701.秋も深まり
――季節はいつの間にか、秋。
このところは収穫祭の準備に追われてしまい、なかなか忙しい時期だった。
でも2年前の収穫祭に比べればポエール商会がいろいろとやってくれたし、私としてはあまり負担では無かったかな?
……って言うか、あの盛大に開催した収穫祭も、もう2年前の話なるのか……。
時間というのは、過ぎてみればあっという間のものだ。
その間にいろいろなことがあったとしても、やっぱり振り返るのは一瞬になってしまうものなんだよね……。
何となく寂しいような気持ちに囚われながらも、今日の私は平常運転。
……ようやく収穫祭が終わったところだから、数週間振りの平穏……って感じかな。
今年もマーメイドサイドの周辺は無事に豊作。
対して王都の方は――……まぁ、それなりではあったらしい。
聞いた話によれば、この周辺から『野菜用の栄養剤』が結構流出してしまったのだとか。
まぁ、たくさん出まわれば横流しするような人も出て来ちゃうものだからね。
厳しく規制をするほどに、裏取引が行われてしまう。
それならば……ということで、この冬からは正規のルートで『野菜用の栄養剤』をヴェルダクレス王国に売ることに決めていた。
ちなみにその辺りの話は、先日のオティーリエさん返り討ち事件の清算のときに確定済みだったりする。
返り討ちにした時点で、セミラミスさんの長距離転移魔法で王都にまた押し掛けて――
……例によって、王城に殴り込みを掛けて。
以前は王城の中に結構なトラップが仕込まれてはいたものの、今回はあまりトラップが働いていないようだった。
察するに、そこまで手がまわっていなかったのだろう。
しっかり整備すると、ああいうのも結構なお金が掛かってしまうものだからね。
ちなみに余談ではあるが、『野菜用の栄養剤』を買うのは、あくまでもヴェルダクレス王国である。
その上で、農家のみなさんには格安で提供させることまで、オティーリエさんとは約束済みだ。
最終的に豊作になれば、ヴェルダクレス王国も税収が増えるから悪いことでは無い。
農家のみなさんも収入が増えるし、私としても『野菜用の栄養剤』の横流しが無くなるから助かる。
これこそ、まさにウィンウィンウィン。
三者が損をしない、完璧な取引なのだ。
……まぁ、横流し業者だけは滅びろって感じだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――お城も立派になってきましたね!」
エミリアさんと一緒にマーメイドサイドのお城を見に行くと、お城はかなり大きなものになっていた。
私も散々手伝っているから、新しい驚きは無かったりするんだけど――
「……そうですね、外は概ね終わった感じですか。
あと残っているのは内装とか、庭とか……。ん、設備まわりもそうなのかな?」
「でも、その辺りも大丈夫なんですよね?」
建物だけが出来たとしても、実際にお城として機能しなければ意味が無い。
この段階までは信じられないスピードで進んで来たけど、さすがにここからは遅くなる――
……とは思っていたものの、実はそこも解決済みだったりするのだ。
「はい、王都からたくさんの職人さんに来てもらうことになっていますので。
オティーリエさんが仕掛けて来てくれたおかげですね。オティーリエさんサマサマ♪」
そもそも王都はまだ不景気で、職人さんは仕事がなかなか無い状態なのだ。
そんな中、ヴェルダクレス王国は仕事の無い人に仕事を斡旋することができる。
職人のみなさんも仕事にありつけるし、私としてもお城がどんどん出来ていくのは助かるところだ。
つまりここに関しても、まさにウィンウィンウィンの関係になっているのでは無いだろうか。
ただまぁ、来てもらった職人さんがヴェルダクレス王国に帰るかは保障できないんだけどね。
そこに関して言えば、もしかしたらヴェルダクレス王国だけが最終的に負けるのかもしれない……。
……まぁ、どうでも良いんだけど。
「――資材とかも、海外から調達できているんですよね?
あとは時間が何とかしてくれる感じででしょうか……」
「はい、街作り――……いや、国作りですね。
そこに関してはもう、完全に軌道に乗っていますから」
法整備や政治体制の構築についても、ファーディナンドさんが日々頑張ってくれている。
収穫祭にも全面的に協力してもらったし、市中の評判も未だに良いままだ。
……そっちの方面では、私はもう完全にお飾り状態。いや、良かった良かった♪
「はぁ~……。アイナさんの方は順調で良いですよね……。
それに比べて私の方は、いまいち上手くいかなくて……」
「あ、魔法師団の件ですか?
