70.ジェラードへの依頼
三日後の夜、私たちはいつものように宿屋の食堂でテーブルを囲んでいた。
この三日間は冒険者ギルドの依頼も問題無くこなし、報酬も順調に稼ぐことができていた。
手持ちのお金に比べれば微々たるものだけど、このお金は行く先が決まっているんだよね。
「――というわけで、借りたお金をお返しいたします」
「あ、はい。これで最後ですよね。ありがとうございました」
ルークは金貨を受け取りながら言う。
そう、これはルークの鎧を買うときに借りたお金なのだ。
「はぁ、借金が無くなって気持ちが楽になった!」
「アイナさんはたくさんお金を持ってますのに」
「あれはあれ、これはこれですよ!」
「あはは、それは分かります。別腹ってやつですよね」
エミリアさんの答えに納得がいくようないかないような。
まぁ確かに、別腹といえば別腹……なのか?
「さて、これでミラエルツでやり残したことは『浪費癖を治す薬』と『なんちゃって神器』の二つになりました。
あとはガルルンの受け取りかな?」
「そういえばガルルンって今どうなってるんでしょうね?」
「うーん。ガルーナ村は移動に一日か二日掛かりますけど、言うほど遠いってこともないんですよね。
ただまぁ、割と感動的にお別れしたので今はちょっと戻りにくいですけど」
「確かにそうかもですね……」
エミリアさんはうんうんと頷く。
ガルーナ村ではいろいろあったから、思い返すとちょっと恥ずかしいところも多少あったりするのだ。
「……そんなわけで、様子見とかは行きたくないですね」
「アイナ様、それでしたらジェラードさんにでも頼んでみては? 顔も知られていないでしょうし」
「ああ、それ良いかも! でもジェラードさんに連絡って、どうすれば――」
「いえ、さっきからそこにいますよ?」
……えっ、どこに?
辺りを見回すと、すぐ近くの席でジェラードがお酒を飲んでいた。
「ちょ、ちょーっとジェラードさん!」
「やぁアイナちゃん、こんばんわ。今日も可愛――おっと、ルーク君は今日もかっこいいね」
何やら途中でルークの話に。
また睨み付けたりでもしたのかな。うん、日常、日常。それよりも――
「こんなに近くにいるなら話し掛けてくださいよ!」
「ええ? でも偶然の出会いを――」
「もうそれはいいですから! ジェラードさんはもう私たちの仲間なんですからね!」
「……ふむ、それもそうだ。次からは気軽に声を掛けることにするよ!」
「そうしてくださいよ、もう」
「それじゃ、そっちの席に行っても良いかな?」
「どうぞどうぞ」
ジェラードが席を移動して、四人で四角いテーブルを囲む。
うーん、何でか分からないけど、四人ってすごく安定した人数だよね。多すぎず、少なすぎずというか。
「ところでジェラードさん、ガルーナ村って知ってましたっけ?」
「行ったことはないけど知ってはいるよ。それがどうしたの?」
「私たちがミラエルツに来る前、そこに行ってたんですけど――そこでお願いしていたことがあるんです。
ほら、前に見せたと思うんですが、ガルルン!」
「ああ、特産品にしようっていう、愛嬌のあるアレだね」
「そうですそうです。その置物を発注してるんですけど、今どんな状況かな~って」
「ふーん? 僕がリハビリがてら、ちょっと見て来ようか?」
「大丈夫ですか? ……って、リハビリ?」
「ああうん、右腕が治ってからいろいろやってるけど、まだ街の外には出ていないからね。
ガルーナ村なら片道一日くらいだし、勘を取り戻すには良いかなって」
「なるほど? それじゃお願いして良いですか?」
「うん、分かった。片道は一日だと思うんだけど、ちょっと向こうの村に滞在するかもしれないから――いつまでに戻れば良いかな?」
「そうですね、私たちがミラエルツを発つのが二週間後なので、それまでに戻ってきて頂ければ」
「あんまり急いではいないってことだね、了解。
――それにしても、何でガルーナ村でそんな注文をしたの?」
「えっと、いろいろありまして?」
「いろいろ?」
ジェラードはエミリアさんとルークの方にも目線をやった。
「そうですねぇ、いろいろありましたねぇ……」
エミリアさんが遠い目をする。
「まったくですね、いろいろありました……」
ルークも遠い目をする。
「……ちょっとちょっと、何があったの!?」
いつも見せないエミリアさんとルークの表情に、ジェラードも慌てた。
数週間前の話だけど、まぁいろいろあったからね。本当に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……はぁ、いろいろあったんだねぇ……」
ガルーナ村での私たちの話が終わると、ジェラードがそう言った。
「ほら、『いろいろ』、でしょう?」
「確かに」
私が聞くと、ジェラードも納得した感じで頷いた。
「それじゃアイナちゃんはガルーナ村の恩人なんだね。
――それにしても、何種類もの疫病か……」
ちなみに、いろいろ話したとはいっても『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』の話は伏せていた。
ここら辺はエミリアさんも知らないしことだし、あんなものの話を広めるわけにはいかないし。
これは私とルークだけの秘密なのだ。
「アイナさんがみんなを治してくれましたし、周囲の浄化は私たち聖職者で行いましたので大丈夫のはずですよ。
でも同時多発で疫病が発生するのはあまりにも異常なので、国の方にはもう報告が上がっているかと思います」
「なるほどね……」
「どうかしましたか?」
ジェラードは少し何かを考えているようだった。
「んん? いや、少し前にそういうことがあって、今は復興の途中なんだな――って思っただけさ。
それじゃ、ガルーナ村のセシリアちゃんって子供の周りの様子を見てくるね」
「はい、お願いします。あ、いざとなれば私の名前を出しても良いので」
「それは心強い。どうにも人口の少ないところだと、よそ者は目立ってしまうから」
確かにガルーナ村の人口って、今はもう250人くらいだからね。
「――さて、そういうことで僕は今日はこれで帰ろうかな。明日の早朝から向かってみるね」
「……そういえばジェラードさん、お仕事はもう大丈夫なんでしたっけ?」
「え? 仕事?」
「鉱山で働いてましたよね?」
「ああ、もうとっくに辞めさせてもらったよ。これからはアイナちゃんの旅を手伝うわけだし!」
うん、それを聞いて一安心だ。
バックレは社会人としてダメだからね!
「ちなみにオズワルドさんに何か言われました?」
「あはは。『やっと役に立つようになったと思ったら早速いなくなるのか!』って嬉しそうに言われたよ」
「へぇ、オズワルドさんらしいですね」
「いろいろとオズワルドさんにもお世話になったからなぁ。たくさん怒鳴られたけど」
ジェラードは何だか懐かしいことを思い出す目をしていた。
「私が鉱山に行ったときも、何やら怒鳴られていましたしね」
「ははは、僕のクールなイメージが台無しだ!
――さて、それじゃ僕はもう行くね。ガルーナ村から戻ってきたら、すぐに報告にくるから」
「はい、よろしくお願いします」
ジェラードは手をひらひらと振りながら食堂を去っていった。
何かを少し考えていたようだったけど、まぁガルーナ村の往復くらいだもんね。何も無いよね?




