし……。
対するベルフェゴールは、ファーストネームだけの名乗りだからね。
「……わ、分かりました……!
それではみなさん、気を付けてください!!」
ベルフェゴールの脅しを受けて、エミリアさんも真面目に注意喚起をする。
そう、ギャグパートはもう終わりなのだ。
しかし、エミリアさんの続けた言葉は――
「その人、ホモですから!!!!
くれぐれも油断しないでくださいねっ!!!!」
「――は!? はぁっ!!?
誰がホモだしっ!!!?」
一番不意を突かれたのは、当のベルフェゴールだった。
対峙している他の騎士たちも、冷静を装っているが――……果たして今は、何を思っているやら。
「えぇっ!?
だって、ベルフェゴールが司っているのは『怠惰』と――
……『好色』!! 『好色』なんですよねっ!!?」
「……え? そうなの……?
って、何でお前が俺より詳しいんだよっ!!?」
ベルフェゴールが慌てる中、こちらは第二騎士団と第三騎士団の本隊が到着するところだった。
雁首揃えてぞろぞろと――……という感じもしなくはないが、それでも彼らには、一度くらいは見て欲しかったのだ。
……この街に攻めてくる、異端の神の手先ってやつをね。