でも結構、人数は集まっているって聞いていますけど」
「全体的には、まぁまぁ……。
でも今は、最高責任者の方がさっぱりでしてー……」
……エミリアさんの話によれば、魔法師団も騎士団のように3つに分けたいのだとか。
そしてそれぞれの頂点に置く人を、今は絶賛大募集中……なのだと言う。
「エミリアさんは、第三魔法師団に所属するんでしたよね」
「はい! ルークさんに、対応意識バリバリですよ!」
「あはは……。数字まで合わせなくても……」
「いえいえ、形は大切ですから。
それに騎士団は上手く運用が出来ているので、そこは真似していかないと」
「そう言えば最終的に、国の傘下には入るんですよね?
まぁ、それなら同じ方が良いのか……」
「はいっ! そんなわけなので、あと2人欲しいんですよ~。
有望株のマリサおばーちゃんには断られちゃいましたし……」
「あ、そうなんですか?」
「ひっひっひっ……。老い先短い婆に、そんなことを頼むんじゃないねぇ……って!」
「あははっ、似てる! 似てますっ!
でも確かに、マリサさんも高齢ですからね。それは仕方が無いのかなぁ」
……正直、死ぬようには何故か見えないって言うのが本音のところなんだけど。
私よりもよっぽど不老……は置いておいて、不死のように見えてしまうのは不思議なところだ。
「ちなみにヴィオラさんにも聞いてみたんですけど――」
「お?」
「――仕事なんて面倒だから嫌だ……って、断られちゃいました」
「……ヴィオラさん、一生働かないつもりなんですかね……?」
確かに王都から連れ出したのは私だけどさぁ……。
でもそれは、ずっと幽閉されていたからであって……。
ヴィオラさんがニート生活をするため、では無くて……。
とは言え今は、セミラミスさんと大切な研究をしてもらっているところでもある。
それまではそれを仕事と言うことで、引き続き優しく見守っていくことにしよう。
……でも、『仕事は面倒』っていう意識はちょっとなぁ……。
「ダメ元でセミラミスさんにも声を掛けたんですけど、人間の組織に入るわけにはいかないって……。
グリゼルダ様も、そこは同感のようで……」
「なるほど……。
そうすると、エクレールさんもそうなんでしょうね。
……エクレールさんは物理タイプっぽくはありますけど」
「そうですね、彼女も仕事はしていませんし――
……いや、デチモさんの付き添いはずっとしていますよね?」
「あ、デチモさんですか……。
あの人は予想外に、しっかり働いているんですよね……」
ダリルニア王国の、元国王のデチモさん。
彼は今、何故か孤児院で子供の面倒を見ていたりする。
さすがに元国王ということだけあって、教養の方が凄かった。
そして本人も子供っぽいせいか、孤児院を訪れた際に子供たちの人気者になってしまったのだ。
……そんなわけで、今は監視下という前提ではあるものの、新たな人生を歩み始めているところだった。
エクレールさんの話によれば、未だに夜はうなされているらしいんだけどね。
そんなことを考えてしまうと何となく、昔テレビでやっていた『あの人は今!』のような番組を思い出してしまう。
私たちにもそれなりの時間が流れているから、きっとそんな意識が出てきてしまったのだろう。
「――あ、そう言えば噂で聞いたんですけど……。
アイナさん、あの人の結婚話は本当なんですか!?」
「え、結婚話……? えーっと、誰のことです?」
「クレントスの、ヴィクトリアさんです!」
「……ああ、そんな話もありましたね」
実はこのたび、クレントスにずっと幽閉されていたヴィクトリアが結婚することになったのだ。
お相手は何と! 海の向こうの、由緒正しい貴族のご子息様!
……うーん、実にめでたい!!
その相手の男性は、今までに奥さんと4回も死別をしていると言う可哀想な男性。
かなりのSっ気があるなんて噂も耳にしたけど、きっと寂しい生活を送っていることだろう。
今まで幽閉させてしまった分、ヴィクトリアにはその人と一緒に幸せになってもらいたいところかな!
……ちなみにお嫁さんを紹介したら、交易をかなり有利にしてくれるという話があったのは内緒の話だ。
まぁとりあえず、ヴィクトリアは結婚おめでとーっ!!
――そんな感じで、いろいろな場所ではいつの間にか、いろいろな時間が流れて行っている。
きっと私の時間も、他の人から見ればそんな感じのものなのだろう。
しかし私が進めるのは、たくさんの人が影響するような異質な時間。
……そして数日後。
その時間は新たな転生者によって、また進められることになってしまうのだった。




